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休日の買い物 そのご

二日に一度の更新でここまで来ていますが、今月から偶数日更新とさせていただきます。

更新日がわかりやすくなれば良いのですが。


なので、明日も更新予定です。

 ごとごと、ごとごと。

 軽快な音を立てて荷馬車は街道を進む。


 ハウレル式荷馬車は『山道なんかでもある程度軽やかに走破できる』と、方々からご好評いただいている程度の性能を持っている。

 ましてや街道のように平坦に整備された道など、まるで荷物など引いていないかのような軽やかさで進むことが可能だ。


「助かりました、ヒンメルさん。クレスも」


「礼には及びませんな。

 私どもが受けた恩に、報いる機会がいただけたと思っておるくらいです」


「ええ、ええ。

 村を救われた恩。シャロン様に引き合わせていただいた大恩を思えばこそっす。

 それに、礼なら獣人の娘にも言うといいす」


 僕が改めて声をかけると、御者台からはヒンメル氏が。すぐそばの、荷台の一角からクレスが応じる。


 クレスは、初対面のときはもう少し線の細い感じだったようにも感じるが、今は以前よりも肉付きが良くなっただろうか。

 背格好までは変わらないものの、服の上からもわかるくらいに腕や首周りが引き締まっている。

 長い前髪で片目が隠れがちになっているのはそのままに、後ろ側はその茶色い髪を編み込んでいるらしい。どうもシャロンをリスペクトしてのことのような気がするので、深くは触れないでおこうと思う。

 今日は護衛としてヒンメル氏に同行しているようで、荷台には大振りの弓が立てかけてある。


「アーニャも、ありがとう。

 ヒンメルさんたちを呼びに行ってくれてたんだな」


 そう広くない荷台に寝転がり、未だ肩で息をしながら大きく胸を上下させているアーニャは、にへへと口元に笑みを浮かべた。目は閉じたままである。

 体力のあるアーニャがこんなになるまで全力で走ってくれたのだ。途中で"念話"を入れてくれれば……というのは無理な注文だろう。


 いかに"肉体強化"と言えど、身体能力が増強されるだけであり、疲労がないわけではない。

 まして、強化を受けることに慣れていないのに全力で走り続けたら、気疲れも相当なものだろう。躓きでもしたら大怪我をしかねないような速度で、自らの身体を動かし続けるのだ。

 崖から飛び降りていると見まごうほどの速さで、目の前の地面や左右の木々が飛び去っていくのである。

 "肉体強化"の影響で防御力もある程度上がってはいても、生物の本能としての、速さへの恐怖が減るわけではないのだから。


 そんなアーニャによって連れてこられたヒンメル氏は、朝からガムレルで仕入れをして、ゴコ村に帰るところだったらしい。

 ――荷台には荷物が満載されていたが、許可を得て一旦"倉庫"送りにしてスペースを確保した。ヒンメル氏には"転移"魔術で工房に置いておいた、と説明してある。


「いや実に驚きましたよ。

 決して遅くない速度で馬車を走らせていたのに、物凄い速さでアーニャさんが追い縋って来ましたので。

 クレスなど、魔物の類かと身構えておったらしいです」


「仕方ないすよ、あれは。

 馬車より早く走る人物を見たことがあったから、射らずに済んだようなものっす。

 またハウレルさん関連かと思えば、諦めもつくす」


 なんだ、僕関連だと諦めの対象ということか。どういうことだ。


 朗らかなヒンメル氏とは対象的に、肩を竦めてみせるクレス。その反応に、にゃははと笑うアーニャ。

 恰幅の良い商人と細身の冒険者のコンビは、当人たちのキャラは違えど、なかなか相性が良さそうだった。


「カーくんのまわりは、なんというか、本人だけやのうて変な人が多いもんなぁ」


 ようやく「よいせっ」と身体を起こし、伸びをしつつ、アーニャ。

 いいのか、今絶賛言われているその『変』は自分のことだぞ。


「シャロン様は変わっていらっしゃっても良いんす。

 いや、いや。俺たちと一線を画していてこそ、シャロン様す」


「なんか、前より崇拝っぷりがひどくなってないか?

