SHADOW FORCE#15
ロコは厨房に侵入して来た鉈を持った大男と対決せねばならなくなった。彼が今までに習得してきた合気道、リンゲン、並びにシステマやダガー術で、相手の南米式のスペイン的格闘技を迎え討った。
登場人物
―ロコ…アメリカ陸軍特殊部隊シャドウ・フォース、エックス−レイ分隊の隊員。
―鉈男…顔面に荒々しい迷彩を施し、見た目にそぐわぬ華麗な鉈捌きを見せる強敵。
二〇三〇年二月二七日、午前十一時三三分:コロンビア、ボゴタ市街南端、クラブ内
相手に蹴られて激突して来た冷蔵庫と己が握る銃とで腕が挟まれてじんわりと痛み、しかし鍛えていただけあって助かった。
相手は殺意に満ちた咆哮と共に追撃を掛けたが、冷蔵庫が依然立ち塞がって満足に攻撃できなかった。
限定された追撃を躱してロコはレミントンのベルト部分にある緊急着脱ボタンを押して解き後方へと投げ、長い銃身の銃よりもハンドガンにすべきであったかと考えつつ構えた。
ロッキーは別の敵と交戦しているらしく、HUDの端っこに表示されていた。ならば己は己の戦いをするしかあるまい。
相手は傾いて倒れ中央の調理台に乗ったままの状態で先程蹴られた冷蔵庫をとんとんと駆け上がるように飛び越し、鉈で斬り掛かって来た――ブーストで飛び上がったか。
相手はロコ以上に体格がいい。身長は同程度、互いにバトル・アーマーの外部アシスト付きの強化された身体能力及び背部のブースト。
となれば肉体のタフさ、体格差、及び技量や精神力が物を言う。相手は荒々しく顔面に塗られた茶色基調に白い線の迷彩らしきものを施し、むしろ戦化粧にすら見えた。
塗り残しによって露出している肌は容赦無く日に焼けて褐色を帯び、まるで長年ジャングルでの作戦に従事してきたかのようであった。
飛び上がった勢いで振り下ろされた荒々しい表面の鉈をロコは後退で回避し、己らにとってこの厨房がいかにも狭過ぎる事に内心毒づいた。
幅一ヤードと少しの細長いエリアで鉈を振り回す暴漢相手というのも面倒に思え、ロコは思い切って迎撃に出た。
左、右、そしてその次に来るであろう左からの袈裟斬りを読んでいたので、鉈を振るう相手の腕を左手で受け止めるようにしてがっちりと掴み、顔面に軍用ヘルメットで頭突きを食らわせた。
苦痛の呻き声が心地よく、流血に期待していた。それはともかくとして相手が反撃して来ない間に振り返って、その掴んだ腕を己の肩に強打させ、派手なプロレス技じみたそれによって鉈を手放させた。
だが相手も黙っておらず、左手で背中を殴られ、その一瞬後に恐らく金属で補強されたブーツの爪先で右脹脛を蹴られ、不味いと思ったので前転しつつ咄嗟に振り返った。
膝立ちのままであったがいつでも攻撃できる事をアピールし、相手が鉈を拾おうとすれば床を縮めるがごとき踏み込みで必殺の一撃を放てるよう身構えた――相手はそれを警戒してくれた。
という事は相手はただの素人的我武者羅殺法に非ず、理合に沿った武術を会得しているか――相手は咆哮と共に突進して来た。
しかしただの突進ではなく、長柄で相手の脚を狙うかのように、巨漢はロコが前に出している右脚を蹴って来たため、彼は脚を引っ込めて躱した。
彼らは数度脚を躱し合うと、実際に脚で打ち合い始めた。驚くべき事に相手はあの体格であっても蹴りが鋭く、そしてロコのそれよりも重たかった――振り上げて打ち合うたびに脚が鈍く痛んだ。
