第157話 辺境伯の令嬢は最強である
人間、ずっと闇の中なのもしんどい。
「誰か、明かりを灯してくれないか」
「必要ありませんわ。もう間もなく自動点灯しますから」
そう得意気のサイネリアが指を鳴らした。
見事な指パッチン、百点満点。
で、彼女の言う通り、暗闇は逃げるように去り始めていた。
ふと気づけば、ゴツゴツした岩で囲まれた広場に出た。洞窟の中とはいえ、上も下も右も左も無駄に広かった。
そのせいか涼しくて寒いくらいだ。
快適そのものな空間なのだが……。
「ん、なんかメンバーが減ってないか。フォルとサイネリアだけ? って、まて俺は確かにメサイアとベルと手を繋いでいたはずなんだけど」
二人はなぜか忽然と消えていた。神隠し!?
てか、リースもいない!
「――どうやら、はぐれてしまったようですわね」
「はぐれたって、手を繋いでいたのに?」
「この洞窟ではそんなの関係ありませんわ。彼女たちは闇に囚われてしまっただけのこと。今のこの空間ではよくあることですわ」
「まて、不吉なこと言うなサイネリア。てか、このダンジョンも構造が相当イカれてやがるな……どんなインチキ魔法だよ。亜空間すぎるぜ」
まるで常識の通じない迷宮になっていた。天上から床下、その細部に至るまで……岩の道が続いていた。果てしない道だ。いや、宇宙と同じで果てなんてないのかもな。
この空間は膨張を続けているような、そんな気さえしていた。てか、迷路すぎて目が痛いわ。これで都へ向かうって、かなり難易度が高いぞ。
「兄様……。姉様にリース、ベルさんは……」
不安気なフォルが俺の服の袖を引っ張る。どうせなら、いつものヘンタイらしく、腕にしがみついてくとか、いっそ抱きついてくれた方が嬉しかったが。
「分からん。けど大丈夫なんだろう、サイネリア」
「ええ、ここは巨大洞窟であり、迷宮ダンジョンですから。ただ迷っただけ。それだけのこと。それにね、出口は分かっているわ。ただ……」
「……ただ?」
「強力なモンスターが不法占拠――いえ、生息していますの。ほら、向こうからやってきましたわ……貪欲に飢えた怪人『マグネター』が」
彼女の指さす方向には、例の新型モンスターが……まて。ヘンだぞ。この前、見たやつは『怪人』だったが――今回のアレは。
「な――人間」
ほぼ人間の姿をした者が大剣を持ち、襲い掛かってきた。しかも、その男らしき怪人は真っ先にサイネリアを狙った。
「サイネリア!」
「平気ですわ。いつものことですから」
とサイネリアはとても優雅に、しかも液体のように滑らかな動きで、敵の大剣をいともたやすく回避した。すげぇ……まるで踊っているみたいだ。美しい。
「言っておきますが、わたしは蹴り技主体ですのよ」
ニカっとまぶしく笑うサイネリアは余裕をもって『キックスキル』を発動した。しやがった。なんだそれ!
そんなスキルは初めて見た。キッカーってそういうことか、かっけええな。
『アメイジンググレイス・シャイニング・ウィザード』
技名なげええッ!!
いやそれよりだ。
サイネリアのヤツ、なんて脚力。
その蹴り技は敵の顎を砕き、凄まじい破壊力で、敵の体を天へ突き飛ばした。……なんちゅースキルだ。
手元が――いや、この場合は足元か。まったく見えなかったぞ。
……瞬殺だった。
茫然と立ち尽くしている間にもすごい地響きが襲ってきた。さっきの衝撃で、軽い地震が起きたのだ。
おいおい、洞窟が崩落したらやばいだろう。本気出し過ぎだ。
「た、倒したんだよな」
「あたりまえですわ。あれを受けて無事だった者は、過去ひとりといませんから。そして、これからもありえませんわ。
さて、それより無名聖女。あなた、案山子? まるで役に立ちませんのね」
見事に着地したサイネリアは、スカートのホコリを手で払い、丁寧に手直しながら鼻で笑った。
「キ~~~~~~!! もう許しません! わたくしと正々堂々、一対一で勝負しなさい! どっちが強いか分からせて差し上げますから!! 今に見ていなさい。その鼻っ柱をへし折ってやりますですよ!」
「へえ~、面白い。ヘールボップ家を舐めない方がよろしくてよ。
――まあ、あなたのゾンビモンスターのような華奢な体では、わたしのキックスキルには耐えきれないと思いますけれどね。白旗を上げるなら今ですわよ」
バチバチバチ~~~っと俺の間で火花――いや、これはもう『エクスプロージョン』クラス。そんなもん散らすな。
「二人とも喧嘩はヤメロって。仲間同士で争っても何の得にもならんぞ」
「仲間同士~? ありえませんわ」
「兄様、この自称・令嬢は仲間ではなく、ただのストーカーです。ですから、さっさと追い出しましょう。二人きりで姉様たちを探すんです!」
そう吐き捨てるサイネリアと、追い出したいフォル。
はぁ~……蝸牛角上の争いってか。ホント、仲良くやって欲しいものだがな。
両方とも絶対に引かんと、なぜか俺の腕を取り――――引っ張り合った。
「え……ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
右がサイネリア、左がフォルで、な~ぜか俺の腕を綱引きにしやがったたたたたたた、うあああああ死ぬううううううう~~~~~~!!!!
