(80)欲に染まった者
翌朝。
「アイシャ、おはよう。待たせた?」
「おはよう、ユウ。ううん、今来た」
いつも通り寮の玄関でアイシャと合流し、今日の講義を受けに向かう。
校舎までの道中、アイシャと話をしながらも周りを警戒してしまう。
昨日の奴らのせいだ。まあ流石に二日連続では起こらないだろう。
そう、思っていたのだが——
「ユウ、あれ、知り合い?」
「ん?」
アイシャが示した方を見ると、一人の暗い男がこちらを向いて立っている。
「……いや?」
「私の知り合いに男は二人しかいないし……闇堕ちしたクリスかな?」
「一晩で何があったんだよ、可哀相すぎるだろ」
……なんて冗談を言っているが、実際、気味が悪い。
昨日の四人のようなチャラチャラした雰囲気ではなく
もっとこう……陰湿というのだろうか?
とにかく挙動が「不審者」そのものだった。
「なにか?」
意を決して俺から声をかけた。
道に立たれていても邪魔だし。
「お前に要はねえよ」
「ええ……」
……アイシャのお客さんか。
「なに、私?」
「ああ。お前、アイシャだろ?」
「そうだけど」
なんだか随分と失礼な話しかけ方だな。
「お、お前、かわいいじゃんか」
「知ってるけど。ていうか、どこの誰?」
「し、知らねえの?同学年の、ザックだよ」
ザック……。
同学年というだけあって、確かに聞いたことのある名前だ。
「要件は?」
「お、お前さ。俺の女になれよ」
「は?」
今までアイシャが受けてきたナンパはすべて見ている。
けど、こんなに無礼な奴は初めてだ。
君、とかならまだしも、いきなりお前呼びだし。
なんなら「俺の女になれよ」なんて偉そうな言い方だし。
「嫌だよ、私はユウの女だもん」
——言い方!
「は? ユウって、こいつか? こんな奴より、俺の方がいいだろ?」
——イラっ‼
「はぁ? ふざけないでよ‼ いきなりお前とか、俺の女になれとか。あんたみたいな奴とユウを比べるのも嫌なくらいよ!」
昨日と比べると、今の彼女には明確な怒りの感情が見て取れる。
「なんだと! 黙れ! 黙れ! お前は黙ってやらせときゃいいんだよ‼」
「アイシャ、行こう」
これはダメだ。
こんな奴の前にアイシャを居させたくない。
俺はアイシャの手を引いてさっさと騎士校方面へ歩き出した。
しかし——
「待てよ!」
そいつはもう片方のアイシャの腕を掴んでまで俺たちを止めてきた。
「待てって!」
「や、やめてよ‼ 申し訳ないけど、あんた本当に気持ち悪いよ! 触らないで!」
——これはまずい。
声が震えている。アイシャは本当に怯えているんだ。
「だそうだ。すまないが、二度とアイシャに話しかけないでくれ」
俺はアイシャの腕からザックの腕を強引に払い、走って騎士校へ向かった。
最後に見たそいつの顔は、憎しみに染まった鬼のようだった。