相手は不意に己の拳を鈍器として打ち下ろし、躱し損ねて肩を打たれた。ロコは呻きながら後退り、相手はブーストジャンプしてその落下に乗せたパンチを繰り出して来て、これを頬にもらってしまった。
幸いバイザーを叩き割られずに済んだが、咄嗟に対打撃の受け身で衝撃を逃さねば今ので死んでいた。
頭ががんがんと痛み、暖かな我が家に戻ってビールを飲み、テキサス・ルネッサンスの派手な祭りを見たかった。
あるいは友人を尋ねてニューオーリンズでマルディ・グラ(ニューオーリンズの祭り)で愛する妻と狂乱の夜を楽しみかかった――だからどうした、デカ男? もっと殴って来いよ。
彼はぼうっとした状態で相手のハイキックを屈んで回避し、ぼうっとしたままでタックルを仕掛け、相手ははっとしてブーストによる後退を実施して回避した。
「おいおい、どうした腰抜け? もっと打ち込んで来いって!」
ロコは腫れた頬の痛みによって意識を覚醒させて両手で手招きしてスペイン語で挑発した。攻撃を回避できるレベルのブーストとなると相手は結構肉体に負荷を与えてしまったはずだ。
相手が感じているのがどの程度の負荷かはともかく、ロコはこの程度のダメージでへこたれるはずも無かった――浮かぶのは訓練中の出来事。
彼の合気道の師は彼よりは背が低いものの、がっしりとした大柄な北部人であり、髭を蓄え、禿げた頭と柔和な田舎的な笑顔が印象的であった――何度も投げ飛ばされ、手足を極められた。
彼の柔の師はフランクフルトで西洋武術復興に務める小柄だが重量級の男であり、彼はリンゲンと呼ばれる古式ジャーマン・レスリングの達人である。
リンゲンの開祖的な存在である中世ユダヤ人オットの子孫を自称し、彼に気に入られたロコは裏でこっそりと門外不出と思わしき殺人技を幾つも教わった。
ついでに彼からはドイツ及びスペイン式のダガー術も教わった。
とは言え、相手もまた手練か。先程何度か鉈の攻撃を目にしたが、しかしその雄叫びに惑わされてはならない――ただ力任せに振り回しているわけではなかった。
中南米に見られる多文化混成武術であるグリマの一種であり、コロンビアン・グリマか否かまではわからないが、明らかに『鉈術』と呼ばれるべきものであった。
連撃の際滑らかな体運びをしていたのが見えたため、相手が農作業用のジーンズと長袖シャツ姿の老いた達人からそれらの技を会得した事が想像できた。
再び咆哮、そして打撃。打撃においては異なる武術の技のように見える箇所もあるが、基本はグリマの技であるように思えた――斬撃の際と同じ動きが取り入れられた打撃。
敵は己の素手を見えない二振りの鉈のように使用し、あるいは見えない二振りの棒のようでもあった。流れるような連撃は交互の場合もあれば同時の場合もあった。
ロコは相手の腕を取ろうとしたが相手もまたこちらの使う手を予測しており、思うように隙を見出だせなかった。打ち合う度に腕が痛み、バトル・アーマーが激しく音を立てた。
フェイントや誘いも多く、ロコは必死になって悪手を避ける努力を続けた。
不用意にこちらから攻めた場合に相手がどのようなカウンターを仕掛けるかがわからなかったから、攻めあぐねた。
徐々に押されている、ここは打撃で攻めるべきか。グリマにも関節技や投げ技はあるため、それらを警戒し、カウンターを狙った。
ロコは相手が片手で攻めて来るのを待った。左手を後ろに回し、見えない鉈で何度突きを繰り出してきた。バトル・アーマーで強化された鋭いジャブをガードした。
何度か逸らした時、遂にその時が来たのを悟り、相手が両腕を解禁する前に勝負に出た。