 そのわりに、クレスがうちの工房に顔を出したことはないように思うんだけど」


 カイマン、メイソン、クレスにヒンメルさんのパーティと最初に会ったとき、彼らはペイルベアにやられる寸前だった。

 それ以来、クレスがシャロンに心酔しているのは知っているのだが、当初からこんな人物だっただろうか。


「その。シャロン様のご尊顔を拝するのが、恐れおおくて……」


 なんというか、最初はもっとこう。人畜無害というか。キャラが薄いというか。

 そういうところに密かに親近感を覚えたりしていたものだけれど。あの頃の彼は、もう居ない。恐れ多い、とはにかんで応える青年がここには居るのみである。



「それで本日はどういった御用向きで? どうも逢引という感じではありませんでしたが」


「何も説明せずに連れて来たのか、アーニャ。

 というか、それで連れて来られるヒンメルさんって一体……」


「ウチは、なんとなーく勘で、商人のおっちゃんがいると思って。

 走って連れてきただけやで。思ったよりめっちゃ速く走れたけど、体がちょい痛いわ」


 足を曲げ伸ばしたり、胸を持ち上げてみたり。そりゃまあ、痛いだろうと思うよ。

 そうやって身体の調子を確認しているアーニャからついっと目を逸らすと、同じように目を逸らしているクレスが視界に入る。


 アーニャのいう勘とは、彼女が言語化できていないだけで、馬の(いななき)であるとか、匂いであるとか、そういったものを無意識で処理してのものなのだろう。"全知"も、その僕の推測を支持している。

