経験差
三ラウンド目も第一手番者の明日香は帰ってきたワーカーを赤と黄色の歯車に配置して1コーンを支払う。やはり先手は都合が良いなと、遊人は歯噛みする思いでそれを見送った。といっても、まだ配置コスト0の箇所は複数ある。次の喜子は必然的に回収を選ばざるを得ない状況なのでそこまで深刻な焦りもない。
次手番の喜子は赤の3からワーカーを取って新たな手駒を増やした。
「もう五人目? 飛ばすなあ友寄さん」
感嘆する部長は中央の大きな歯車をちらりと見た。五人分の食料(正確には初期タイルの効果で四人分だが)をまかなえるのか、と言外に主張している。
一方、当の喜子に不安はないようだった。
「まだご飯タイムまでには時間もありますし」
と、新しいワーカーを手に取ってさっさと手番を終えた。
何ら意外なことも起きず順当に回ってきた三手番目。遊人は空いていた緑と灰色の0スペースにワーカーを配置し、最後の一つはスタートプレイヤースペースに置いた。
「う~ん、取っちゃいましたか」
苦い顔を見せる喜子。席順の関係で遊人がスタートプレイヤー権を取れば必然彼女が最後手番になるため、もちろん嬉しくはないはずだ。右隣に座る明日香も第一手番者から一気に三番手に落とされて面白くない様子である。
一方、遊人の選択を歓迎したのは彼の左隣に座る原先輩だった。
「配置の予定だったけど、相楽くんが取ってくれたなら、ちょっと事情が変わってくるな」
言ってしばし盤面を眺めていた達樹先輩は、「よし」と肯くと灰色と赤の歯車に配置していたワーカーを取り除いた。
「まずは灰色から金1とコーン2ね。そんで赤の方だけど」
達樹先輩は手元からコーントークンを一つ取り上げてストックに返した。
「1払って一個前のアクションをやります。技術レベル二個上げ、と」
先輩は石と金を一つずつストックに返して資源と建築の技術をそれぞれ一つずつ上げる。
「置かないんですね」
遊人は多少の驚きのためにつぶやいた。ワーカー二つ、安く置ける場所も手持ちのコーンも十分にある。それだけに先輩の選択は遊人にとって意外なものだった。
「そっちがスタピー取らなかったらそこに一つは置いてたかな。おかげで次は好きなとこに置けそうだよ」
にこやかな返しで遊人は気づいた。次ラウンドの第一手番者である遊人にはワーカーが一つしかない。つまり二番手である先輩は場所のコストをほとんど考えることなく全てのワーカーを配置出来るのだ。
思い至ると同時に遊人は軽く頭を抱えた。取らなければ取られていたのだから仕方なかったとは言え、これは先輩を利する行為だったのではないか。益体もない反省癖が、ここに来てまた彼を苛む。
と、いつもどおりマイペースに終了処理を行おうとしていた喜子が、不意に手を止めた。
「あ、相楽くん相楽くん」
「はい?」
「スタピースペースに乗せた人がいるのでちょっと処理が変わるんでした」喜子は中央の歯車を指して続けた。「スタピーを取った人は歯車を通常より一つ先に進ませる権利ももらえますが、どうしますか?」
それはゲーム中各自一回ずつ、場合によっては二回まで許されている特権だった。この権利があるため、実際のゲームは二十七ラウンド行われずに終了することもある。
遊人は手元を見、盤面を見て、答えた。
「じゃあ進めてください」
「お、了解です」
遊人の希望で歯車が二つ分進む。手元にあるたった一つのワーカーを配置するのに一手番使うのももったいない。それに、本人はすっかり忘れていたが、早く終わらせて家で勉強しなければならないと言う現実的な事情もあった。
とにかく、少しだけ時が加速して第四ラウンド目が始まる。遊人は回収を選択して緑と灰色から計コーン6個と石一つをゲットした。
「よーし、俺の番か」
唇を湿して意気込む部長は自身の駒を手に取って、それぞれ緑、灰色、赤の0スペースに配置した。
「四つ目は?」
「置かない」
遊人の問いに部長は即答する。
「置けなくはないけど、さすがに6コーンはリッチ過ぎるよ」
