第15話 氷の騎士 - 令嬢は花婿募集中 -
昨晩は初めてベッドの上で寝た。
しかも、女の子たちに囲まれての。
広いダブルベッドとはいえ、図体の大きい俺がど真ん中に介入となると中々狭くなる。今までは三人で占領していたんだ。それが俺含めて四人ともなると限界に近い。
それでもやっと許されたので、お言葉に甘えることにした。
最初は天国だった。
イイ匂いしたり、密着したりで……そりゃもう、興奮して寝られないほどに。噴き出そうな鼻血にも耐えた。だが、そう……それは最初だけだった。
気づいたら、俺は床に逆戻り。
ここ数カ月一緒に生活して分かっていたが……リースの寝相が凄まじく悪い。
こうなる以前から、毎日のように俺の床ベッドに転がりこんでいたり、台所に頭を突っ込んでいたり、外で半裸で寝ていたこともあった。
もしや……とは、思ったがこんなに寝相が悪いとはな!
しかも、寝相攻撃がなぜか俺だけに命中する始末。
そういうワケで、俺は蹴飛ばされて、床へ逆戻りしたワケだ。
「うぅ……。ごめんなさいです、サトルさん」
「いや、謝らなくていいよ、リース。キミの事はよく理解しているつもりだ」
「はぅ……」
こんな可愛いエルフでも、欠点のひとつやふたつあるものだな。
天は二物を与えず、だな。
「兄様~、お紅茶ですよー。あとこちらは朝食です」
「おう、ありがとな」
フォルからタマゴサンドをもらい、のんびり朝を迎えた。
そういえば、メサイアの姿がないな。散歩か?
なんて、チラチラ目線を泳がしていると。
「メサイアさんならお風呂ですよ~」
と、リースが教えてくれた。
なんだ朝風呂か。道理で姿を見かけないワケだ。
……だったらいいや。
『千里眼』で覗いてもなぁ……。目玉が出てバレるし。それに、前に助けてもらった借りもあるし。うん。止めておこう。
「ああ、そうだ。フォル、頼みたい事があるんだけど、いいかな」
「兄様の依頼とあらば断るワケには参りません。いいですよ。なんでも、おっしゃってください」
頼られたのが嬉しかったのか、祈るポーズでズイっと身を寄せてくるフォル。近いなぁもう。この、傷ひとつないツヤツヤの肌は、どんな感触なのかちょっと指で突いてみたいものだね。
「頼みなんだけど、ポテチップスを作って欲しいんだ」
「……ぽてちっぷす? って、なんです?」
さすがに、この異世界には存在しないのか。
「えっと、じゃがいもを薄切りしたお菓子なんだけどね。油と塩があれば作れる。つっても……フォルの【料理スキル】あれば何とかなるかもな?」
「それなら簡単そうですね! 分かりましたよ、兄様。望みのモノを作って差し上げますよ~。三分少々お待ち戴ければ直ぐ完成するかと」
たった三分か。まるでカップラーメンだな。
めちゃくちゃ早い。期待して待っておこう。
◆
ポテチップスの完成を待っていると、メサイアが風呂から上がってきた。珍しく髪形を変えて。
会ってからずっとロングだったが、今日は『ツーサイドアップ』にしている。なんだか新鮮っていうか……俺はこっちの方が好きかもしれない。
「おはよ、メサイア」
「あ、サトル。起きたのね。なによ、私の顔見つめちゃって。顔に何か付いてる?」
「髪だよ髪」
「うん? 神? 私は女神だけど」
「お前わざとだろ!?」
おのれ……メサイア。
俺が絶対その髪型を見ると知って、わざとからかってるなぁ……。
「わぁ~、メサイアさんその髪、とてもカワイイのですぅ~」
リースが羨望の眼差しで、メサイアのツーサイドアップを眺めている。そういえば、リースは金髪ゆるふわミディアムヘア。あのパーマもポイント激高である。キミは、そのままでいいぞ。
「そ、そお? 実は、結構前はこの髪型だったの。でも、リースだってこんなに艶があって、枝毛一本ない綺麗な金の髪だし、羨ましいわぁ」
「そんなコトないのですよぉ~…」
メサイアがリースのふわふわの金の髪に触れていた。
……ふぅむ、これはこれで。
「できましたー!!」
フォルが叫んだ。
――お!
どうやら、ポテチップスが完成したようだ。
そういえば、さっきから香ばしいイイ匂いがしていたんだよなぁ。
「お疲れ、フォル。じゃ~さっそくポテチップスを~……」
戴こうかと思ったのだが――
突然、窓ガラスが全部割れやがった!!
「うおッ!? なんだ!? みんな大丈夫か?」
「一体なんなのよ~…」
「び、びっくりしたのです……うぅ、さむぃ」
「敵襲ですか!?」
メサイア、リース、フォル……みんなケガはない。ないが、窓の外から冷気が入り込んでいた。おかしい。さっきまでポカポカするくらい暖かかった。なのに、この冬のような寒さ。
季節は冬ではないはずだ。急にこんなに寒くなるか!?
