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SHADOW FORCE#21

 ナルヴァエス大統領の発表まではまだ時間があると思われ、各々が報告や確認に追われていた。アメリカから始まった一連の事件の行方は未だ知れず…。

二〇三〇年二月二七日、午前十二時三二分(現地時間):コロンビア、ボゴタ市街南端


 先程までは厳重な警備が敷かれ、それがやや緩和した現在の大統領官邸カーサ・デ・ナリーニョにて、遂に大統領が会見を行なう事となった。

 『レクシィおじさん』と親しまれるアレハンドロ・ベルナルド・ナルヴァエス・ガルシアの登場を記者達が待ち侘びていた。

 思えば彼らとて命と引き換えにここまで足を運んだのではないか?

 官邸までの道のいずれかにはあの正体不明のテロリスト達がいて、そして恐らくそれらに殺された報道関係者もいるのではないか?

 ジャーナリズムの基本とはかくなるものかというのを、会見場にいる報道陣の顔が物語っていた。

 ボゴタ全体がかように荒れたのはあのボゴタ暴動(ボゴタソ)以来であろうと思われた。

 それを思うとせっかく終わった第二次暴力の時代(ラ・ヴィオレンシア)が今もすぐそこにあるという恐ろしさを感じる他無かった。

 またしても栄えあるコロンビアの首都は理不尽な暴力に曝されたのである。

 都市の南部にある繁華街や住宅街及び教育関係の施設が徹底的に破壊され、そこにいた人々は殺戮の嵐に曝された。

 どの通りでも死体を見ずに通過する事はできなかった。洒落たカフェやスターバックスの店舗は憩いの場ではなくなった。

 レストランやクラブが死体置き場へと変貌し、全ての厨房は人肉の保管場所と化した。

 それをやってのけた謎のテロリストは一部の正体が知れており、元准軍事組織(パラミリターレス)の人間を確認する事ができた。

 何故右翼寄りの人間が壮麗なる南米屈指の世界都市を灰燼に帰すための集団に参加したのか? それらについて、これからの会見で政府見解が示されるのかも知れなかった。

 どんよりとした天気は次第に回復に向かい、空からは光の帯が降り注いでいた。

 しかしボゴタに染み付いた死の匂いは、この国が経験した悲しみの記憶を再び掘り返してしまう形となったらしかった。





『乱世が明けて久しいコロンビアをまた悲劇を襲った』

 フェリックス大佐は文学的な言い方をしたが、表情は険しかった。

 自分の国の事でなかったとしても、近年稀に見るレベルの大量殺戮が隣国で行われたのだ、正気ではいられなかった。

「ここまで来ると呪われているかのようです」とモーガンスターンが続けた。ブラジル人の大佐は彼より何歳か上であると聞いていた。

 モーガンスターンは何千マイルも向こうにいるモーガンスターンが嘆く様をリアルタイムで見られる現代科学の産物について少々不思議な気分がした。

『そういう話はまた後にしよう』

 ブロック准将が冷たい表情でそう言った。既に彼がどういうタイプであるかについて慣れてきたフェリックスは首を一瞬傾ける事で先を促した。

 モーガンスターンは先程ブロックに呼び出されてから作戦室の小部屋におり、三人は遠隔地にいながら互いの表情を見ながら会議ができた。

『フェリックス大佐、モーガンスターン大佐から聞いたが、そちらの兵士が敵兵と接触し、SDカードを渡されたとの事だが』

 フェリックスはそれを聞いて驚かなかった。

『それは私も報告を受けた。英語を話す敵兵はブラックハットとはまた別の組織のようだな。事態は思った以上に複雑じゃないか』

 大佐が溜め息混じりに言うのを聞いてからブロックが答えた。

『とりあえずアメリカ軍とブラジル軍は共同している。私としてはそちらとカード内の情報を共有したい』

『ふん。まあ隠して利益があるわけでもないしな。それは私も同意だが』とフェリックスは言った。徐々に彼にもブロックの『冷たさ』が伝播しているような――モーガンスターンにはそう見えた。

「大佐、アギャーラはどうしますか?」とモーガンスターンは尋ねた。コロンビア軍ともこの情報を共有すべきか。

『生憎暫くは席を外すらしいからな。まあ向こうもあの騒ぎじゃ忙しいって事か。だからとりあえず、一旦我々で情報を確認しておくのはどうだ? アギャーラには彼の用事が終わったら伝えよう』