各自に配られたサマリーボードに目を通してみれば、その主張はもっともなものだった。配置人数に掛かるコストは数を増やすのに比例して大きくなる。四つのワーカーを一度に置こうと思えば、三人の倍、6コーンも支払わなければならなくなるのである。場合によってはこれに場所のコストも加わるため、置けるからと言って全てを置いてしまうのはあまりに向こう見ず過ぎる選択といえた。
「では次、妹尾さんですね。どうぞ」
「……はい」
心なしか元気のない返事は手番順が遅くなってしまったからではない。遊人が特権で一つ先へ歯車を進めてしまったために、取る予定だったアクションが取れなくなってしまったのだった。
「この水晶髑髏? って、金とか石とか、他の資源の代わりにはならないんですよね?」
「そうですね。まあ水晶髑髏は数や入手方法が限られた貴重なリソースなので、仮に交換出来たとしてもお勧めしませんけど」
「で、すよねぇ」
予想していた答えに明日香はまた困り顔。もう一手番待てばもらえる資源も増えるのが分かっているだけに、ここで灰色を回収するのは気が進まない。といって、黄色から取ってしまうと追加のワーカーが得られなくなるし、赤のワーカーを取って建てられる建物もない。
明日香は悩みに悩んで、結局灰色の4からワーカーを取ることにした。
「……1コーン払って一つ下のアクションをやります」
「水晶髑髏は取らないんですね?」
「はい」念を押すように問われた明日香は渋い表情で肯く。「今もらっても役に立たないと思うので」
1コーンを支払い、金1と2コーンを獲得。本人としてはやはり不服なのか、眉間に刻まれた小さなしわが、切り揃えられた前髪の間からうかがえる。
「えーでは、私の手番ですね」
隣の後輩とは対照的に明るい表情で、最後手番の喜子は拍手を打った。
「早速配置、と行きたいところですが」
喜子が言葉を区切る理由は明白だった。彼女の手元には配置に必要なコーンがない。一人までならタダで配置出来る状況ではあるが、それをしたところで次の手番も状況は変わらないはずだった。
灰色の3から回収して2コーンと金1かな。推測した遊人が親切心で金とコーントークンに手を伸ばす。と、喜子はその予想とは異なる選択肢を口にした。
「コーンがないので物乞いします。先輩、私の赤の宗教を一つ下げてください」
物乞いとは、正式にはコーン乞いと呼ばれる臨時のアクションである。手持ちのコーンが2個以下の手番開始時に、任意の信仰度を一つ下げることでストックから3コーンになるまでのコーンをもらうことが出来るのだが、あくまでも「3コーンになるまで」なので手持ちが0コーンの時に行うのが最も効率が良い。
喜子がコーンに対してあまり執着を見せなかったのは、どうやらこれを当てにしていたためのようだった。水を得た魚ならぬコーンを得た喜子は、当然のごとく配置を選択した。
「では、黄色に二人配置して2コーンですね」
流れるような手際でさくっと手番を終わらせて、第四ラウンドが終了する。宗教は得点に絡む重要な要素の一つのはずだが、そこで明らかな遅れをとる彼女の様子に焦りは微塵も見られなかった。
とまれ歯車がまた一つ進み、すぐに始まる第五ラウンド。スタートプレイヤーの遊人の手元にはワーカーが三つあった。
さて、どうするか。思案する遊人はまず灰色に一つ、次いで緑に一つを置いて手を止めた。もう一つも当然置く。が、どこに置くかが問題だった。
正直なところ、遊人はワーカーの数に不足を感じていた。コストの面から考えて一度に配置するのは三つ程度で十分ではあるが、回収の際は必ず三つということもないのだ。いくつかは放置して欲しいアクションまで進んでから取らなければ、いつまで経っても安いアクションばかりを続けなければならなくなる。
となれば黄色か。遊人は今一度状況を確認しながら盤面下部の歯車に手を伸ばす。
しかし、0のスペースに下ろしかけたワーカーを直前になって止めるのは、すでに見慣れた光景になりつつあった。遊人はやはり、手を戻して考える。
