(253)極まりし人間の要素
それから数日後、私は慈悲さんに眠りたいと告げた。
ううん。
正確に言えば、もう逃げ出したかった。
眠れば、苦しい悩みなんかから解放される。
そう思った。
——えっと、ここは……?
——私は確か眠って……
次に目を覚ました時、私の身体は勝手に動いていた。
すごく激しい動きで、とても私の身体能力じゃなかった。
ああ、そういうこと。
私はもう、慈悲さんの言ってた「神」になっちゃったんだね。
——素体の返却を望むのなら、それも良かろう
目覚めて最初に聴いた言葉はそれだった。違和感がある。
今の声は、間違いなく私から出ていた。
景色は真っ暗闇で、情報は音しかない。
それでも、自分から放たれたセリフだと判断するのは簡単だった。
——離してってば!
——断る‼
……い、今の声!
間違いない。十年も経てばやっぱり大人の声になる。
だけど私にはわかる。ユウとアイシャの声。
私が、二人の声を聞き間違えるはずがない!
——ユウの苦労が、やっとここで報われるの!
いったい、何が起きてるの……?
——サラが帰ってくるんだから
……え?
——だからそれを、サラにも分けてあげてよ
——それは、俺には出来ないんだ!
ユウとアイシャが何か揉めている。それもどうやら、私の事みたい。
——昔は、二人とも仲の良い友達だと思ってた!
——けど、十年でそれは変わったんだよ!
——アイシャ、俺は、君の事が好きだ!
——好きなんだよ!
大人びたユウが子供みたいな口調でそう言った。
……十年前、アイシャはユウと結婚するって言ってた。
それに対してユウは、特に返事をしないで、なんとなく曖昧にしていた。
対して今のユウはアイシャを愛してる。
つまり、私が寝ている間に、二人の関係は進んだって事だよね?
——よかった
二人が幸せを感じてくれた。
その事が分かっただけで、私の迷いなんてほとんど消えた。
——私も、好き。
——あなたが好き。
ふふふっ。アイシャも、ちゃんと言えたみたい。
これでもう、達成できたよね?
二人が、短期間でもちゃんと恋人って言う関係になる世界は、もう出来上がったよね?
そう思っていた私の思考は、次に聞こえてきたアイシャの言葉で吹き飛んだ。
——二度と、もう二度と離れたくないっ‼
……っ‼
——させないよ
——滅亡なんて、絶対させねえ!
ああ、私、おバカさんだ。
短期間でも幸せを感じてくれたらいい。
どうして、そんな風に考えてたんだろう。
どうして、滅亡を迎える前提だったんだろう。
良くない。
良い訳が無い。
——二人には!
——末永く幸せであってほしいはずなのに!
二人の幸せを願った私が、どうして……どうして、簡単に諦めちゃってたんだろう⁉
その考えに至った瞬間、すべて理解した。答えは全部、簡単だった。
滅亡なんて起きない。
ユウとアイシャが止めるから。
二人は人殺しの道具なんかにはならない。
殺人に加担するくらいなら二人は騎士をやめる。
それが、ユウとアイシャ。
それが、私の大切な友達。
——信じてる
……きっと二人なら。
ふと、心が軽くなるのを感じた。
今まで背負っていた岩を、全部降ろしたみたいに。
目の前の闇にだんだんと光が満ちて、私はやっと、前を見ることが出来た——




