(28)ニンゲン
「お出ましか」
甲高い唸り声が聞こえた。
すると、最後尾を走っていた羊に何か黒い影が猛スピードで迫った。
ヒト型。触手。武器。間違いなく記憶で見た魔物だった。
見ると、羊はシャボン玉のようなものに包まれている。
その玉は魔物の身体に、吸い込まれていった。まるで「食う」ように。
この「食い方」によって死体や血痕すら残されないわけか。
しばらく魔物を観察していると、食う行為などどうでもよくなるような事象に遭遇した。
《ニン……ゲン……》
「な、なに⁈」
「……喋った?」
人間。
俺たちを発見したこの魔物は、確実にそう言った。
話したのだ。魔物が、人間が認識できる言語で。
騎士はあらゆる魔物の生態報告書を読まされ、頭に叩き込まれる。
その中に、人類の言語を話すものは一種類たりとも存在しない。
単なる新種、というわけではなさそうだ。
「来るわよ!」
それに驚いている暇はない。相手は憲兵をいともたやすく葬った魔物。
気を抜くことは死につながるだろう。
四方向に散開し、様子を見る。確かに足音一つしない。
ほんの一瞬。
瞬きをするほんの僅かな時間に、魔物は俺のすぐ目の前へ。
首を掴もうと腕を伸ばしてきた。まずい、隊長がやられた攻撃だ。冷汗が滴る。
間一髪で身をかがめて回避。
そのまま膝のバネを使って斬る。
しかしこれは、素早いバックステップ回避によって剣先が微かに触れた程度に。
——やっぱり、強い‼
体勢を崩し、手足が地面についた。
魔物はその隙を見逃さず、俺に剣を振りかざす。剣を持ち直す時間はない。
——反射だ
そう、俺には戦闘に向いた能力がある。
今まで何度も敵を葬るのに使ってきた能力が。
俺は剣撃を左腕で受け、その力を返してやった。魔物は怯み一歩後退る。
その間に剣を持ち直し、追撃を試みた。だが敵も馬鹿ではない。
攻撃はさせまいと、盾で打撃を繰り出す。
それも反射してやったが、大した影響は無いようだ。盾をどうにかしなければ。
腕にダメージを蓄積させれば、ガードを剥がせるかもしれない。
そう考えた俺は、普段はあまり使わない強引な攻撃に出た。
敵に攻撃を当てれば、必ず反作用が働く。その反作用は俺が受ける力だ。
つまり反射できる。こうすることで、実質二倍の攻撃力が出せる。
——相手の攻撃を待って反射。
訓練と同じだ。
落ち着け。
落ち着け。
魔物の剣撃。反射。盾を攻撃。
魔物の剣撃。反射。盾を攻撃。
魔物の剣撃。反射。盾を攻撃。
繰り返しているうちに、段々と精神が安定してきた。
しかし繰り返したが故、敵も学習したようだ。
——し、しまった!
安心していた俺は、盾による不意打ちを受けた。反射も間に合わなかった。
もろに攻撃を受けてしまった俺は、何メートルか後ろまでとばされた。
冷静に受け身をとり、胴体へのダメージは最小限に。
剣を拾い上げ、再び立ち向かおうとした時。
新たな問題に直面した。
——っ‼
不意打ちを受けた右腕が激しく痛む。まずい。剣を握る力さえ入らない。
これをチャンスと捉えた魔物は、剣を振り上げながら俺の方へ。
例えこれを弾いても、間違いなく追撃をくらうだろう。
走って逃げてもすぐに追いつかれるのは間違いない。
——き、斬られる!
拍動は激しいのに、心臓が止まりそうだ。
肝が冷えた。
どうする?
一か八か反射するか?
いや、それとも……
でも何かしなければどっちにしろ——