三個置くのはいい。この状況なら3コーンしか掛からないのだからかなりお得といえる。置くのはいいのだが……。
今黄色の0に配置したワーカーが追加のワーカーを連れて戻って来る3のスペースに届くのはきっちり3ラウンド後。つまりそれまではワーカー二つで配置回収をやりくりする必要がある。単純に一番安いところに置いたやつを回収してまた置いて、と繰り返すことも、おそらくは出来るはずだ。だが、それはあまりにも安直な時間の使い方ではないか、と遊人は思った。
盤面を見れば黄色以外は1のスペースがすでに埋まっている状態だった。0を埋めてしまいさえすれば、もう一つはいきなり2のスペースに配置することが出来る。この状況なら分散させて微妙な効果を手広くやるより、一種類に集中して配置した方が得られるものも多くなるのではないか。幸いにして遊人の手元には十を超える豊富なコーンもある。
遊人はしきりに肯いて、緑に置いたワーカーを灰色の2のスペースに移した。次いで三つめのワーカーは黄色の0に置き、手番の終わりを示すように両手を上げる。コーンの消費は五個。だが、それを支払ってもなお手元には9個のコーンが残った。
続く手番者の達樹先輩は手元にある一つのワーカーを配置しなかった。灰色の1から木材を2つ得、赤の1でそれを消費して農業技術を一つ上げる。
さらに続いて明日香が黄色のワーカーを取って追加のワーカーを獲得し、喜子の手番でも黄色の歯車からワーカーが取り上げられた。
手持ちのワーカー五個中四個を黄色に配置している彼女がアクションを発動させたのは5のスペース。1コーンの支払いで青を除く全ての歯車でのアクションが実行出来る非常に強力なスペースだ。
「さて、どれにしますか」
コーン乞いで得たなけなしの1コーンを支払って、喜子は手をもみ合わせた。盤上の歯車、取り分け緑、灰色、赤を順番に見やって肯く。
「うん、緑の5にしましょう」
選んだのは緑の5。コーン9個か木材4個を得られるスペースだが、現在はコーンタイルが表出していないため、農業技術のない喜子には木材の方しか選べない。木材4個と木材タイルを手に入れて、喜子は手番を終えた。
こうしてこのラウンドも終わり、歯車がまた一つ進む。
続く第六ラウンドは遊人の思考時間が短かったためか、いつになくスピーディに進行した。
まず一番手の遊人が灰色の3と1からワーカーを取って各種リソースを得ると、続く二番手達樹先輩が緑の0、赤の0、1にそれぞれ配置。明日香は灰色と黄色の0、緑の1に配置して、あっという間に最後手番の喜子の順番が回ってきた。
「さて、ではまた物乞いの方をさせてもらいましょうか」
手持ちコーンがなくなった喜子はまた躊躇なく物乞いを行った。黄色の信仰度を下げて3コーンを得、さらに灰色とまた黄色の5からワーカーを回収する。
「まず金と石とコーン2。それから1コーンを支払いまして、また緑の5からアクションしましょう」
前ラウンドの木材獲得によって緑の5のスペースにはコーンタイルが表出していた。喜子はそれをボード上から取り除いてコーン9個と共に手元へ置く。つい今しがた二回も物乞いをしたのに、彼女の懐には十三個ものコーンが一挙に集まった。
「詐欺みたいな手口だな」
三個以上のコーンを集める予定があるのに前もってコーン乞いに走った喜子を評して、部長は苦笑気味につぶやいた。
「何とでもいってください。うちは働き手が多いからなりふりも構っていられませんよ」
ふふんと誇らしげに鼻を鳴らし慣れた手つきで中央の歯車をまた一つ進めた喜子は、現在ラウンドを示すマーカーの先に止まった歯を見て口角を上げた。
「とうとう最初のご飯タイムがやって来てしまいましたね」
通算七回目にあたるラウンドの歯にはこれまでとは異なるオレンジ色の印が付されていた。全部で二十六の歯があるその大きな歯車には同様の印が二箇所、色の異なる青の印がそれぞれ二箇所ずつ、対を成す位置に施されている。それは各プレイヤーが手持ちのワーカーに対して食糧を供給しなければならないフードデイ、通称ご飯タイムの到来を表す目印だった。
