(18)愛しい人の頼みが故に
焦った。
おそらくこの半年で一番の焦燥感だ。
このままじゃまずい。
死傷者が出てしまう。
全力で走る。
クモが口を開いているのが分かる。
その矛先はしりもちをついている騎士だ。
彼の周りに騎士は居ない。
クモに追われてあそこまで逃げたのだろうか……?
いや今はそんなことどうでもいい。
間に合え。
間に合え。
頼む。
焦りすぎた俺は、ついに足がもつれて地面に倒れた。
「くっ、ま、間に合わな——」
思わず目を閉じてしまった。
だが、何秒経っても悲鳴が聞こえない。
恐る恐る目を開くと、見えてきたのは死んだクモであった。
なにが起きたのか、俺には分からなかった。
立ち上がると、俺の方に走ってくる人影が一つ。
アイシャだった。
クモを見ることすら激しく拒絶していた
彼女が、あの騎士の命を救ったのだ。
やがて俺のところまで来たアイシャが抱き着いてきた。
その眼には涙が浮かんでいる。
「ユウ……」
「おうアイシャ、ファインプレーだったぞ‼ よくあのクモを」
「ユウに頼まれたから、頑張ったよ。でも気持ち悪かった……」
「そっか。ありがとうな、アイシャ」
「……うん」
それ以上言葉が出ない様子のアイシャをそっと抱きしめ、頭を撫でた。
普段は強がりな性格のアイシャ。
だけどそれは、クモを前にすると崩れ去り、本気で怖がる。
そうなった理由を俺は知っている。
昔のことだが。
だから俺は、克服を要求しない。
良いんだ、これで。
元の位置に戻った俺たちはサルの殲滅を済ませた。
素晴らしいことに、負傷者はいても、誰一人死者はいないそうだ。
これだけの規模の作戦で死者ゼロは本当に奇跡と言っていいだろうが、
俺にはどうしてか、こう……都合が良すぎる気がした。
そこから更に進軍した。
現れた敵はサルやオオカミばかりで、クモは姿を見せなかった。
クモ戦から一時間ほど進んだところで、左右から
回り込むように進んでいた二班、三班と合流した。
各班の司令官が打ち合わせを開始した。
俺たちはリーフさんやお姉ちゃんと合流し、各班の状況を報告した。
「三班は負傷者ありだが死傷者は無しだ」
「二班もよ。こっちは魔物ととの遭遇がほとんどなかったわね」
「一班も死傷者は居ません。が、魔物との戦闘は多かったですね。サル型の群れ、オオカミ型の群れ、それとクモ型二匹。内一匹は特殊固体で、サルの群れを引き連れていました。戦闘能力も他のクモ型とは桁違いでした」
「クモ型の特殊固体ね……。後で詳しく教えてくれる? 報告書のネタになりそうだから」
「わかりました」
と、ちょうどいいタイミングで司令官の打ち合わせが終わったらしい。
最高司令官はメガホンを手にし、全体への連絡を開始した。
「各位、ここまでよく戦ってくれた。作戦は成功し、魔物に占領されていた領土を一部奪還できた。本当にご苦労であった。本作戦での進軍はここまでとし、簡易的なバリケードと即席の結界を張る」
結界は、魔物の侵入を防ぐ役割を持つ。
完全に通さないわけではないが、攻めてくる魔物の数を
減らせるだけでも十分すぎる効果だ。
「また、作戦の成功を讃え、参加者全員に交代で三日間の休暇を付与する」
どの連絡よりも大きな歓声が上がった。
まあ当然だろう。
その後も細かい指示を受け、バリケードを設置、最後に結界を張って解散となった。
俺たち魔特班は昼到着した場所に再集合した。
これ以上やることは無いとのことなので、一歩先に帰還することに。
馬車が走り出すと、一気に気が抜けて疲れがどっと出た。
今日は単純に敵が多かった。防具を外し、伸びをする。
隣に座ったアイシャが俺の肩に寄りかかって居眠りを始めた。
寝かせておいてやろう。
アイシャは今日、自分のトラウマと戦ったのだ。
それだけではない。アイシャの戦い方は確かに
スピードに優れ、効率も抜群に良い。
だがあくまで短期戦向きだ。
今回のような連戦では体力的にキツイ。
それでも最後まで戦い抜いたアイシャに、ひそかに敬意を表した。