 会議が一段落付いたらブロックは上に報告しようと考えていた。統合参謀本部議長はブロックの五個上の先輩であった。

 彼から大統領や副大統領、各々の補佐官、国務長官や国防長官らが参加するような会議へ報告が上がるであろう。

 モーガンスターンやFBI――他にはCIAなど――の調査次第では、アメリカがブラックハット打倒のために極秘の特殊部隊の一個分隊以上のものを送る可能性もあった。

 元はアメリカにも今回の事件のルーツがあり、あの追跡劇の果てに持ち去られたUSBメモリーの中身は未だ不明である。

 HRTに射殺されたブリュンヒルドなる男、及びそれに『洗脳』された連中。

 ブロックは嫌な予感がこみ上げるのを必死に無視しながら、現状を把握しようと努めていた。


 コロンビア軍の兵士達の中で手が空いている者は既に放送に耳を傾けており、そうでない者も移動中の車両内であったり、あるいは事後処理をしている現場で音量を上げたラジオ放送を各々の端末から流していると思われた。

 とは言え、遥か何千マイルも向こうの佐官及び将官達が同様の事を推測しているが、実際に大統領の発表があるまでにまだ数十分あると思われた。

 そしてモーガンスターンから通信がまたあり、あのSDの中身を確認しろとの事であった。

 プロであるからまず罠を警戒し、己らのATD(先進戦術デバイス)のスロットにそれを直接接続するリスクは避けた。

 となればコロンビア軍の端末に繋ぐのも少々無責任であろうか。まあ頼めば余った端末――それもネットワークから遮断された――を借りられるかも知れなかったが。

 とりあえずSDカードを所持したままのビディオジョーゴは街の方へと戻り、そこの荒らされた建物のいずれかに使えそうな端末が無いかを探した。

 マウスはアーチャーを同行させた――アーチャーは『おいおい、スペイン語圏とポルトガル語圏はちょっとノリが違うぜ』と冗談を言い、ビディオジョーゴも『俺はレゲトンも聴くぞ?』と冗談で応じながら離れて行った。

「そう言えばこの辺だったっけな、マウスがコロンビア軍の戦車をロックオン無しで撃たせたのは」とアーチャーはアパートの部屋を捜索しながら言った。荒らされており、別の部屋で人が死んでいた。

「いや、そりゃ無いって。戦車砲が前方に発する衝撃とかでもっとこう酷い荒れ方になってるはずさ」

「ここもかなり酷いけどな」

 彼らは冗談混じりに話していたが、しかし誰かの生活圏がずたずたに引き裂かれたという事実を重く受け止めていた。

 彼らなりのやり方でその事実を受け止めて、任務に支障が出ないようにしていた――クローゼットの中の血塗(ちまみ)れの赤ん坊と、リビングで血塗れとなった母親らしき死体を見て悲劇的なシナリオを想定せざるを得なかった。

「まああれだな」とアーチャーは言った。「ここの親子がせめて苦しまなかったと祈りたいが」

「希望的観測かい? だけどそう考えたいね」

 流暢なスペイン語でブラジル人は言った。やや言語体系が似ているせいか、メキシコにルーツを持つアーチャーが聞いても彼のスペイン語には違和感が無かった――何故かビディオジョーゴのスペイン語はカリブ方言のような響きであったが。

「こっちに来てくれ」とアーチャーは言った。数秒後、ドアを潜ってビディオジョーゴが現れた。使えそうなPCがあった。

「すまんな、ちょっと拝借するぜ」とビディオジョーゴはポルトガル語で言った。アーチャーはポルトガル語を人並み以上に解したので、何も言わず親子に祈りを捧げた。

 アーチャーは投影モニター式のそれを立ち上げ、その間にビディオジョーゴは無くすと探すのが面倒な程に小さいマイクロSDカードを取り出した。

 彼はこの部屋の持ち主が、駅などの公共の場所に設置される臨時の行方不明者捜索用写真スペースに飾られるのであろうかと想像していたが、アメリカ人に声を掛けられて現実世界に戻った。

「よし、ネットワークには繋がってないな」とビディオジョーゴはモニターを指差して口頭確認した。アーチャーも二度確認したと短く答えた。

「マウス、こっちは準備ができたぜ」とアーチャーが通信を入れた。

『よし、お偉方も聴いてるから失礼の無いようにな』とマウスが答えた。

 アーチャーは『それが一番失礼なんじゃないか?』とは言わず、ビディオジョーゴからSDカードを受け取り、それをマイクロSDカード用のスロットに挿し込んだ。

 挿入されたデバイスを認識しました云々のメッセージを読み飛ばしてそれを開かせた。

 開くとアルファベット表記のファイルが並んでいた。幾つかは全く無関係な、というより何も無かったが、それらしいものを見付けた。

 投影式マウスは使わず投影されている平面モニターに触れてそのファイルを開かせた

 一秒程読み込んでから、何やらものものしいファイル群が現れた。『円卓の騎士十二人衆』なるファイルが一つあった。

 それを数千マイル向こうで見ているモーガンスターンは、先日FBIに踏み込まれて射殺された男が『ブリュンヒルド』と名乗っていたのを思い出した――あるいは何か繋がりがあるのか?

 確証は一切無いが、はっとしてそれが心の中で引っ掛かった。

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