(53)悪夢の始まり
翌朝。安心と信頼の体温の主を起こし
モーニングルーティーンを済ませる。
お姉ちゃんたちとは別の馬車に荷物を積んだ。
今出れば夕方前には目的のヴァイス氷山に着くだろう。
「エリナさんの装備はどうするんです?」
「えっと……実は名残惜しくてずっと持ってたんです」
「ああ、なるほど。持っててよかったですね」
「ええ」
いつも通りリーフさんが馭者を務め、出発。
座席車には俺とエリナさんのみ。
何か緊張してきたな……。
昨晩偉そうにいろいろ言っていた記憶が、
今になってよみがえる。それをかき消すように話題を振った。
「ところで、メイドさんって兼業していいものなんですか?」
「禁止はされていませんね。まあ、騎士とメイドを兼ねる者なんて居ないでしょうけど」
まあそうだろうな……。
メイドと騎士の兼業なんて、忙しいにもほどがある。
「大変じゃないですか?」
「ええ。でも他のメイドたちは理解してくれました」
三人の派遣さんたちの協力もあり
特に重大な任務の時はエリナさんが出動できるようになった。
「もちろん、騎士の仕事を、メイド業務を怠る言い訳にはしません。私自身が望んだことですから」
エリナさんの顔は、どこか晴れているように見えた。
馬車が止まった。座標付近に着いたようだ。
一時間ほど前から、急激に気温が下がったように感じる。
氷山エリアに入った証だ。
リーフさんは寒さに強いが、俺たちはそうじゃない。
寒がりのエリナさんは、俺の体温を使って暖をとる。
このメイドさんには緊張させられっぱなしだ。
これが、最初にエリナさんに会った時のお姉ちゃんの言葉の真意だろうか。
「ついたぞ」
無慈悲に、もリーフさんは座席車の扉を開けた。氷山の冷たい風が吹き込む。
「「ヒィィィィィ‼」」
俺もエリナさんも、それに甲高い悲鳴を上げる。
「なんだ、お前ら……」
防寒具は身に着けている。
目的地がどんなところだか知っていたから。
けど、寒さは予想をはるかに超えてきた。
「早くしろ、時間は迫ってるんだぞ」
指定されている時間までは残り三〇分ほど。
座標まではここから徒歩二十分くらいらしい。
これより向こう側へ馬を連れて行くのは、さすがに拷問に等しい。
そのため、最寄りの小屋に馬を待たせ、そこからは歩く。
「この寒い中を歩くんですか……」
「山に入ればもっと寒いぞ」
「それはまあ、そうですが……」
さらに座標に近付き、残すところ百メートルもない。
俺たち三人は、近くの岩場で待機することに。
「暖かい……ですね……」
「そうですね」
俺とエリナさんは、起こした火で暖をとる。
少し温まってくると、エリナさんが懐かしそうに自分の剣を眺めている。
俺もそれを見ていると、何だか違和感があった。
「その剣、油が塗ってあるんですか?」
「お気づきですか? そうなんです」
剣の全面ではなく、刃以外の部分が妙にテカテカしている。
「おっしゃる通り、油が塗ってあります」
それは見れば分かるのだが、何のために塗っているんだろう……。
「これは私の――」
——その瞬間。
まさに「ドン」と形容するにふさわしい衝撃が襲った。
「なんだ⁈」
何なのかは分からない。
だがそれが起きた途端、巨大な圧迫感を感じた。
肺や心臓をはじめとした臓器が全て圧迫されたような感じがした。
自然と拍動が早くなり、空気が重く感じる。
「リーフさん、時間です! もしかして……」
時計は、紙の時刻と同じ時を示している。
「ああ、残念ながら予言だったってわけだ……‼」




