(137)最初の命令
広く、明るく、天井の高い部屋。
机を囲むそれらのうち、老婆が口を開いた。
「元帥。状況は」
問いかけに、元帥と呼ばれた老爺が返答する。
「ニンゲンの方に向かったマモノは、順調に削れている。既に三分の一は撃破したであろう。やはりニンゲンの力は侮れない」
「そうか。マオウの方はどうか」
「現在、進軍中だ」
「なるほど。参謀、今後の計画は」
「両部隊ともに進軍を続ける。このままマモノを押し込んだ暁には、本格的にニンゲンとの接触を図っても良いのではないかと考えている。」
「ほう。では外交。準備を進めておくように」
「了解した」
「諜報からは何かあるか」
諜報と呼ばれたのは、周囲の老爺と老婆よりは若く見えるそれ。
「特筆事項はないが、潜入者からは、順調だと連絡を受けている」
「そうか」
厳しかった老婆の顔が、ほんの少し緩む。
「ニンゲン、か……。敵味方問わず、かつての友と戦争をするのは辛いな」
「我々が主に憎んでいるのはマモノだ。問題ないだろう」
「マモノとて、友であったはずだ」
「……そもそも、何のために戦っているのだろうな。アレは、もう無いというのに」
「さあな。だが、一度始まった憎しみの渦は止まらない」
「やめ時を見失っているのだ。同胞が殺されていくのを我慢して、仲直りなどできない。それはもう仕方のないことだろう」
「終わらない。いずれかが滅びるまでな」
「……悲しいな。ニンゲンならばそう言うのだろう」
老婆は背もたれに体を預け、天井を仰いだ。
日が落ちはじめた。魔物の勢いは、昼に比べるとかなり落ち着いた。
やっと寝られるな。兵舎で一部屋使わせてもらえることに。
六人で、八人入れる部屋だ。
なのに、使用するベッドは五つなの、おかしいな?
「あの~、アイシャさん」
「ん?」
「狭くない?」
「狭いね」
「……」
兵舎の「一人用」の簡易ベッド。どう考えても狭い。
「え、ずるい! ずるいですよ、アイシャ先輩!」
「いいでしょ~」
「アタシも入っていいですか⁈」
「やめてくれ、圧死する」
「じゃあ今度アタシとも——」
「ダ~メ」
「ムゥ~」
不貞腐れながら、ノエルは隣のベッドへ向かう。
ちょうどそのタイミングで、お姉ちゃんが部屋へ戻ってきた。
「あ、ノエルちゃん」
「はい?」
「今日は本当にお疲れ様。いきなりこんな任務で疲れちゃったでしょう?」
「疲れはしましたけど、こういうお仕事だって覚悟はしてたので」
「そう、たくましいわね」
俺としても、ノエルの精神力には恐れ入る。
幼いころから色々と耐え忍んできた
経験が影響しているのかもしれない。
「それはそうと、王城を出る前、アタシに何か言いかけませんでしたっけ?」
「「……っ!」」
ノエルのセリフに、俺とアイシャは無言で肩をすくめた。
ああ、訊いてしまったか。
せっかく、あやふやに出来たかもしれないのに。
「うん? ……ああ、そうね! 完全に忘れてたわ」
自分たちにはすっかり浸透してしまったが、
何も知らない後輩がこの「命令」を
下されるシーンは、なかなかに心苦しい感じがする。
「私のことはお姉ちゃんと呼ぶこと。破ったらアイス一本ね♪」
……。
…………。
………………。
「……え?」
安心してくれ、ノエルよ。
——君の反応は正しい。




