(74)大変な事案
その日の夜。俺はいつものように
幼馴染の寝息を聞きながら、布団の中で天井を眺めていた。
「……」
疲れていて、瞼が重い。
それなのに、あの男に関する思考が頭の中をぐるぐると回っている。
考えてもわからないのに
——いや、正体の推測に役立つ根拠はいくつかあった。
だが、そこから導き出される結論は、現実と矛盾しているし
俺自身が認めたくないものだった。
「嫌な汗かいたな……」
部屋を、宵闇が包み込む。月明りが厚い雲に隠されたからだ。
右腕の拘束を慎重に解き、布団を出た。
もう一度風呂に入って洗い流すために。
脱衣所と風呂場は真っ暗だった。
時間が時間だし、当然なのだが……。
「うう、寒っ」
夜はなかなか冷える。汗をかいていることも起因しているだろう。
早く温かい湯を浴びたい。風呂場の戸を開くと、その中はさらにひんやりしていた。
誰かが最後に入ってから時間がたっている。
「はぁ……」
冷えた体にお湯をかけると、筋肉の緊張がほどけた……のだが……
——ガラガラと、脱衣所の扉が開く音。
——え、何で……?
——こんな時間に誰が……?
「ま、まさか……おば——」
——た……助けてくれ! アイシャさん‼
——いや落ち着け。この状態でアイシャに来られるとまずい。
——どうする……ああ、どうしようもない……っ‼
風呂の扉がゆっくりと開く。
やがて物音の正体が見えて——
「……」
「……」
何が起きているのかわからず、見合ってしまった。
そこに現れたのは……
「エ、エリナさん……」
「ご主人様⁈ どうしてこのような時間に……」
タオルを巻いてくれていて助かる。
それでも目のやりどころに困るが……。
「その……嫌な汗かいちゃって……」
「そうでしたか……。ではお邪魔します」
「えっ」
え、この人……。
「お背中流しましょうか?」
「いえ、もう洗い終わってるので——」
「どうぞこちらへ」
「あの」
「遠慮なさらず」
「え」
「流させてくださいお願いしますご主人様」
すごい圧。
どうしたんだろうこの人……。
「……じゃあ……その……お願いします」
「よし!」
「⁈」
「……失礼」
数分経つ頃には、この状況に慣れてきてしまっていた。
「そうですか……ご主人様と奥様は幼馴染の関係でいらっしゃるのですね」
「そうなんです。……ところで」
ずっと、気になっていたことがある。
「エリナさんって、リーフさんのことは何て呼んでましたっけ?」
「リーフさんのことは……リーフさんです」
「アイシャは?」
「奥様」
「お姉ちゃんは?」
「お姉ちゃん、もしくはお姉ちゃん先輩と」
「俺は?」
「ご主人様です」
「なぜ……」
「そうですよね……これには深い訳が……」




