(65)己の怠惰を乗り越えて
……夢を見た。
……記憶だ。
……何度も何度もオレを起こす母さん。
……提出されない宿題に頭を抱える学校の先生。
……机に向かうサラ。
……幼馴染の家の前で倒れるオレ。
……一人で学校へ行くアイシャ。
……彼女の、泣き顔。
そして、思考を巡らせる。ゲルプ砂漠での戦闘に、妙に苦戦した理由。
もちろん足場の悪さや悪環境は理由の一つだ。
だけどそれなら、ヴァイス氷山での戦闘はどうだ?
寒いのが苦手な俺やエリナさんも、戦闘はしっかりとこなしていた。
——なら、今回はどうして?
俺は記憶を見ながら自分に問いかけ続けた。
——あの頃から、成長できたか?
——心に住まう怠惰は、殺せたか?
——今の俺は、オレよりも優れた人間か?
——ああ、そうか。
結論は出た。
——俺は、何一つ変わってなどいなかったんだ。
あの頃から。
——宿題はまあ、終わるだろう。
——まだ間に合う時間に、母さんが起こしてくれる。
——サラはきっと、疲れているだけだ。
油断。おごり。たかぶり。
そして、怠惰。
それはずっと、今も昔も、俺の中に巣食っていた。
新たな人生のスタートをきった
なんてたいそうな言葉で自分をだまし、変わった気でいた。
自分の考えや先入観を疑うことなく。
——今回の魔物を見て思った。
こいつは楽に終わるな、と。
本来持っている力を心の奥底で抑え込んでいた。
ゆえに、怠惰を振り払って反撃に出た魔物に驚いたし、対処できなかった。
それはきっと、俺だけじゃない。魔特班のみんな含め、人間誰しもが陥る怠惰。
自分の考えを疑わない、先入観という強大な敵。
それを飼っているのだと自覚すると、心が軽くなった気がした。
心に潜む怠惰な自分を抑え込み、自信がわいた。
さっきまでとは違う意味で
「勝てる」
と思うようになった。
目を覚ますと、戦線から少し離れたところで
お姉ちゃんの治療を受けていた。
必死の形相をした顔がいくつも見えた。
「お目覚めね」
「ユウ! よかった!」
真っ先に泣きついてきたのは、アイシャだった。
立ち上がると、少しふらついた。
「ユウが突き飛ばしてくれなかったら、私は至近距離で爆発を食らってたかも」
アイシャがいくらスピードに長けていたとして、
彼女の場合は瞬間移動ではない。回避速度には限度がある。
「助けてくれて、ありがと。でも」
「ああ、分かってる。ごめん」
俺が姿を消せば、アイシャがどんな顔をするかは分かっていた。
二度とそんな表情をさせないために俺は剣を握ったのだ、と。
「さて」
リーフさんはそういいながら、肉塊だったものが居る方向を指した。
爆発でコアも砕けたかと思いきや
そうはならず、周辺の肉と無気味な気体を吸い込んでいる。
それはやがて、数メートルほどの巨人に姿を変えてゆく。
肉塊だったものは、はっきりとした「魔物」になった。
「ここからが本番らしい」
「今日の調子で大丈夫でしょうか……」
「そうねぇ……」
確かに。
さっきまでの調子ならば、さらなる進化を遂げる魔物には勝てないだろう。
——だが……っ‼
「ユウ⁈ あまり無理は……!」
「病み上がりだってのに、まったく」
「我々も!」
「ユウ‼」
向かっていった。真正面から。全力で。
それに鼓舞されてか、仲間たちも倣う。
そこにはもう、さっきまでの俺たちはいなかった。
魔特班が、本来の姿を取り戻し始めた。
そう。分かったんだ。
ヴァルム地方では、何が起きているのかわからない緊張感があった。
ヴァイス氷山では、二人が不在で
なおかつお姉ちゃんの能力に頼れないという危機感があった。
それ故に、常に全力で戦っていたんだ。だが今回は違った。
「予言」の魔物に慣れ始めてイベントのような感覚を持っていたし
五人全員いて、お姉ちゃんの能力も使える。
そして現れたのが、究極的に受動的な肉塊。
それらが「余裕だ」「こいつは強くない」という先入観を、心の怠惰を呼び起こした。
それに気が付いた俺はもう、俺たちはもう
相手が強くても弱くても全力で叩き潰すと誓った。
それがナマケモノを殺すという結果を導いた。




