SHADOW FORCE#20
コロンビア軍に協力するエックス―レイ分隊は自由電子レーザー砲付近の敵をあと少しのところまで追い詰め、磨り潰しに掛かっていた。一方、彼らがこれまでの戦いで得た敵に関する情報は、上層部の新たな困惑を生みそうであった。
登場人物
アメリカ陸軍
―マウス…アメリカ陸軍特殊部隊シャドウ・フォース、エックス−レイ分隊の分隊長。
―ロコ…同上、エックス−レイ分隊の隊員。
―ラインハート・セオドシアス・ウェンデル・リーナ・アル=スマイハット・モーガンスターン…アメリカ陸軍大佐、シャドウ・フォースの指揮官。
ブラジル陸軍
―ビディオジョーゴ…ブラジル陸軍の詳細不明部隊の隊員。
二〇三〇年二月二七日、午前十一時五四分:コロンビア、ボゴタ市街南端
敵陣は更に混乱が広がった。破壊された戦車から煙が立ち昇り、それ以降も次々と砲弾や銃弾が追撃のために飛来していた。土と共に人間であった人型が弾き飛ばされ、弾薬やその他の火薬が誘爆し、無色透明の自由電子レーザーがそれらの上をなぞって炙った。
『胸』である中央の部隊は敵に殴り返し始め、そして左右から襲い掛かる二本の『角』は多大な出血を敵に強いた。曇天の下で繰り広げられる激戦は既に力関係がはっきりと決まっており、覆しようの無い状況であった。
思えばこの場にいるコロンビア軍は出撃したくてもできずに地団駄を踏む空軍の分も汲み取って己らの戦意とする者達であるから、非道な敵を追い詰めてしまえば後はそのまま蹂躙するだけであった。この場の全体的な損害は明らかに敵側が上回っていた。
ジンバブエの覇王チャンガミレ・ドンボの頃からの伝統的な戦術が時間と空間を超えたこの場で敵陣を蝕み、耳を劈く轟音や飛び散る土砂が正体不明の残虐な敵への葬式代わりであった。
左側の『角』に加わっているシャドウ・フォースのエックス−レイ分隊はビディオジョーゴがやや先行していた。彼は身長機械の巨人の背に捕まって進むに任せた。
敵歩兵もまだまだ残っており、それらが次々と対戦車兵器を発射した。コロンビア兵が操縦するカサドールは回避のために急激なブースト移動で左方向へと移動し、それから『すまん、大丈夫か!?』と外のブラジル人に聞いた。
数カ国語を不自由無く使うビディオジョーゴは『大丈夫だ!』とスペイン語で返した。彼は暴れ馬に乗る騎手の気分であったが、クソったれのテロリストを叩き潰すためであれば喜んでかような苦行も受け入れた。
彼は陽気であり、その陽気さのまま敵を殺す事ができたが、しかしかような悪逆の徒どもに対しては人並みの感性を持っていた――くたばれ、クソったれども。
側面からの部隊は敵陣左側面をこのまま火力で踏み潰すには少々時間が掛かりそうであった。ちょうど中央ではレール砲が敵戦車を一両スクラップに変えたが、しかしまだ敵の抵抗は激しい。
「ビディオジョーゴ、一旦戻れ。攻撃態勢を立て直す!」
マウスはビディオジョーゴ及び彼が世話になっているカサドールを戻そうと考えた。しかしビディオジョーゴは一つ提案した。
『俺に考えがある』
「言ってみろ」
『よし来た、俺はクロークを発動して敵陣に乗り込む、その間敵の後衛に向けた射撃を止めてくれ。一分あれば左側は制圧できる』
それを聞いてエックス−レイのメンバーは各々感想を漏らした。
『ブラジル人ってのは腹に鋼鉄が詰まってるみてぇだ』とロコは感心した。
「それは無謀じゃなくて可能だとわかってる事か?」
『ああ、訓練だともっと酷い状況もあったぜ? すぐ終わらせて奴らの血で乾杯だ』
「了解、俺から言っておく」
硝煙や土埃やその他が舞う中、ビディオジョーゴはカサドールのパイロットにもう少し近付いてくれと頼んだ。所定の位置まで接近し、何発か命中してシールドが瞬いたが直接の被害は無かった。
人型の巨人の背に捕まっていたビディオジョーゴはタイミングを合わせ、退却するために機体が反転した時に狙いを合わせていた地点へとグラップルを放った。彼はライフルを背負ってホルスターから散弾リボルバーを取り出した。
硬い盛り土に突き刺さったそれはビディオジョーゴをぐっと高速で引っ張り、彼はそれが進むに任せた。周囲で飛び交う銃弾の音が恐ろしくも心地よく思えた。
既にクロークによって彼の姿は不明瞭になっており、現代のクローク技術は静止していない限り擬態性能は低いが、しかしこのような視界がやや悪い状況では『見えにくい』という状態は更に加速する。
ある程度動いたとしてもある程度は擬態できるので見えにくく、そして彼は敵兵がいる陣地に側面から接近した。ふと見ればグレネードが落ちており、それを拝借してピンを抜いた。数を数えてから回避できぬタイミングでそれを投げ、爆発までの時間が短くなっていたそれは敵兵を纏めて殺傷した。
まだ生きて呻く敵の頭部を蹴って首を折り、それからすうっと姿を消した。傍から見ると幽霊じみたぼんやりとした何かによる殺戮であった。
