僕と家族会議
日もとっぷりと暮れ、夕飯やお風呂を済ませた僕らは再び食卓を囲んでいた。
お風呂あがりで肌を上気させたアーシャが、ぱたぱたとお茶の用意と、ひと口サイズのイツ・クルソスをテーブルに並べていく。
あとで皆にちょっと相談がある、と僕が言ったために夜食を用意していたのだろう。細やかな気配りがありがたい。
それが終わったかと思ったら、らっぴー用の水皿の中身を替え、菜くずを与え、ラシュやアーニャの脱ぎ散らかした服をたたみ、あれよあれよと見ている間に朝食の仕込みを始めた。
「アーシャさん、そのへんで。
オスカーさんが声の掛けどきを見失ってしまっています」
「あぅ。ごめんなさいなの」
てきぱきと家事をこなしていくアーシャを、シャロンが呼び止める。
自分用の椅子を引き、ぽふっと腰掛けるアーシャを見届けるとシャロンは満足げに頷き、厳かに宣言した。
「それでは、ただいまより第28回ハウレル家、家族会議を開始させていただきます」
え、もうそんなに回数を重ねてるの?
僕が知らない回が多くないか?
「おー」「わー」
シャロンの開会の宣言にあわせて、アーニャたちからまばらな拍手が上がる。
知らない間に謎な文化が形成されていることに戸惑いを隠せない僕。
助けを求めて視線を彷徨わすも、菜くずを啄むらっぴーと若干目があうのみである。あ、無言で逸らされた。
「では。議題を、オスカーさんから」
「あー。議題ってほど大したもんじゃないけど、ふたつある。
ルナールみたいなのが再来したときのための今後の対策と、あとは僕の――」
言い淀む僕を、見つめる瞳たち。そのうちひとつは蒼く輝き、僕と目があうとふわりと微笑みを返してくる。
「僕の――んー……。僕の、キャラ立ちの話を、相談できたら、なぁ、って……」
語尾が弱くなっていく僕をみつめる瞳たちが、きょとんとしたものに変わる。
「んにゃー。けんぺーの人たちに地味って言われたん気にしとんの?
べつに地味でも気にすることないんちゃうかなぁ」
「そうなの。みんな違ってみんないいなの」
キャラの濃さなら他の追随を許さない、アーニャとアーシャからの慰めの姿を借りた追撃が鮮やかに決まる。
みんなして地味地味言いやがって。
「ふたりはあれだよキャラ濃いから」
「アーシャ、濃いなの……? 濃いなの……??」
ガーン、みたいな面持ちののち、項垂れるアーシャ。
しっかりキャラ立ちしている二人には僕の悩みはわかるまいよ!
「オスカーさんのご意見を否定したくはありませんが、私はべつに現状で問題ないと思うのです。
他人にどう思われようとも、私が、私たちが、オスカーさんの良さを知っています」
「んぐ。うん。あにうえさま、すごい。もぐ……。ぼくは、しってる、よ?」
小さい手で、これまた小さい口にイツ・クルソスを詰め込みながら、ラシュもシャロンの意見を肯定する。
「うわこれ美っ味。アーちゃんいいお嫁さんになるわ。あ、でも第二夫人の座はウチがもらうけど。
って、ちゃうかった。カーくんが目立ちたい話やった」
「目立ちたいってほどじゃない。地味でなくなればそれでいい」
「オスカーさま、狐のひとにもお名前覚えられてなかったなの」
うぐぐ。
濃いと言われて俯いていたアーシャが、ちくっと追撃を加えてくる。
憲兵の話だけでなく、それも気にしていた要因のひとつではある。
ただ、工房の面々やまわりの人たちのキャラの濃さに埋もれてしまってやいないかということは、兼ねてから気にはなっていたのだ。アーニャしかり、アーシャしかり。カイマンだって、何だかんだとキャラが濃い。たぶん僕より人気あるぞあいつ。裏を返せば、僕も個性を発揮できれば良いのだ。
人気者になりたいというわけでもないが、少なくとも地味呼ばわりされることはないだろう。
