16、女心と秋の空
「時に、質問があるのだが……なぜその盗人。閉じ込められた哀れな王女を救おうとしているのなら義賊ではないのか」
さて、ご参加いただきましたイドラ殿下の庭で行われる物を語る会。今宵は大泥棒の孫、じっちゃんの名にかけて
盗んでいるわけではないけれど、矜持を持ってスーツにネクタイ、それに二人の仲間と共に偽札作りの伯爵様から美しい王女様を救い出すと、そういう物語をお伝えしている。
神獣さん。ソドムさん。茶色い髪に銀の角の人外というその存在。か弱い妖精たちが「こいつなんでいるんだ」とどん引きしている中でゆうゆうと、悪魔執事たちの用意した長椅子に寛いで耳を傾ける。
「義賊というには彼らはわりとその、俗物なので。それにルパ、じゃなかった、盗人を追ってる刑事さんは相手が義賊だろうと泥棒は泥棒。その犯行動機や被害者、あるいは救済された者がいようとなんだろうと、その国の法で「犯罪」なら、善悪の判断ではなく捕らえて裁くとそういう考えなのですよ」
「なるほど、そうか。話の腰を折ってすまなかったな。あぁ、茶はもう結構。酒はない?そうか、では持参したこれを飲むとしよう。なに、酒ではない。仙人たちが飲むようなただの水だ」
のらりくらりとおっしゃるが、多分お酒だろうことは明らかだ。ただ私は大人しく聴いてくれるならとあえて咎めず、瞳を輝かせて続きを待つ妖精たちに向きやった。
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「結局その盗人は何も盗まなかったのだな」
「話を聴いてました??とんでもないものを盗んでいったじゃありませんか」
王女様の心ですよ、と私が言うとソドムさんは首を傾げた。
「心臓を貫いたという話はしなかったようだが」
「イドラ殿下!もしかして神獣さんって淡い少女の恋心とか機微を理解されない感じですか!これ説明しないといけないやつですか!」
私はついに耐えられなくなり、今夜の妖精の粉を服用しているイドラを振り返った。
1話で1輪花が咲く。私の物語を受けて、妖精が生まれ花になる。妖精たちの祝福を受けなければ花が咲かず、咲いた花が枯れれば死ぬ儚い存在で、妖精たちに言わせれば「まぼろしの児」らしい。世の妖精たちは花や宝石に家を持つが、まぼろしの児は自分の生まれた花でしか生きられない。
私の語るものがたりから生まれ、イドラ殿下のために粉を振らせて、そしてあとは枯れるまでこの庭でものがたりを聴いて微睡む。
水タバコでもやってるのかと思うような態勢のイドラは、私のSOSに軽く眉をはねさせた。
「今夜の話は閉じ込められた王族が開放される物語だっただろう」
そこに恋愛要素などないとイドラ殿下は切り捨てる。
あれか?男女の感想の違いか??
どちらかといえば銭が、じゃなかった、ジャパニーズの警部さんが仲間とヌードルをすするシーンの方が人気だったし、なんなら時計の針がぷちっという瞬間に妖精たちも「悪よ滅びよ!」と歓声をあげたが……もしや、恋愛要素として観てる私がおかしいのか。
「さて、貴女よ。それではそろそろ心臓を頂きたいのだが良いだろうか」
「私のはなし聴いてました??心臓をとるとんでもない男は盗人なのですよ。誉れ高き神獣ソドム様が、泥棒なんてされてよいのですか?」
「よもや貴女はそのような戯言で私を退けられると?」
「いいえ、まさか。ただ、今夜の物語、お気に召していただけなかったかそれが心配です」
私は悲しい表情を浮かべ、頬に手をあてて小首をかしげる。
「女人にそのような顔をさせるとはなんとも罪作りなことをしたものだ。貴女の紡いだ物語の模様はしかと我心を心地よく撫でた。まさに春の花のような物語の語り手よ。自信を持て」
「じゃあ見逃してください」
「それは無理だな。いかに心躍る百の物語の1つのみを語られたとて、私の生きる時間はあまりに長い。そういえばそんな話もあったな、と遠い記憶のように扱うことはさほど難しくはないのだよ」
融通が利かない相手である。千夜一夜物語りのシェヘラザードのように、相手からの関心を得て延命できないものかと少し期待したわけだが、花鳥風月を愛しながら、それはそれと割り切れる御仁のようだ。
私が舌打ちをすると、ソドムさんは「年若い娘がはしたないぞ」と笑った。意外にも不快に思われていないらしい。
「ソドム」
「さて、何かな。友よ。伴侶の命乞いというのなら、いささか遅いのでは?」
「命乞いなどこの俺が貴様にするわけがないだろう。哀れな貴様の勘違いを、この俺が親切に指摘してやろうというのだ」
「勘違い、はて?」
イドラ殿下は目を細めて、こちらの言葉をただの強がり、あるいは戯言、その場しのぎの言葉と思っているらしいソドムを見る。ゆっくりと立ち上がり、私の方へ歩み寄ると、ぐいっと、私の腰を抱く。
「そもそも、貴様への愚兄の命令は「アザレア・ドマを殺せ」というものだろう。だがこれはアザレア・ドマではない」
「……卿の妻となったので氏が変わるとそういう機転か?」
そもそも私はまだあの夫らしいアホと離婚していない。さすがにその線での無罪放免は難しいのではないか。私も不思議そうにイドラを見上げると、私の視線を受けたイドラの方が不思議そうな顔をした。
「忘れたか。貴様はアザレアではないだろう」
「……はっ!!」
そうでした。そうだった。
お庭で妖精さん達をおもてなしし、お屋敷では御主人様と悪魔たちに傅かれ……すっかり忘れかけていましたが、私はアザレア・ドマではない。
……といって、自分の名前が思い出せるわけでもないのだが……。
「では何者だ?」
ソドムさんが聞いてくる。
……ぞくり、と寒気がした。
疑ってはいない。
たとえば神様か何かが、相手の真名を握ってしまおうとしているような……うかつに名前を告げてはいけないと本能的な恐怖を感じる。まぁ、名前、わからないんですが。
……なんとなく、私はこの場でもし自分が、自分で名前を認識していたら、この場でソドムさんに名前を知られて、取り返しのつかないことになったような、そんな予感がした。
「えっと、その、名前はその」
「アゼル」
私が神獣の問い、望むことに応えられないでいると、すっと、私を背に隠し、代わりにイドラ殿下が答えた。
「これは我が妻、我が后。名をアゼルと、お前たちは呼ぶが良い」




