(61)怠慢から無気力へ
翌朝。
いつも通り母さんに起こされ、オレは遅刻ギリギリで教室へ。
「こら、ユウ。また遅刻ギリギリじゃないか」
「ごめんなさい」
「まったく。体を拭いて席に着きなさい」
「はい」
今日は雨が降っていた。
傘など意味をなさないほどの大雨で、びしょ濡れだ。
正直言うと学校に来たくなかった。
寝ぼけた状態でも、その音で天候が想像できたからだ。
授業は退屈で、オレは窓の外を眺めていた。
雨の降る景色を見ると、昨日から続く感覚を、少しかき消せる気がしたからだ。
昼休み。弁当をもって廊下に出ると、隣のクラスのアイシャが待っていた。
「おまたせ」
「ううん。雨、すごいね」
「ああ。また家の水抜きをやらされそうだよ」
「……めんどくさい」
そこにサラの姿はない。
今からもう一つ隣の教室に迎えに行く。
「ねぇねぇ」
アイシャがその教室から出てきた生徒に声をかけた。
「ん?」
「サラいる?」
「ああ、サラちゃんね——」
いつもの光景。
この後、クラスメイトに呼ばれたサラが申し訳なさそうに出て——
「来てないの。今日はお休みみたい」
「えっ」
「休みか……。まあ昨日、疲れてそうだったしな」
「そっか。教えてくれてありがとう」
サラがいないことを教えてくれた生徒は
友達と共に弁当をもって去った。
サラ……。
雨を見て落ち着かせた心が再びざわつき始めた。
「やっぱり疲れてたのかなぁ……。悪いことしちゃった……」
「今日の帰り、サラの家にお見舞いでも行くか?」
「……そうだね」
お見舞い、という理由をつけて
一刻も早く彼女の状態を確認したかった。
それがどうしてなのかは分からないが、
この嫌な気持ちとサラが無関係とは思えず
そうと自覚すればするほど不安感は大きく育った。
昼休みが終わり、午後の授業が終わっても、雨は降り続けた。
先にホームルームが終わり待っていたアイシャ。
彼女と合流し、サラの家に向かう。
「雨、やまないね」
「……うん」
遠くの方に稲光が見えた。
「荒れそうだな……」
サラの家に着くと、人ごみと、その先に憲兵がいた。
「……何事?」
アイシャの疑問の声が耳に届かないほど、鼓動が大きく聞こえた。
何が起きているのかは分からないが
憲兵の存在が、ただ事ではないことを示している。
「ちょっとごめんなさい」
「すみません、通りま……」
人ごみをかき分けて最前列まで来ると
憲兵の前で、濡れた地面に突っ伏してなく女性の姿が見えた。
「あれ、サラのお母さんじゃ……」
「サラママ? いったい何が——」
アイシャがその人物に呼びかけると、顔だけをこちらに向けた。
俺たち二人の姿を確認すると、小さな声で
「ごめんね」
とだけ言って、また泣き始めた。
手が震える。
鼓動か雷鳴かわからないほどの爆音。
足に力が入らない。
景色がゆがむ。
頬に、水が滴る。
体が熱い。
何が起きているのかを察し、その時点で思考が止まる。
憲兵の一人が気づいて、話しかけてきた。
「君たちは、サラちゃんのお友達?」
「……はい」
「……」
「君たちにとって、とても苦しい知らせだろうけど——」
ああ、言わないでくれ。
「サラちゃんは——」
言われると憶測の域を出てしまうから。
予感が、事実に変わってしまうから。
だから——
「——亡くなったよ」
血の気が引き、ゆがんでいた世界はさらにひん曲がる。
体から力が抜けた。オレは、遠ざかる意識を連れ戻そうとはしなかった。