「外に何が……」
外の様子を伺おうとすると、
「中にいるのでしょう。『炎の騎士』を倒したとかいう男が。さっさと出てきた方が身のためです。この小屋もろとも破壊してもいいのですよ」
凛とした女の声が響き渡った。
『炎の騎士』……それは俺が倒したが、なんだ、またヤツが来たのか?
まあいい、小屋を破壊されてはたまらん。かったるいが、ここは素直に外へ。
◆
外に出ると、青髪の美しい女性がいた。
鎧とか重苦しいものは、一切身に付けておらず、青色のドレスに身に纏っていた。なんか華やかだ。
そんな騎士というよりかは、どこかの令嬢って感じの女性が、俺に狙いを定めていた。
冷たい眼差し。その瞳の奥は氷のように冷たい。そう感じた。
なんでそんな目で俺を見るかなぁ……。
意外なのは、前と違って護衛はいなかった。
今回は単騎。たったひとり。しかも、かなりの美貌の持ち主ときたもんだ。画に描いたような美人だな。深窓の令嬢って感じだ。
美人なのは確かだが、あの隙のない立ち振る舞い――騎士で間違いないだろう。でも、やっぱり騎士ってかどっかの『令嬢』っぽいような。
「なんだ、あんた。この前の騎士連中にいたヤツか? 悪いが、俺はこれからポテチップスの試食会があるんだ。邪魔しないでくれ」
「…………」
青い女騎士は、俺の言葉を返すワケでもなく、メサイアをチラッと見ていた。
「……ッ」
一方のメサイアは顔を逸らし、居心地悪そうだった。……なんだ、知り合いなのか?
「やはり……。おられたのですね。これで『炎の騎士』が呆気なく倒された理由に合点がいきました。――そこのお兄さん。私は、氷の騎士『チャルチ・ウィト・リクエ』と申します。長ったらしいので……『チャルチ』と親しみを篭めて呼んでいただけると喜びます」
「そうか、じゃあな。さっさとお帰りください」
俺はポテチップス食いたいんだよぉ!!
「そうはいきません。新参とはいえ、炎の騎士……『グレン・アーカム』を倒した。それを看過できませんから」
腰にある細い剣――『レイピア』を軽やかに抜き、構えるチャルチとかいう女騎士。コイツもやる気か!
「そこのダンディなお兄さん。剣を交える前に、貴殿の名を教えて戴けませんか」
ダ、ダンディって。そんな歳でもないんだが、そう言われると悪い気はしないけどな。
「俺は剣を交えるつもりはないよ。つーか、剣ないし。……まあいい、俺は『サトル』だ。これでいいか」
「サトル……。そうですか、サトル……とても良い名です。それに凄くタイプ……。振られること101回……ようやく理想の男性に出会えました! 我が花婿に迎え入れたい! 真剣に結婚を申し込みますッ!」
……は?
「なんだって……?」
「貴殿をいただくと言った!!」
なんでそうなるぅ!?
まさかの求婚! 初対面でいきなり! 意味が分からん。なんでそうなる。誰が教えてくれ!
「お、おい。メサイア、あのチャルチって女騎士ちょっとおかしいぞ」
「そうみたいね。でもさ、サトル、あんたのことを気に入ったらしいわ。花婿になってあげれば?」
「なるかッ!!」
俺がツッコむと、背後からフォルがずいっと現れた。
「花婿になんてさせません!! むしろ、わたくしが兄様を貰います! 毎日、マッサージしてあげるんです! 養ってあげるんです!!」
更に続いてリースも。
「ダ、ダメですぅ! サトルさんは将来、あたしの旦那さんになるのですからぁ! ね、サトルさん! 赤ちゃん何人欲しいですか!?」
リースも……って、えぇ!?
さりげなく告白された!?
ああ~もう、あの女騎士のせいで……しっちゃかめっちゃか、無茶苦茶だー!!
「おい、女騎士。確かに、あんたは美人で魅力的だ。けどな、悪いが俺にはすでに女神とエルフと聖女がいる。こいつらとはもう随分と長い付き合いだ。案外、可愛い寝顔の女神とか、寝相が悪いエルフとか、夜な夜なつまみ食いしている聖女やらいるからな。それで充分、毎日が楽しいんだ。しかもな、こう苦楽と共にしていると、彼女らのスリーサイズなんてのも分かってきた。いいか、よく聞け。メサイアは上から――ぐぼぉあぁえぇえっぅん!?」
スリーサイズを言おうとしたら、メサイアから足を思いっきり踏まれた。な、なんて勢いで踏みやがる……。骨折するだろうが……!
「……と、まぁ俺は、今の生活に満足してるんでな。分かってくれ」
「分かりません……」
「おい、人の話をちゃんと聞いていたか!?」
「それでは……真実を話すしかないようですね」
女騎士チャルチは、左腕をゆっくり上げ――そいつを指した。
その方向を見ると――メサイア?
メサイアが……どうしたっていうんだ!?
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