別に彼らに言われたことでことさらに傷ついているわけではないのだ。――ないってば。
「たとえば、キャラ立ちということであれば語尾や口調、一人称を工夫するというのがわかりやすいかと思います。安直ですが」
「ちょぉ待ちシャロちゃん、なんでウチのほう見ながら言うねん」
「お姉ちゃんは、――仕方ないと思うの」
そう言うアーシャも十分特徴的だと思うが。猫人族は皆そうなのだろうか。キャラ立ちしていないと一人前と認められない、みたいな。
つい、とラシュに目線をやると、まだむぐむぐと夜食を楽しんでいた。
「いきなり口調や一人称を変えるとなると、だいぶ今更感がある気がするんだけど大丈夫かな」
「大丈夫ですよ。地味と思われているならば、それほど周りから意識されていないとも言えますから」
「なんか今日はシャロンもアーシャもぐりぐり抉り込んでくるな……」
僕泣いちゃうぞ。
「そうですね、たとえばですが鼻の頭に絆創膏でも貼って一人称を『オレっち』にしてみるとかいかがでしょう」
オレっち、さすがにそれはどうかと思う。
今までとのギャップによって、悪目立ちしそうな上に、僕の言動と雰囲気が噛み合わないことこの上ない。
「他にはなぁ、せやなぁ。決めゼリフとか、必殺技とかどないやろ?」
「決めゼリフか、なるほどな。
かっこよくかつさりげなく、うざくないけど記憶に残るようなのがいいな」
「ピェピェ」
なんとなくだが、らっぴーから『そんな欲張りな』、もしくは『やれやれ』みたいなツッコミが入ったような気がする。
むしろなんでおまえはピとか言って大抵寝てるのにキャラ立ちしているんだ。
――鳥にさえ嫉妬心を剥き出しにする僕だった。実に余裕がない。
「そうですね、高笑いののち『万物万象、我が手中にあり!』みたいに言い放つとかいかがでしょう」
「不遜すぎてびっくりする……」
記憶には残りそうだが。
もふもふした耳をぴこぴこさせながら、ラシュも改善案を出してくれる。
「あにうえさまは、かっこいい技のなまえをつくる」
「技の名前か。ノーアクションで魔術が使えるのは便利だけど、たしかに地味さの一因かもしれない」
無詠唱で魔術が使えるようになった弊害である。
魔力残量をさほど気にせず、大出力の魔術を、ときには二重詠唱してバカスカ連発していたりするのだけど、見た目はなるほど地味であるかもしれない。
問題は、パッと良い名やシャレた名が浮かばないことだ。
王都からやってきたという記者のメルディナ = ファル = ウィエルゾアは、小洒落た詠唱に、これまた小洒落た魔術名を付けていた。
それを模倣した僕は読んで字のごとく"自動書記"とそのまま呼んでいる。センスがまるでないと言われればぐうの音も出ない。
ということで、ここはラシュのセンスに期待してみる。看板や猫の像など、こと造形に関してはラシュのセンスは工房イチなのだ。
言葉の扱いに関しても、なにか光るものがあるかもしれない。
「たとえば、どういうのがあるかな」
「ううん、ううん。
『おひさまおさかならっぴーぱんち』」
「ピェ!?」
――駄目そうだった。
しばらく頭を悩ませたラシュの脳内から捻り出されたのは、単に彼の好きなものを繋げただけである。
食べかけの菜っ葉を嘴からこぼしつつ、そろりそろりとらっぴーが後退していく。巻き込んですまない。
「では、無詠唱でなかった頃のような荘厳な体系で技名を統一してはいかがですか。
精神集中して魔術の構成をはっきりと思い浮かべられれば、詠唱はだいたいなんでも良いのですよね。
極論を言えば技名が『愛妻自在天人砲』とかでもいっこうに構わないはずです」
シャロンへの愛を叫びながら"剥離"で爪を剥がしつつ斬りかかる。
ないしは"結界"と内部の空気濃度を調整して相手を昏倒せしめる。