喜子は指を二本立て、改めて説明した。
「このラウンドが終わったら、ワーカー一人当たりにつき2コーンを支払うことになります。私と相楽くんは一人分免除の初期タイルと建物を持っているので、私だったら四人分の8コーン、相楽くんは二人分の4コーンですね。妹尾さんと部長は四人分で8コーンですが、なかなか懐がさびしいんじゃないですか?」
「こ、このラウンドで集めれば良いんですよね?」
不安げな明日香の問いに、喜子が肯く。
「その通りです。このラウンド中に必要な分を集められればワーカーを飢えさせることはありませんよ。ただし、そうでなければご飯が食べられなかったワーカー一つにつき3点が減点されてしまいますから、気をつけましょうね。そんなわけで相楽くん、早速手番、お願いします」
遊人は肯いて、前の手番で回収したワーカー二つを手に取った。都合よく灰色の歯車が前回と同様1のみ埋まっている。3コーン払って二人を配置。それでも手元に8コーン残るので食料に不安はない。
次手番の達樹先輩はめずらしく眉根を寄せ、どうも悩んでいる様子だった。すでに四つのワーカーを配置済みのため必然選択は回収。ご飯タイムを目前に控えて手持ちのコーンは3。飢えによる減点を防ぐためにはどうにかしてこの手番でコーンを5個集めなければならない。
幸い、ご飯タイムを予期してか、緑の歯車には二つもワーカーが乗っていた。その内の一つがいるのは3のスペース。コーン5か木材2を得られるスペースである。
しかし、これ幸いとそのワーカーを回収するわけにはいかなかった。何故かといえばそのアクションスペースにはまだコーンタイルが表出していないのである。
農業の技術レベルⅡを持っていない彼には、その状態のスペースからただワーカーを回収したところでコーンを得ることはできない。
ところがこれも喜んでいいものか、先輩は技術レベルを一つ上げる赤の1にもワーカーを置いており、加えて農業技術をレベルⅡに上げるのに十分な資源も有している。そのため、まず赤の1からワーカーを回収して農業技術を上げればこの問題を解決することは容易に出来るはずだった。
ワーカー二つを回収し、資源二つを支払って6コーン。減点は何としてでも避けたいところだし、農業技術のレベルⅡも、持ってて損はないものだ。だが、この手番が終わった後に残る物のことを考えると、その消費の仕方は痛い。ここで資源を二つも消費してしまったら、赤に配置されているもう一つのワーカーの選択肢がぐっと減らされてしまうだろう。どうにかして資源を温存したまま飢えをしのぐのに十分なコーンを得られないものか。
考えた末、達樹先輩は決断した。
「よし、決めた。焼畑しよう」
農業技術のレベルⅡを持たないプレイヤーが木材タイルに覆われたアクションスペースからコーンを得られる例外的なアクション、それが焼畑である。これを行えば即座にコーンの上に乗っている木材タイルを取り除き、コーンを獲得することが出来る。が、農業の技術レベルを無視することになるこの臨時のアクションは、当然のことコーン乞いと同様に任意の宗教の信仰度を下げるペナルティを受けなければならないという義務を伴っていた。
先輩は総合的に見てもらえる得点が最も高い黄色の宗教に置いてある自分のマーカーを一段階下げた。
「黄色の宗教一つ下げて、緑から農業技術があるので6コーン、と。それから、赤の2からも回収して一つ建築ね」
回収したワーカーとコーントークンを手に取り、次いで赤の歯車と盤面右下の建物タイルを見やる。
少し悩んで木材と金をそれぞれ一つずつ支払うと、ボードから取り上げたのは灰色のタイル。効果は任意の宗教の信仰度を一つ上げ、さらに任意の建物を建築出来るというものだ。
「これで赤の宗教を一つ上げて、もう一つ建てる建物は、ちょっともったいないけど、これかな」
再び金と石を一つずつ支払って、今度は青の建物タイルを手に取る。効果は信仰技術を一段階上げて、なお且つ緑の宗教の信仰度も上げられるというものである。この効果による技術のレベルアップは資源の消費を必要としないため、可能ならレベルアップに多くの資源を消費するⅡかⅢの時に使うべきであったが、このタイミングでの建築にはもちろん彼なりの意味があった。
