(8)平和な時代に蒔かれた種
その後は何事もなく、平穏無事に終わった。
シスターさんに教会の中を見せてもらったり、
あまり覚えていないが三匹のサルが出てくる話を聞かせてもらったりもした。
やれやれ、今日は誰にも怒られずに済みそうだ。
安心して眠くなってきた。移動手段は馬車だ。
街の中を巡っていて、住民ならお金を必要としない。
母さんが、税金が何とかって言ってた気がする。
「アイシャ、寝ちゃったね」
「うん。はしゃぎ過ぎだな。そうだ、助かったよサラ、ありがとうな」
「ん?あぁ、無事に済んでよかったね」
「怒られずに済んだな」
「そうだね」
オレの隣の席で居眠りをするアイシャ。
しばらくすると、肩に寄りかかってきた。
寝ている幼馴染の顔を改めてみると、整った顔立ちをしているなと感じる。
もっと子供らしく表現するなら、かわいいと感じたんだ。
この幼馴染に振り回され、大人たちによく怒られる。
そんな日々を、心のどこかで気に入っていた。
そうだ。
嫌なら付き合う必要はない。
にもかかわらず毎日毎日彼女と顔を合わせては
振り回される生活に身を投じている。
別れ際は特にそれを実感させられる。
「また明日」と、最初に言うのは決まってオレなのだ。
「大人しければ普通にかわいい女の子なんだけどな……」
「ユウ、何か言った?」
「あ、いや何でもないよ」
思わず言葉が声に出てしまった。
我ながら恥ずかしいことを言ったと思う。
馬車の騒音でサラの耳に入ることは防がれたようだ。
助かった。
と、そんなこんなでオレたちの日常は流れていく。
何か月後も同じ。二か月前、教会を見に行ったあの日も。
今日だってそうだ。
アイシャの招集に始まり、また明日、の言葉を交わす。
いつも通りの光景だ。そのはずだ。なのに何故だろう。
今日は何か……予感というか胸騒ぎ?
とにかく何をしても心が休まらなかった。
そしてなぜか、歴史の授業で聞いた先生の話を思い出した。
先生が言うには、今オレたちが満喫している幸福な日常生活、
もとい平和は、五百年前の戦争で多くの騎士が命を賭して
人類を勝利に導いたから存在するのだ。
だからオレたちはその人たちに感謝する必要がある。
だが、それを解る人間はほとんどいない。
五百年も前の死者に対して敬意を払うことは容易ではない。
だからせめて、今ここにある幸せに、日常に感謝しよう。
これは当たり前に存在するものではないのだから。
・・・とかそんなようなことを言ってたっけな。
難しすぎてよく分からないというのが正直な感想だった。
日常は当たり前じゃない、感謝する必要、か。
「やっぱりわかんないや。もう寝よう」
オレはいつも通り、床に就いた。
その晩、オレたちの知らないところで絶望は着々と育っていた。
そこはかつて、魔物の長が拠点に使っていたとされる巨大な城跡。
現在ではただの遺跡と化したその場所に、重い重い足取りで歩み寄る影があった。
内部を奥に進むと、終戦から今まで一度たりとも
開かれることのなかった結界がある。
いや、開けられなかった、というのが正しい。
その結界のもとに辿り着いた影は、
懐から真紅の輝きを放つ宝玉を取り出した。
すると、いとも容易く結界は解かれた。
巨大な石の扉がひとりでに開く。暗い下り階段が続く。
影はやがて、最奥へ。
そこには、なぜか仄かに明るい空間が広がっていた。
その部屋の中心に、高さ五メートルほどの十字架がたっていた。
影は腰にぶら下げていた剣を抜き、その十字架を切り倒した。
ドスンという大きな衝撃とともに十字部分と、
そこに括られた全身を包帯で覆われた人間の体が落ちてきた。
「これが我が先祖、英雄、ユーリ。今、その戦いから解放せん」
低い男の声で影はそう言い、剣を遺体の胸に突き立てた。
刹那、青白く発光したかと思うと、次の瞬間、莫大な量の黒い霧が噴出した。
霧は階段を駆け上がり、遺跡を出、瞬く間に世界中に散っていった。