――嫌すぎるし怖すぎる。
キャラが立つことと引き換えに、あらぬ噂までもセットでついてくること請け合いである。
「ふーむ。なんかしっくりけーへん、みたいな顔やな。
前にカーくんが言うてた『家族に手を出すなら、僕は容赦しない』っていうんも決めゼリフやと思うけどなぁ。
そらもうグッと来たし惚れ直すってもんやわ」
「お、おぅ……」
ラシュと同じく考え込むようにして、アーニャは僕の過去発言と思われるものを引用する。
面と向かって過去の発言を再現されるのは、わりと恥ずかしいところがある。
「オスカーさんの素敵語録ならお任せください! 記念すべき一つ目は『やめて! 初対面でそんな倒錯的な呼ばれ方をする謂れは断じてない!』です。
これが初めてのオスカーさんの全力ツッコミでした」
アーニャたちが一斉に「えぇ〜……」という微妙顔をしているが、僕もその思いは一緒だ。
「オスカーさんの素敵語録No2! 私の名前を下さった一幕ですが、こちらは私とオスカーさんだけの大事なやりとりとして秘めておきます。
脳内再生回数が10万再生を超えました。私の演算回路の中でも不動の人気を誇るとろけワードです!」
「わー! わー!」
このままでは、僕の過去発言掘り返し大会が勃発してしまう。そんなことになれば恥ずかしさで爆散してしまう。
なにげに全力ツッコミが名付けをおさえて素敵語録No1とやらに記録されているのが若干物悲しい気もする。おそらく発言順なのだろうけれど。
「シャロちゃんの持ってる素敵語録は後でゆっくり全部聞くとして。
かっこいい技とか決めゼリフはやっぱ記憶に残ると思わへん?
まあ食らった相手が死んでたら覚えるも何もないんやけどな!」
「駄目じゃん!」
総括するアーニャに、頭を抱える僕。
あと素敵語録全部聞くのはやめていただきたい。本当にやめていただきたい。
「詠唱がないから地味なのかも、というのはわかった。たしかに納得感がある。
『爪剥ぎ剣』やら『昏倒結界』ではあまりにあまりだから、何か名前を考えるとしよう」
このやりとりの中で、そこだけは収穫である。
それまでの消耗が思った以上に大きかったけれど。
「他の案としましては、決めポーズや背景効果、テーマソング、でしょうか」
「テーマソング」
「はい。オスカーさんが必殺技を使う構えになると、まずテーマソングが流れてくるじゃないですか」
いや、『流れてくるじゃないですか』と言われても困るのだけど。流れてこないし。
「テーマソングが最高潮になったところで決まる必殺技、ポーズを決めるオスカーさん。そして背後で爆発が起きるのです」
「なんでさ!」
全面的におおごとすぎる。
爆発がおこる、って何が爆発するというのか。危ないし。
「戦闘のたびに爆発してたら、僕が悪人として名を馳せそうだ」
「あなたにはその力があります」
「あるけどさ! たしかにあるけどさ! できると思うけどさ!
力を持つものの責任みたいな感じで言わないで!」
地味ではなくなると思うけれど、無駄な破壊はしたくない。ともすれば、その行動は蛮族のそれと大差なくなってしまう。
「そや、眼から怪光線出すとかどうやろ?」
どう、とは何なのか。やれというのか。僕に。眼から光線を出せと。
別の路線で攻めよう、とばかりに案を出すアーニャは確実に面白がっているだけのようである。
しかしシャロン的には乗り気であるようで、
「いいですね。きっと忘れられない相手になりますね。アーニャさん!」
「ん? おぅ! 『へっへっへ、もう逃げられへんでぇー』」
「『きゃー、あなたー助けてー』必死に叫ぶ私!」
なんか小芝居が始まった。息ぴったりかよ。
「そこに颯爽と現れるオスカーさん! 僕の最愛の嫁と同じ空気を吸うだけで度し難い!