相手の拳から腕にかけてはまさに鉈であり、あるいは鉄棒であるから、これが被害を出す前に仕掛けたのだ。
腕全体による素早い打撃を叩き付けるように逸らしつつ相手の腕に衝撃でダメージを与え、苛立たせた。
お返しの左ボディ・ブロウを受け止め、頭部をヘルメット越しに振盪させるため振り下ろされた右手に狙い澄ました頭突きで迎撃。
相手の狙った振盪効果が出ないよう心掛け、しかしそれでもなかなかの衝撃――石頭になるまで鍛えた甲斐があった。
時間が経って戦術が陳腐化する前に右手でシステマの強烈なストライクを胸に叩き込み、一気にダメージを与えようと試みた。
ある程度の防刃及び防弾を意識した相手のバトル・アーマーの装甲、並びに指にも至っているバトル・アーマーの手甲による打撃。
そのような要素を意識しながら叩き込んだ打撃が上手い事作用し、相手は痛がって大袈裟によたよたと後退した。大男にも泣き所はあるし、あるいは無いなら作ればいいだけだ。
相手は例の冷蔵庫の辺りまで後退り、しかしそれはただ下がっただけではなく、落下していたあの鉈を拾うためでもあった。
かつて清潔であった厨房を照らす照明によって傷だらけの磨かれた鉈が鈍く光った。
相手は鉈を右手で拾い、左手で冷蔵庫の外れそうな金属パイプを左手で引き抜き、両手でスナップを利かせてそれぞれを舞うように振るった。
ロコは一瞬だけ考えて古風なダガーを左腰の鞘から左手で引き抜いた。刃と平行して片側のみ無骨なチタンの護拳が付けられ、傷だらけであった。
相手はロコの意図を読み損ねた――何故これまで右が利き手であったのにダガーを左手持ちにしたのか?
ロコの意図としてはこうである――相手が右手で振るう鉈さえ防げばそれでいい、故に左手でダガーを持ち、右手はメインの武器である。
何故なら相手は口の端から吐血しており、ロコは戦場でもシステマのストライクを繰り出す自信があり、ダガー術にも熟達していた。これはナイフではなく、攻防一体の盾である。
「さ、来やがれ」とロコはスペイン語で挑発しつつ、右手で手招きした。再びあの殺気放出。上等だ、捻り潰してやる。
相手は今度は突撃せず、ステップを踏みながらフェイント及び威嚇として両手でスナップの効いた乱舞を見せつつ徐々に接近して来た。
気分はどうだ、グリーヴァス将軍? 今の一撃で臓器にダメージが届いたんじゃねぇのか――気を逸らすための鉄パイプによる軽い打撃、本命の鉈。
ロコは鉈をダガーで受け止め、鉄パイプはアーマー前腕の装甲で防いだ。威圧的な斬撃とて受け止めてしまえばそれまで、トレドの鍛冶職人に栄えあれ。
左右からタイミングを合わせたりずらしたりして飛んでくる必殺の連撃を防ぎながらまず様子を見た。気を逸らすために相手の足を踏み、脛を蹴った。
凄まじい音と共に金属同士がぶつかり、しかし腕の痺れは徐々に征服できるようになった。
だがここからが本番、ぎりぎりと音を立てる刃同士を接したまま滑らせ、互いに裏を掻き合い、そして敵の頭突きを躱した。
刃が装甲を掠め、嫌な傷が付いた。両手でそれぞれ鍔迫り合いと取っ組み合いの中間のような事をして拮抗し、歯を剥き出して至近距離で頭部を接しながら睨み合った。
鼻を噛もうとして来たのでそれをすうっと躱して、二撃目に右鰓をぶつけてみた。歯が一瞬食い込む痛み、衝撃。
しかし相手も上犬歯へ変に負荷が掛かってぐらついたらしく、鋭く呻いた。
その隙に右手を相手の左手から離し、左肩目掛けてストライクを叩き込んだ。気分はどうだ、テロリスト?