敵の別の陣地を見遣り、そこでベルト給弾の連装式グレネードランチャーを連射している機銃手にグラップルを向けて打ち放った。突き刺された敵は悲鳴を上げ、そして高速で接近して来たビディオジョーゴはその敵兵に散弾を叩き込んだ。
沈黙させた後で周囲を窺い、敵がおらず気付いてもいない事を確認、彼は据え置き式のグレネード機銃を持ち上げ、それを敵の他の陣地に向けて設置し直した。クロークを解除し、それを連射した。
凄まじい勢いで発射されるグレネードが不意に飛来し、敵兵が次々と殺傷された。気が付いた敵戦車からグレネードで反撃があった頃には既に彼はその場から消えていた。
『こちらビディオジョーゴ、左側面は叩き潰した』
これにはアメリカ人のみならず、コロンビア人も『あのブラジル人はイカれてる』と熱烈な称賛を送る他無かった。
二〇三〇年二月二七日、午前十二時三〇分:コロンビア、ボゴタ市街南端
以降激烈な攻撃が仕掛けられ、複数に分散した戦力が猛攻を仕掛けたので、敵の陣は崩壊し、そして敵は奇妙にも降伏を拒んだものであるから、これらを文字通りに皆殺しにしてやる他無かった。とは言え、それこそは多少なりとも溜飲を下す事にはなったであろうが。
コロンビア軍は胸に込み上がっていた怒りが消えるのを感じた。小雨が振り、血肉が地味な風景に彩りを与える中で事後処理が行われた。
上空を我が者顔で飛べるようになった航空機達が掃討し終えた他の地域の敵は眼前で躯となった虫けらどもと同じ最期を迎えたと思われた。自由電子レーザー砲は奪還され、今では更なる援軍を警戒して味方航空部隊の協力な盾及び矛として聳え立っていた。
「はい、我々はこの自由電子レーザー砲の奪還に成功しました。他の地域はどうですか?」
マウスは小雨の中でモーガンスターンに連絡していた。空気は重く、蒸し暑かった。
『我々が把握しているところによるとボゴタ全域はコロンビア軍の制圧下に入った。敵の要員はほぼ全滅し、捕虜として確保できた数はかなり少ないとの事だ。ところでエックス−レイ、君達はいきなり騒動に巻き込まれたにしては素晴らしい働きを見せてくれた。いつも通りだ』
「はい、いつも通りです」
『よくやったな。他に報告する事は?』
「サー、敵が民間人の殺戮を優先しているように見えた事はもう報告しましたね。他には…敵が外国人傭兵を起用しているという事実について報告が」
そこでビディオジョーゴが割り込んだ。
『大佐、可能なら自分が報告してもよろしいですか? その外国人と交戦したので』
『ああ、そうしてくれ』
『それでは。先程、敵に追撃を掛けていた頃の事ですが、市街のクラブで戦闘中に奇妙な敵に遭遇しました。自分が遭遇したのは射撃及び近接格闘の技能に優れた兵士でした。アフリカ系で、確証は無いですが彼の英語はコンゴのそれに似ていました』
『その兵士は英語で喋ったのか?』
『はい、間違いありません。英語で喋って、なおかつカポエイラのアフリカにおける源流のような格闘技の使い手でした。おっと、大事な事を言い忘れていました。その男、このSDカードを渡してくれましたよ。取り扱いについては…まあプロでしょうし慎重に調べてもらえるとして。その男、自分はある組織からブラックハットに派遣されたと自分で言っていました』
モーガンスターンが通信の向こう側で『やはりな』と唸っているであろう事が想像できた。
奇妙な敵について訝しむモーガンスターンに対し、マウスはロコとロッキーから聞いた二人の敵について話した。これらの敵は同じく高度な訓練を受けている事を報告した。
『そちらからの報告や情報はこちらで分析・協議しておく。とりあえず分隊は一旦待機だ。次に連絡した時帰国させるか否かを知らせる』
「了解です。分隊の全員が、ビディオジョーゴも含め旅行の延長を望んでおります」
マウスは真剣な声でそう言った。言葉そのものはやや冗談めかしていたが、しかしモーガンスターンは部下のやる気を感じ取った。通信の向こうから『フーアー』の合唱が聞こえ、やる気を再確認した。
『よろしい。ペンギン・バンク、アウト』
通信が終わり、マウスはこれまでの戦闘やその他諸々の緊張が抜けるのを感じた。既に敵は鎮圧され、後は次の報告を待とう。もしかするとそろそろコロンビア政府の記者会見があるかも知れない。
そこでふと、故郷に置いたままの家族が気になった。己の家庭はそう言えば崩壊寸前で、しかし己はこの遠く離れた異郷の地で任務に没頭し、その問題から目を逸らしているような気がした。これでよいのかどうかよくわからなかった。
その時唐突に、コロンビア兵が誰ともなく叫んだ。
「大統領の発表があるみたいだぞ!」
それを聞いて分隊は、この発表次第で今後の予定が決まりそうな予感がした。予感というより、『忌々しいブラックハット追跡旅行』が延長されるであろうという確信であったが、しかし望むところであった。
次回辺りからはこう、『チャーリーは波に乗らない』的な導入でブラックハットの本拠地へ乗り込むものの…という構想がある。