「さすが部長、抜け目ないですね」
「どういう意味ですか?」
喜子の言葉に首をかしげる明日香。喜子はボード右上、各種宗教の信仰度合いを表すトラックを示して説明した。
「見てください。初めての人はご飯のことで頭一杯になって結構忘れがちですが、全四回のご飯タイムはコーンを支払わされるだけじゃないんですよ。二回目と四回目では勝利点、一回目と三回目ではこのトラックに描かれてる資源が、それぞれの信仰度によって手に入ります」
示された場所を見て明日香も気づいた。今の手番で部長が上げた赤と緑の宗教は、一段階上昇させるだけでそれぞれ石と木材を一つずつ獲得出来るのだ。対して、明日香が初期タイルの恩恵で一段階上昇させている黄色の宗教はもう一段上に上げないと何の資源も得られない。
「焼畑で黄色を下げた時は早くも宗教を捨てたのかと思いましたが」
「二回も物乞いしてるくせによくいうなぁ、そんなこと」苦笑する部長は中央の大きな歯車を指差して続けた。「まだまだゲームは序盤。一回目のご飯タイムなら宗教で減点される心配もないし、信仰度を下げることにそこまでデメリットはないよ。そう思うから友寄さんだってがんがん物乞いしてるんでしょ」
「どうでしょうねぇー」
意味ありげな笑みで両者は視線を交し合った。やはり経験者としてはお互いの動向にこそ最大の注意を払っているのだろう。信仰度によって資源がもらえることなどすっかり忘れていた明日香と遊人は、まだまだ序盤といえる状況にも関わらず内心に焦りを募らせた。
達樹先輩は建築技術の恩恵で得られる追加のコーン一つを手に取ると、空いたスペースに新たな建物タイル二枚を補充して次の手番を促した。
「まあとにかく、俺は終わり。妹尾さん、どうぞ」
「は、はい」
威勢よく返事をしたのは良いものの、明日香もすぐには手を決められなかった。部長と同じくワーカーは四つ全て配置済み、さらに手持ちのコーンが6と支払いに不足しているため回収以外の選択肢はない。
さしあたり緑の2から回収して5コーン。これは必須なのですぐに決められた。後は灰色の1、赤の4、黄色の1に置いてあるワーカーをどうするのか。
明日香はちらりとボード右下の建物タイルを見やり、手元の資源を確認した。手持ちは金一つのみ。建てられるのは建築の技術レベルを上げる青いタイルだけだ。この状態だと二つ建設できる赤の4を使うのはもったいない。せめてもう少し資源があれば。
と、明日香は灰色の1に置いてあるワーカーを見、そして再び建物タイル群を注視した。ついでに黄色の歯車と、宗教トラックにも視線を走らせる。
微かに肯いて、明日香は自身の手を決めた。まず手に取ったのは灰色の1だ。
「ここから木材一つ。次に赤の4を取ります」
赤の4は建物タイル二つかモニュメント一つを建設するアクションである。もちろん明日香が選んだのは大量の資源を要求する上にゲーム終了時まで何の特典ももたらさないモニュメントの建設などではない。
「まず金を支払ってこの青いやつをもらいます。その効果で建築の技術を1つ上げて、木を一つ支払ってこの一人分のご飯がなくなるやつを買います。あ、で、この建築技術ってもう効果使えます?」
「はい、使えますよ。コーン追加で一つゲットですね」
喜子の答えにほっと肯いた明日香は、追加のコーンを受け取るとさらに黄色の1からワーカーを取り上げた。
「コーン三つを払って黄色の宗教を一つ上げ」
支払ったコーンをストックに返し、黄色のトラックに置いてある青のマーカーを一段階上に。盤上に身を乗り出していた明日香はそこまでやってやっと腰を下ろした。
「うん、終わりです」
ふー、と満足げに息を吐く明日香。感心したようにしきりに肯いて、喜子は一連の手番を振り返った。
「コーンを取って資源を取って、建築して技術も宗教も上げて、ワーカー全部回収ですか。気持ちよさそうですね~、うらやましい」