 アーシャやラシュが荷台で寛いでいるときでも、アーニャは魔物の接近を察することがあった。それも、僕やシャロンと遜色ない速度で、だ。

 これまで人間に捕まらずに生き延び、磨かれてきた彼女のセンスの賜物なのだろう。――もっとも、気付かずに爆睡していることもよくあったのだが。


「ヒンメルさんが理由なく人助けをするのは、いつものことす。

 それが獣人であっても」


「お人好しだもんなぁ」


「いえ私の話はいいですから」


 うんうん、と頷き合う僕らに、御者台のヒンメル氏。


「西門の先でハウレルさんを拾うよう頼まれただけで、私としては何に協力しているのかもさっぱりなんですぞ」


 いやほんと、それでよく引き受けたなヒンメル氏。商人として、どうなんだそれは。


 これまでの事情を話しても良いものか、と僕は一瞬逡巡する。

 しかし、何も聞かずに助けてくれる相手に甘えっぱなしというのも不誠実であろう。

 それに、警戒という意味でも情報共有しておいたほうがいいか。ゴコ村にも薬物(エンペラー)の被害がないとも限らない。



「えっと。

 違法な薬物、エンペラーって、ご存知ですか」





 かいつまんで要点を話すと、それまで黙って聞いていたクレスがギリッと歯を鳴らした。

 いつになく真剣な、というか鬼気迫るものがある。


『そっちのにーちゃんはどうしたんや? なんか怒っとるんか?』


 アーニャから不安げな"念話"が飛んでくる。

 しばらく休んだ結果、ある程度は回復したようだ。


「まあ、そんなわけで今は怪しい奴を追跡中ってとこ。

 ――クレスは、何か思うところがあるのか?」


「ああ。ある。あるすよ。浅からぬ因縁が。

 数年前、猛威を奮った違法薬物、ヒプノジャック。君たちも、知らないということはないすね」


「いや、知らないな」


「ん、知らんにゃ」


 うんうん、と頷いてクレスは続ける。


「あれはゴコ村みたいな片田舎でさえも恐れられたものっす。

 それを使うと幸福な気持ちになり、人を害することに躊躇がなくなる。

 使っていないと不安が襲うようになり、全ての者が敵に見えるようになるらしいす。

 そうやっておかしくなった者による恐怖で町や村は支配されて、より薬に手を出しやすくなるという恐ろしい――ってなんすか、知らんすか!?」


「全く知らん」


 僕の生まれ育った村って、そんなに辺鄙なところだったのだろうか。


 アーニャも、さっぱり、といった風に肩を竦めてみせる。

 彼女に関しては、人の世相に疎くとも仕方あるまい。仮に聞いたことがあったとしても、名前を覚えているかどうかという問題もあろう。


「民衆だけでなく騎士、果ては王族まで疑心暗鬼になるという、それはもう大変な騒乱でありましたが……。

 ハウレルさんでしたら、12、3歳といった頃の出来事でしょうか」


 ヒンメル氏の補足は、一部正確ではないのだろう。

 僕は神継研究所の地下で、短期間で3年分寝こけていたのだ。

 実際に事があったのが僕が9歳頃のことであれば、だいたい今のラシュと同程度の歳の頃である。

 まわりの大人たちが僕の耳に入れないように動いていたとしても、不思議はない。


「まあ……うん。知らないものは、知らないんすね。うん。仕方ないっす。

 きっとシャロン様ならば知っていらっしゃると思うんすけど」


 いやぁ、シャロンも知らないんじゃないだろうか。

 うちの嫁(シャロン)は麦の月の中程、つまり僕と出会った時以前の知識となると、数千年前の記録を持つのみだ。

 機会さえあれば、ぐんぐん知識を吸収していっているようだけれど、数年前の動乱の話なんかは、さすがにわからないのではないかと思う。


「で、その違法薬物……ヒプノジャックだったか。

 それに何か因縁があるのか?」


「ああ、そういうことす。

 ――君たちも"綺羅星"のカモイ、という名を知ってるすね」


「いや、知らないな」


「知らんにゃあ」


 うんうん、と頷いてクレスは続ける。


「黄格勲章を持ち、"綺羅星"の二つ名を与えられた生ける伝説。

 弓兵の中の弓兵。男の中の男。

 その矢の閃きは風より速く、鋭く。その姿を見る前に敵は事切れる。

 城壁内部がまるで見えるかのような曲射で、鉄の鎧さえ射通す破壊力。

 実は彼は、俺の弓の師匠なんすよ。

 そんな彼が――ってなんすか、知らんすか!?」


「うん。全く知らん」


 アーニャも、なんだかすまなそうに、肩を竦めてみせる。


 名のある弓師。"綺羅星"のカモイ――やっぱり、なんだか僕の"紫輪"の二つ名よりもかっこいい気がしてならない。

 その人物は、数年前にフラりとゴコ村の周辺にやってきたらしい。ちょうど、薬物が猛威を奮っていた時分である。


 当時17歳であったクレスは、その弓の腕に惚れ込んで、師になってくれと頼み込んだらしい。

 やんわりと断られ続けていた、ある日のこと。クレスは道端で倒れ込んでいた若者を見つけた。

 その若者は薬物(ヒプノジャック)に侵されていたらしい。そうとは知らずに背負って村まで運ぼうとしていたクレスを、そいつは持っていた刃物で突き刺そうとして。


「それを、たまたまその場に居合わせた"綺羅星"のカモイが庇ったんす。

 黄格勲章を持っている自分より、遥かに無価値な俺を。一瞬も迷うことなく」


 そうして"綺羅星"の名は、潰えることになる。

 庇った左腕が、持ち上がらなくなってしまったのだという。


「そいつに復讐したって、師匠の腕が戻るわけじゃねっす。

 なにより、そいつはその後わりとあっさり死んだっす。俺が、師匠が、何をするまでもなく」


 その後、弓のみに生きた男は、負傷の責任を感じるクレスに、幾許かの技を授けたらしい。

 そうして弓も(くわ)も握るに不適となった男は、いまはガムレルで隠遁生活を営んで居るとのことだった。


「だから。クスリを撒くやつらとやりあうなら、俺も助力するっす。いや、させてほしいす。

 弓の才能なんてなかったすが、それでも多少は役に立つはずっす」


 いつになく真剣なのは、そのためか。


 相手を追跡することに集中して魔術を使っているため、周囲への警戒が疎かになっていること、アーニャとともに警戒に当たって欲しい旨を伝えると、クレスは俄然やる気を見せた。


「任せるす。

 これでも弓師のはしくれ、どこを陣取れば射撃しやすいか、伏兵を置くならどこか、くらいの戦術眼はあるっす。

 ――へへっ、あの"紅き鉄の団"を一方的に蹂躙したハウレルさんに頼まれるなんて、なんか嬉しいっすね」


 ちょっと山を落としたり、"剥離"しただけの僕に、蹂躙とはなんとも人聞きが悪い話である。


「カーくん、カーくん。

 ちょっと納得いかん、みたいな顔しとるけどな。

 ウチもさすがにあれはないわぁって思っとるからな。あの地響き、たまに夢に見るんやからな」


 アーニャからも抗議の声が聞かれる。が、山が落ちてくることなんて、人生で2、3度となく経験するものだ。ということにしておこう。

 その力やロンデウッド元男爵討伐によって、なんとかいう豪華な勲章を貰い、それと同じ勲章を持っている者も何人かいるのだ。他にも山を降らせる者がいてもおかしくはあるまいさ。


