(91)強欲・色欲の罪
その日の晩。王都の屋敷に帰って体を休める。眠気が凄まじい。
「ねえねえ、ユウ」
「ん~?」
いつものように、眠るまでの会話。
俺はもう半分寝ているのだが……。
「うれしかったよ」
「何が?」
「水着、褒めてくれたこと」
「ああ、あれね」
「ふふっ、かわいかった?」
からかう様に訊いてくる。
「うん。かわいかったよ」
負けまいと、非常にまじめなトーンで返答。
「そ、そっか……」
暗くてアイシャの顔はよく見えない。
「どうした? 突然そんな」
「ユウは、さ」
なぜか改まった様子で。
「手、出さないのかな~って」
「……はい?」
「色々攻撃してるつもりなんだけど」
服装選び。
甲板での行動。
言動。
水着。
オイル塗り。
昨日今日だけでも、思い返してみればアイシャの言う通りだな、と。
「き、効かねえな……」
「え~、じゃあもっと攻めちゃおうかな」
「嘘ですごめんなさい」
本人には言わないが、俺とて必死に耐えている。
「現状維持」のために。
「ていうか、そう言うアイシャこそ、結局は挑発止まりじゃんか」
「それは……そうだけど」
「……今はまだ、それでいいか」
「……うん」
——俺たちの関係は「恋人」ではない……はずだ。
もしそうなら、とっくの昔に……その……ね。
それを分かっているのは、俺だけじゃない。
だからアイシャも、色々とやってくるが、終着点まではいかない。
……そこに、二人の共通認識があるからだ。
俺たちはまだ「幼馴染」でいる。その理由は過去にある。
かつて、俺たち二人の前から姿を消した少女、サラ。
彼女の死については、未だに何もわからない。
その一件に片が付くまで、俺とアイシャは「幼馴染」を続ける。
何も言わずとも、お互いがそれを理解していた。
かといって、アイシャに対して「欲」が無いと言えば嘘になる。
あの時。攫われたアイシャを助けに行った時だ。結局俺には何もできなかったが……。
あの時の俺の行動原理は何だったのだろう。
当時は、アイシャを救うという目的のためだと思っていた。
正義の味方ぶっていたんだ。
だけど時間が経った今、冷静に考えてみるとそれは違うと気付かされる。
あの時俺はアイシャを奪われた「怒り」と彼女を誰にも渡したくない、
俺の傍にいて欲しいというアイシャに対する「欲」で動いていたんだ。
つまり、俺とザックの争いに「正義 対 悪」という構図は存在せず。
ただ単に「アイシャを自分のものにしたい」という欲と
「誰にもアイシャを渡したくない」という欲の争いだったんだ。
もちろん、ザックの行動を正当化するつもりはないし
未だに許せないことの一つではある。
だけど、それを理由に、自分を「正義」だとは言えない。そう思った。
人間をはじめとした生物たちは、常日頃から「欲」と向き合って生きている。
自制心をもって戦っている。俺にも、溢れんばかりの欲がある。
だが、それをも押さえつけるほどの力を持った
「幼馴染を維持」という盾でもって、耐え忍ぶ。
恐るべき威力を持った攻撃に、今日も明日も明後日も。
その時が来るまで俺は、自戒を続けていくのだろう。