「ずっと妹尾さんのターンって勢いだったね」
何故か嬉しそうな喜子に、同意する達樹先輩。言われるばかりの明日香はかえって恐縮するように赤面した。
「す、すいません、はしゃいじゃって」
「気にすることないよ、もっとずっとはしゃいでる人が隣にいるんだから。ほら友寄さん、次手番」
「おっと、了解です!」
すっかり萎縮している明日香に代わり新たなタイルを用意する部長に促されて、喜子は待ってましたといわんばかりに立ち上がった。
「やることは決まっているので今回はすぐですよ」
言って喜子は黄色の4からワーカーを取り上げた。資源一つあたりコーン2個を支払って任意の建物を建設出来るアクション。手持ちのコーンは十三個もあるのでコストのことを考えなければどんな建物も建てられる。喜子は場に出ているものから最も多くの資源が必要な黄色のタイルを手に取った。
「いや~、部長に買われたらどうしようかと思ってたんですよ、これ。良かったです部長が意地悪じゃなくて」
それは本来ワーカー一つに対して必要となるコーン2をコーン1に減らすことが出来る建物だった。コストの木材4個は決して安くないが、一人分免除の効果を開始時タイルからすでに得ている身とはいえ依然ワーカーの多い喜子にとっては確かに有効な能力であり、ワーカーの少ない遊人を除く二人にとっても魅力的な建物である。
「確かに、それを取る選択肢も考えてはいたけどね」
実際、それは序盤で手にした方がより高い効果を見込める建物であるし、取っていれば間違いなくこれ以上ないくらいの喜子への妨害になっていただろう。が、そうした場合、ご飯タイムの支払いを経た後に一つのコーンも残らないことが部長にとっては問題だった。焼畑をせず緑から木を回収して食料半額の建物を建てていたらコーン0の金2と石1。一方今回の手番のように焼畑をして各種宗教を上げる選択ならご飯タイムを終えてもコーン2と石と木が一つずつ手元に残った状態で次のラウンドを迎えられる。
どちらの方をより良い選択とするかは人によって判断の分かれるところだろう。前者を選んだ場合にしてもコーン乞いを行えばコーンの不足は容易く解消されるのだ。
ただ、少なくとも部長は自身の選択を誤ったものだとは判断しなかった。あの場面で何を取ったとしても建物の選択肢は依然として豊富であり、喜子の持つ潤沢なコーンが彼女のワーカーを飢えさせることはまずないだろう。あれは確かに有用な建物だったが、あれを取らなかったおかげで宗教二つと技術一つを上げることが出来た。総合的に見て、より優れた選択肢はきっとこっちだったに違いない。
確信に近い自信は経験に裏づけされたものだった。そのどちらも持ち合わせていない遊人の頭には、まだ到底そんな段階でもないのに早くも敗北の二文字がチラついていた。
と、その憂い顔とは対照的な明るさでパンと拍手を打ったのは喜子だ。
「まあ、とにかく、ご飯タイムといきましょうか。皆さん、ワーカー一人につき2コーンを各自支払ってくださいね。部長以外は建物の効果を適用してください。相楽くんと妹尾さんは一人分免除、私は一人分免除に加えて一人当たりの支払いが半額になりますから、4コーンですね」
抱えるワーカーの数に比べて明らかに少ない支払いを終えながら、未だ9個ものコーンを有している喜子を見て、達樹先輩は苦笑を禁じえなかった。
「散々こき使っといて給料は半分か。気の毒な部族だな赤は」
「信仰心も全然ないですよね、喜子先輩のところ」
「きっと皆虚ろな目で働いてんだろうな。反乱とか起きないんですか、このゲーム?」
物言わぬワーカーたちに代わって三者から寄せられる非難の声も赤の部族長には届かない。
「そんなルールあったらきっと私だけ大惨事ですね。いや~良かった、マヤ文明に労働基準法がなくて」
喜子は屈託なく笑いながらもせっせと歯車を回した。四分の一ラウンドを終えたがスコアは未だ横並びである。急く喜子の気持ちはすぐに他の三人を盤面へ戻させ、ゲームは次のラウンドへと移行した。