 そんな僕らのやりとりに、とくにコメントを差し挟んで来ることのなかったヒンメル氏は、御者台で馬を駆りながら。

 深く考えることを放棄して、ただただ優しい微笑みを浮かべた。



 相手との距離はもう十分に縮まった――とはいえ、目視で確認はできない程度の遠さだが――ので、対象と同じくらいの速度を保っての追跡をはじめて、しばし。

 そのまま十分ほど馬車を走らせただろうか。


 追跡対象の馬車が、ふいに街道から逸れた。

 それをヒンメル氏に伝えると、芳しくない返事が返って来る。


「ふうむ。それは、まずいですな……。

 この先には町も村もなく、普通は商人の通る場所ではない。つまり、目立ちますな」


「そこの街道沿いのあばら家も、いやーな感じす。見張りがいてもおかしくない。

 俺なら、あそこに連絡員と狙撃手を置くっす」


 ヒンメル氏の言葉に追随するクレスの、その視線の先を見やると、大きな木の下に、確かにぽつんと潰れたあばら屋が見受けられる。


 この手の倒壊したあばら屋は、地揺れが増えた最近では珍しくない。

 町や村でも、郊外では潰れたまま放置された家屋がぽつぽつと見受けられるのだ。


 ああした街道沿いの簡素な家は、冒険者や商人が雨を凌ぐために作り、いわば共有物として使われていたりするものであろう。

 潰れていたところで、率先してこれを直す奇特な者は、そうはおるまい。しばらく進むとガムレルがあるのだ。ここで雨宿りをする必要も薄いのだから。


 ごとごとと馬車が近付くにつれ、そのあばら屋の中で潜む者の存在も"全知"で視えるところとなる。

 蛮族のような佇まいの男が気配を殺し、こちらの馬車を眈々と伺っているのだ。


 武装はナイフと弓。そして通信魔道具。

 蛮族のような佇まいであるものの、クレスの言う通り、連絡員と狙撃手を兼ねた人員であるらしい。


 そのような手合いがこんなところに配置されている以上、追跡している男が善良な一般市民である目算は、より低くなったと言えよう。


 潜んでいる相手を排除するのは難しくない。

 連絡を取られる前に排除することも可能だろう。

 しかし『連絡がないことが異常のサイン』であった場合、困ったことになる。


「仕方ない。僕とアーニャは、馬車を陰にして木立側に降りる。

 二人はそのまま、馬車を走らせてくれ。どこか安全なところで折り返して、あとはゴコ村まで帰ってくれて構わない。

 ここまでありがとう、助かった。ヒンメルさんの荷物は後で届けるから」


「はっは。

 微塵もご自身の危険の心配をしていないあたり、さすがはハウレルさんと言ったところですな。

 承りました、頑張ってください」


「あんがとーなー、商人のおっちゃん!」


 数十分休めたとあって、アーニャも調子を取り戻している。

 追跡対象も、街道から分岐して少し進んだ先で止まったようなので、もはや見失うこともあるまい。


「俺も、俺も行くっす!」


「気持ちはありがたいけど、クレスはヒンメルさんの護衛だろう。

 あのあばら屋に潜んでる奴が、ただの蛮族――っていうのも変な話だけど、商人に襲いかかる奴だったらどうする。

 ここまでの警戒でも十分だよ」


 彼も護衛の必要性は承知しているのだ。

 そのためにヒンメルさんについて来ているのだから、当然だ。


 しぶしぶ引き下がるクレスを尻目に、僕とアーニャは道沿いの藪に飛び込んだ。

 そのまま僕らは、馬車があばら屋の前を通り過ぎるまで、藪の中から十分に観察する。


「とくに、動きはないようやな」


「うん。進もう」



 足取りの悪い藪の中でも、アーニャは物音を立てずにひょいひょいと進んでいく。

 僕はその後ろについて、彼女が進んだ通りの道をなぞるように、一歩一歩確かめながら進む。


 アーニャは何がおもしろいのか、そんな僕の様子をちらちらと振り返っては、にへらっと笑うのだった。


あと一話で終わります。たぶん。

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