(96)分からない
「予言」は深夜。
女性陣はアイシャの家、俺とリーフさんは俺の家でそれまで休んでおくことになった。
一人でベッドに転がるのも随分久しぶりだ。何とも恥ずかしいことに、腕が少し寂しい。
「落ち着かないな……」
懐かしの我が家。
気が安らぐだろうと思っていたのだが、どうしてもそうはならなかった。
……。
…………。
………………。
目を瞑り、羊を数えても。一本のロウソクを想像して心を落ち着かせても。
だめだ、眠れない。
特に疲れることをしていないというのもあるが、
それ以上に、心が必死に眠気を抑えつけていた。
「予言」まではまだ時間がある。
どうしても、行きたい場所があった。
「……」
布団から出て、上着を羽織る。
物音を立てないように部屋から出て、階段を降りる。
玄関を開けて外へ。流石に夜ともなれば、この騒がしい街も静まり返っている。
「冷えるな……」
震える体に無理を言って住宅街の奥へ。
アイシャの家を右に見ながら進み、その向かい側から三軒先。
「ここだ」
もう十年も空き家になっているその建物。
クモの巣が張り、雨風にさらされた壁や屋根は傷んでいる。
その家の前のスペースを見ると、あの雨の日を思い出す。
人ごみも、憲兵もいない。それでも、絶望は確かに俺の中で蠢く。
「……サラ」
幼馴染の名前をつぶやくと、ここが彼女の家であり
あの事件の発生地だと実感する。
ボロボロの木扉に手をかけ、ゆっくりと引く。
サラの部屋には何度かお邪魔した経験がある。
記憶を頼りに、二階奥の部屋へ向かった。
階段を上がった先の廊下。その最奥がサラの使っていた部屋だ。
見ると、その扉は腐り、隙間が数多くある。
「……ん?」
扉に生まれた間隙から、光が見えた。
青白い、見慣れた光だ。ゆっくりと扉を開く。
部屋の中には、幼馴染の少女が立っていた。
「アイシャ、来てたんだ」
「ユウ。うん。なんだか寝ていられなくて」
「同じく」
「……」
「……やっぱり、ダメそう?」
さっきの光は、アイシャの能力によるものだろう。
そう考えた俺は、結果を聞いてみた。
ダメであったという返事を聞く前提で。
これを試すのは、今回が初ではない。
アイシャに霊魂に干渉できる能力があるらしいと分かった時、すぐに試した。
それから何度か、こうしてサラとの接触を試みたが、しかし、未だにそれは果たされていない。
「……うん」
「そっか」
部屋を見渡すと、寝具は外されていたが、ベッド自体は残されたままだった。
それと、勉強机や椅子も放置されていた。座面の埃を払い、なんとなく腰かけた。
「……低い」
「ふふっ、ちょっと、笑わせないでよ」
「どこに笑うポイントが……?」
「椅子のサイズと合ってなさ過ぎて、かわいいんだもん」
「そりゃあ、ね……」
十年前に同い年の少女が座っていた椅子。
今の俺が座れば、無論、小さい。
なんだか恥ずかしくなって、軋む椅子を元に戻した。
「ねえ、ユウ」
「ん?」
「サラは、さ」
「……」
「あの日、何を考えてたんだろうね」
集合し、図書館へ行き、商店街に寄り。
それは、少なくとも俺とアイシャにとってはいつも通りの日常だった。
帰り際のサラの異変以外は。
「——何が出来たんだろうね」
俺たちの行動次第で、結末を変えることは出来たのだろうか。
三人で、バカな話で笑い合える世界線はあったのだろうか。
あの日々を続けることは、出来たのだろうか。
「私ね、ずっと考えてたんだ。私は、どうしたいのかなって。でも、分からなかった」
「アイシャ……」
「ユウは、どう?」
「俺は……」
あの子が居なくなって。閉じこもって。アイシャに目を覚まされて。
誓った。俺は確かに、何かの感情を魔物への怒りに置換した。
だから騎士になり、今こうして魔物と戦う日々に身を投じている。
でも未だに、自分でも何がしたいのかは分からなかった。
「何か」が何なのか、判断を下せないでいる。
「……俺も、分かんないや」
「……そっか」
ふと、思い出す。言い争うオレとアイシャを、優しい笑顔で見守る少女を。
目頭が熱くなってくる。窓から星を見るふりをして誤魔化した。
「行こう、アイシャ」
「……うん」
サラは笑っていた。うるさい二人の幼馴染を見て。
きっと、こんな俺たちの姿は望んじゃいない。
だから、ここで泣いているわけにはいかないんだ。
そう心に言い聞かせ、二人で部屋を出た。