「やめやめやめてえええええええええええ!! ち、ちぎれるううううううううううううううう!!! 俺、真っ二つなっちゃうから~~~裂けちゃうからあああああ!!!」
「は、離しなさい! このキックオバケ!!」
ぐっと力を入れるフォル。
「な……! 失礼な! あのキックスキルは、ヘールボップ家に代々伝わる秘伝奥義……侮辱は絶対に許しませんわ!!」
更にぐっと力を入れるサイネリア。
「ほんぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
ついに服が破れ、俺は全裸になった――――。
「………………のおおおおおおおおおおおおお……ッ」
「あ……」
「え……」
二人ともすっぽ抜けて、地面に尻餅をついた。
「キャー!!」
俺は思わず悲鳴をあげた。
「あ……兄様が裸に…………。
で、でも……ふふ、ふふふ♡ 兄様の筋肉……大胸筋♡ 小胸筋♡ 前鋸筋♡ 肋間筋♡ ……そして腹筋♡ ……あぁ、カッコイイ。いただきまーす!!」
「な、ななななな……この聖女、頭がおかしいですわ!! ていうか、サトルの[ズキューン][バキューン][ズドドドドド]が丸見えで…………ヘ、ヘンタイですわ!!!」
顔を真っ赤にするサイネリアは撃沈した。……てか、おい。勝手に引っ張って、人のことを全裸にしておいてヘンタイはねーだろ(泣)
……くそ、洞窟の風に当てられて寒いぜ、股が。
「ん、まて。また敵の気配だぞ!」
「サトル、あの群れはマグネターですわ。……うっ、ちょっと、その[ババババキューン]なとかして戴けませんか……見るに忍びないですわ」
俺の[ギガパオパオ~~~~ン(激おこ)]を見下し、顔を更に赤くするサイネリア。いや、見るなよ。そんな凝視するなよ。実は興味あるんだろうか。
「はぁ~~~…まさか、全裸で戦う羽目になるとはな。まあいい……フォル、サイネリアそこで待ってろ」
俺は全裸のまま敵群の方へ歩み寄っていく。
すると怪物たちは――
『な、なんだあのヘンタイは!!!』『うあああああああ!!』『おいおい……あの人間なにも身に着けていないぞ!』『うぉええ、んな汚物見せるんじゃねえええ!』『こ、これだから人間は許せんのだ!!』
などなど言いたい放題言ってくれた。
気にせず俺はどんどん前へいく。すると兆しが現れ、ついに【オートスキル】が発動した。あぁやっとか。鼻血がないときの発動率は極端に低いからな。
『血の煉獄だああああああああ!!!!!』
炎の巨大津波が発艦し、瞬く間にマグネターに命中。
敵は激しい血気に揉まれ、燃え盛る。だけど、絶妙な火加減で俺はダメージを与え続けた。あんまり本気になると洞窟が崩壊するからな。
『ギャアアアアアアア~~~~~~~~~~~~~!!!!!』
マグネターは焼き焦げ、ついに塵となった。
やはり……『モンスター扱い』なのか。
「……ふむ。まあ勝ったしいっか」
「どうしたのですか、兄様。浮かない顔をしていらっしゃいますよ。せかっく勝利したのに……なにか気になる事でも?」
「いや、大丈夫だ。それより、寒いな……」
「洞窟の中ですからね。あ、もし良ければ、わたくしのシスター服でよければ……着ます? さすがに下着はお貸しできないですけれど、でも、どうしてもと仰るなら……」
「いやいや、気持ちは嬉しいけど、さすがにサイズが合わないよ。
……じゃあ、フォルでしばらく暖を取ろうかな」
俺は全裸のままフォルに抱きついた。
「兄様♡」
フォルは嫌な顔ひとつせず、ありのままの俺を受け入れてくれた。むしろ、抱きしめ返してくれた。あったけぇ~~~。フォルの体あったけえ!
いやぁ、冷えた体には効くね。聖女最高。
そんな光景をサイネリアは、引き気味で見ていた。
「…………そう、あなた達の信頼関係は揺るぎないモノってことですのね。……これは恋する乙女として負けていられませんわ。
サトル、わたしもあなたをこの身をもって暖めてさしあげますわ!」
がばっとサイネリアも飛びついてきた。
「うわ! サイネリア……! おま……」
「こちらのことはお気になさらず。無名聖女なんかに負けていられませんからね! わたし、初志貫徹をモットーに生きておりますの。だから、決して諦めませんわ」
なんちゅーまぶしい笑顔を。
あんな太陽スマイルされちゃあ、突き放せるわけなかった。
それにしても……メサイアたちは何処へ?
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