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【完結】宣誓のその先へ  作者: ねこかもめ
【四話】暗晦と憂虞。
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(37)死して気付いた己の心

 自らの死因と、未練が何なのか思い出した

アーベルさんはずっと俯いている。


《……》

「アーベルさん」

「守ったんだね、ハンナさんのこと」

《俺は……》


こっちから話しかけても

彼はそれだけ言って肩を震わせるばかり。



 何秒か、はたまた数分か。

どれくらい時間が経ったかは分からないが、その静寂を破ったのはアーベルさんだった。


《俺は、さ》


俯いたまま続けた。


《……調子に、乗ってたんだな》


嗚咽まじりに、言葉を紡いだ。


《優秀だ、なんて言われて。俺は強いんだ、俺は出来るんだ、ってさ。その傲慢さが態度に現れてたんだ……。みんな、それを解ってたんだな。上官も、同僚も、……ハンナも》


俺もアイシャも、黙って彼の話に耳を傾ける。


《本当は、分かってたんだ。このままじゃダメだって》


その悔いが、握りこぶしに現れる。


《なのに俺は。変な意地を張って……!》


抑圧された感情が溢れそうな様子で。


《勝手にイキって、勝手にイラついて!》


更に強くこぶしを握り締めて。


《声をかけてくれたハンナにあたって……だせえよな、本当に》


彼のイメージからは想像できない程に高ぶる感情。


《俺が腹を立ててたのは上官でも、同僚でも、ハンナでもねえ……っ!》


一瞬沈黙し、今度は顔を勢いよくあげ、力強く言った。


《……俺なんだよ!》


その眼には、大粒の雫が。


《俺は、俺に腹が立ってたんだ! 一匹狼気取りの気持ちわりぃくそ野郎になっ!》


アーベルさんの深層心理を聞き、俺は彼に問うた。


「アーベルさん」

《なんだ?》

「あなたは、どうしたいんですか?」


彼の意思を。


彼自身の感情を。


それは、彼にしか分からないことだから。


《お、俺は……》


少し間を開けて、ひとつの答えを出した。


《俺は、謝りたい。みんなに。ハンナに。それから、お前たちにも》

「私たち?」

《ああ。俺の勝手な都合でこんな夜中に。悪かったな。特にユウ。お前は怖がりっぽいからな》

「こここ、怖がりじゃねえよ!」

《若いカップルの夜を邪魔した罪はでけえよな》

「ほんとよ」

「こら」


余計なお世話だっての……。

それに俺たちはただの幼馴染だ。今は、まだ。


《……とにかく、俺はあいつらに謝りたい》


傲慢であったこと。優しさを無下にし続けたこと。


そして。


《何より、死ぬまでそれに気付かなかったことを、な》

「そう。なら、私にできるのはここまで」


あとは彼の行動次第だ。

俺たちが干渉することじゃない。


《あ、だけど俺》

「大丈夫。もう以前のあなたとは違うよ。見えてるでしょ? 姿も、するべきことも」

《……ああ、そうだな。》



 アーベルさんを見送りに屋敷の玄関へ。


《世話になった、あんがとな》

「会えると良いですね、みんなに」

《ああ。それじゃあ》


俺たちに背を向けて歩き出したアーベルさん。

その姿は、最初に彼を見た時のそれとは違い

なんというか、こう、たくましく見えた。


「ねえ」

《ん? なんだ、嬢ちゃん》

「ハンナさんには謝罪だけじゃなくて」

《……分かってるよ。ありがとうな》



そう言って、アーベルさんはそれ以上振り返ることなく去っていった。


「行ったね」

「ああ」

「……言えるかな」

「まあ、大丈夫だろ」



 東の空は徐々に明るくなってきている。

寝ないとな……。今日は十時ごろに一班と合流して力仕事らしい。


「アイシャ、俺たちもそろそろ」

「……うん、そうだね」

「アイシャ?」


アイシャはなにやら遠くの景色を見ていた。


「な、何でもない」

「?」

「さ、寝よ寝よ」


半ば強引に腕を引かれ、俺たちは屋敷の中へ入った。



 怖い、という感情がある。

何に対してその感情を抱くのかは、その時次第だ。


見えない、分からない。

それ故に怖いと感じる。

その一方で、見えても、分かっても怖いものだって存在する。



 俺にとって、悔しいけど幽霊は怖い。見える。居ると分かる。

それでもやっぱり、怖いんだ。それが何故かは分からない。

存在を知る以前に身に着いた深層心理なのか、何なのか。


とにかく、知っていても怖いんだ。


 「死」はどうだろうか。死ぬのは確かに怖い。

いつ訪れるか分からないし、経験もないから。

しかし、死ぬタイミングが分かることだってある。


 アーベルさんは魔物の攻撃からハンナさんを庇うと決めた時、

自分に迫りくる死が分かったはずだ。

それでも彼は、大切な人を護るという行動に何の躊躇いもなかった。


おかげでハンナさんの命は守られた。

今、彼女がどうなっているかは分からないが。


己の命を賭して大切な命を護る。

捉えようによっては騎士の使命ともいえるし、敬われるべき行動のはずだ。


俺で例えれば、命を捨ててアイシャを護る、となるのだろう。


一見すると美談だ。


しかし、俺にはどうしてかそのエピソードが美しく思えなかった。


うまく言い表せないが、そこに何かしらの死ぬよりも怖いことがあると感じた。


アイシャを護る。


それ自体は俺の望みに相違ない。

だけど、なぜかずれている気がしてならない。

己の死よりも酷く、醜く、恐ろしいような、そんな何かがあった。



もはや自然な流れで、当たり前のように二人で俺の部屋へ。

窓から差し込む陽から身を隠すように布団をかぶった。


「おやすみ、アイシャ」

「うん、おやすみ」


いつも通りの挨拶を交わして。


「……ユウ?」

「ん?」

「珍しくそっちから抱きしめてくれるんだ」


俺はアイシャをそっと抱擁した。


——怖いから、な。



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