くらえ眼から怪光線! みたいな感じでどうでしょう」
「めちゃくちゃ怖ぇえ!!」
どうでしょうどころじゃない。怖い。
あとシャロンの中での僕のキレポイントも怖い。
なんなら僕よりシャロンのほうが戦力としては上である。シャロンが捕まるような相手に、僕がなんとかできるとはあまり思えない。――それでも、なんとかするけれど。
「かっこいい、ねぇ」
「ええ……」
僕はその案は『無いな』と即断したのだが、ラシュは目をきらきらさせている。
だって、怪光線だぞ。目から。
「そして爆発する背景」
「爆発推すなあ」
「アーシャ、がんばるの。
がんばって、オスカーさまのテーマソング歌うの」
胸の前でちいさな掌を拳に握りかため、アーシャは決意をあらたにする。
が、そのやる気は来るべきときにまで仕舞っておいてほしい。できれば活用されることがないことを祈りたい。
「というか、シャロンやアーニャ、アーシャ、ラシュは僕がそんな変な――と言ったらあれだけど、そんな目立ち方していていいのか?」
僕は多少嫌だぞ、たとえば父が少女が唄うテーマソングを背景に眼から怪光線で敵を爆殺していたら。
「なにをおっしゃいますやら。
妻としてであれば、もとより私は反対だと申し上げたはずですっ。オスカーさんは目立たなくともよいのです。私たちだけのオスカーさんのままでよいのです。
それでも試行錯誤されたいのであれば私はバックアップするまでです。
目立とうとも、地味であろうとも。オスカーさんはオスカーさんなのですから」
まったくもう、と息を吐くシャロン。
それだけでなく、アーニャたちもそれには同意見であるらしい。
優しげに、楽しげに。僕を見守る視線はあたたかみに満ちていて。
「……なんだか、地味さで悩んでたのがなんだか馬鹿らしくなってきたよ」
嘆息し、アーシャ作の夜食であるイツ・クルソスを口に放り込む。
さっくりとした外皮に、しっとりとした内側の食感が、揚げたてとはまた違った美味さをもたらしてくれる。
冷めても美味しいこの肉詰めは、かつては母が作ってくれた僕のお気に入り。
そういえば、父も母も。僕が地味だからどうだとか、目立ったら誇らしいだとか、そんなことはついぞ言われたことがなかったように思う。
「僕は僕、か」
たしかめるように呟くと、蒼い瞳がにっこりと僕に向けて微笑んでくれる。
――そう。たしかに、かつて僕はシャロンに言われていた。
ふたりっきりの、あの地下で。
無力感に、焦燥に、孤独に苛まれる僕に、彼女は『あなたは、あなたです』と優しく告げたのだ。
それは、当たり前のことなのだけれど。
強力な力を持つシャロンに対する劣等感や、何もできない無力さゆえに卑屈になってしまっていた僕には、ことのほか強く響いたのだ。
少しずつ変わっていく彼女が、あのときから変わらぬ、この微笑みで告げたその言葉は、シャロンのような素敵語録というわけではないが、今も確かに僕の支えとなっている。
「はい。オスカーさんは、オスカーさんです。
何を為そうとも、どう在ろうとも。私の大好きな、オスカーさんです」
「そう、か。そうだな――。
ありがとう。僕は、僕だ。
無理のない範囲で考えればいいし、変に奇を衒う必要も、ないな」
そうですとも、と頷き返す彼女らに、僕は解散を促すことにする。
もう夜も遅い。変なことで時間を取らせてしまったことを詫びると、
「ええて、ええて。
家族って、そういうモンやろ」
「そうなの。水びたしなの」
アーシャのそれはたぶん『水臭い』の誤りだが、本人は薄い胸を張ってドヤ顔をしているのでそっとしておく。
「めから光線、だす?」
「いや。たぶん出さない」
「そっか、ざんねん」
「ピ」
そうして、らっぴーを頭に乗せたラシュが大あくびを放ったことによって、第28回ハウレル家家族会議は解散と相成った。
――ちなみに。
ふたつあると言った議題のうち、僕の個性じゃないほうの話が完全に忘れ去られていたことを思い出したのは、ベッドに入ってシャロンが素敵語録について語りはじめた時であり。
さらに言うなら、起きたときにはそのことすらも、綺麗さっぱり忘れていたのだった。




