この想いは何?
私は、施設のホールから続いている廊下を進んでいく。
ちょっと入り組んだ感じが何とも病院っぽかった。
すると、左手に大きな部屋がありそこの扉が開いていた。
私はその部屋を覗いて見る。
そこは、どうやらプレイルーム見たいになっていて、中に入ると周りの音が少し静かになった感じがする。どうやら、防音をしているようだね。
その事から、ここは歌の練習や音楽の練習をする場所にしているみたい。
そして、その部屋の端に置いてあるテーブルに、突っ伏す様にしている真希ちゃんの姿を見つけた。
私は、そっと近づいて行く。多分、気づいているハズなんだけどな。
「何?」
やっぱりね。ただ、反応が遅かったから気づいていないのかと思ったよ。
「真希ちゃん、私は別に気にしてないよ。それに、真希ちゃんが言った事は、当たり前の事だよ」
私のその言葉に、真希ちゃんはちょっとだけ体が動いた。
でも、まだ顔を上げないね。う~ん。
「ほんとに、気にしてないの? 嘘つかないでも良いよ」
あらら。思った以上に、真希ちゃんが自分で言った事を気にしちゃってるね。
「だって、私は自分の正体を明かした時、絶対に真希ちゃんが言ったことを、友達から言われるだろうなって思ったからね。でも、あの人はいつも通りだった。ううん、私の周りの人達全員がそうだった。変なんだよ、皆」
「変? そうだよ、ね。翔さん変だよね」
おっ、ちょっと食いついたかな。
「うん、変だよあの人は。バカみたいに良い人で、皆を助けようとする」
「でも、その姿が格好いいから皆惹かれる」
「うん、そうだね」
やっぱり、この子は私以上に谷口先輩を見ているんだ。
どれだけ一緒に居たかは分からないけれど、多分どんなに小さな事でも見逃さない位に、見ていたんじゃないかな。
そんなに、一途に人を想えるのは少し羨ましいな。
私が男の時は、他人を勝手に評価し決めつけていた。
だから、好きな女性なんか出来なかった。
「ねぇ? 明奈も、そんな翔さんに惹かれたんでしょ?」
「えっ?! あっ、えっと……」
うう~ん。困ったな。変な事を考えていたせいで、何だか答え辛いや。
「ちゃんと言って」
に、逃げられ無いのかな。これは。
ん~、しょうがないなぁ。答えるとしたら多分……。
「う、うん。惹かれてます」
「好きなの?」
まだ追及するの? ねぇ、ほんと止めて。さっき言った事ですら、顔が熱くなっていて、自分でもどんな顔になっているか分かるんだよね。
「ねぇ、はっきり言って。好きなの」
うぐぐ、ダメか。これも逃げられない。そして、多分真希ちゃんの雰囲気からして、 誤魔化しもきかなさそう。
良く考えて答えないと。
でも、さっきの胸の痛みからして間違いない。
それは、もう完全に女の子の性質なのだから。
いや、完全な女の子になったからこそ、この気持ちが何なのかだいたい予想がつく。
「うん、好きだよ。私は、谷口先輩が好き。でも、ごめんね。まだちょっと自分の気持ちに整理がついていないんだ。異性として好きなのか、友達の好きなのか。それがちょっと分からないの」
それでも、多分異性として好きなのかなって、そう思っている。
でも、まだ自信がない。そんな思いがあったから、私はこんな中途半端な答えになってしまった。
すると、真希ちゃんはいきなり顔を上げて私を見ると、私に向かって叫んでくる。
「もう! さっきここに入ってきた時に、翔さんにぴったりとひっついていたでしょうが。認めないさいよ!」
「え、えぇ!! そ、そうだった?」
あ、あれ~? おっかしいな。そんなつもり無かったのに、無意識って怖い。
「それに、翔さんの事になると、そんなに顔真っ赤になってたら誰だって気づくわよ! それなのに、本人が自覚ないって信じられないわよ! 元男だからなの? ねぇ!」
「あぅぅ、そ、そんなに責めないで。恋愛なんてしたことないから、分かんないないんだよ」
それよりも、やっぱりこの子強気な子だね。
多分年上であろう、私に対して結構口うるさくと言ってくるよね。
「はい、そこに正座! で、どうなの? 翔さんを異性として好きなの?」
「うぐ……うぅぅ」
何これ? この子を元気づけるはずが、私が尋問受けてる?
何で、こうなったの? とりあえず私は大人しく正座して、彼女の質問に答えるしかなかった。
「えっと、あの……うん。異性として好き……です」
今、絶対に頭から湯気が出ています。さっきより更に顔が熱いんだもん。
「そう言えば良いのよ。私なんかより、チャンスがあるんだもん」
「えっ? でも、真希ちゃんも眼鏡取ったらそこそこ可愛いんじゃ」
そう、眼鏡の奥にある目は一重ながらにパッチリした目で、悪くはないと思う。
でも、なぜか彼女はそれが気に入らなかったのか、ちょっと不機嫌になっていた。
「ん、私ね片目があんまり見えないの」
「えっ?! あっ! ごめん」
「何謝ってるの? 私達、初めて会ったんだからしょうがないでしょ」
それはその通り何だけどね。条件反射だよね、ほんと。
「ついでにね、私は汚れてるのよ……」
彼女の雰囲気からして、これは余り言いたくない事じゃないのかな?
でも、頑張って話そうとしているなら、自分の闇と戦おうとしているなら、応援してあげたくもなる。
「あっ、あんまり無理しなくても良いよ」
それでも、これは言っちゃうよね。誰でも、こう言うよね。
それでも、真希ちゃんは首を横に振り話し始めた。
「私ね……父親に、強姦されたのよ」
「……」
私は、何て言ったら良いか分からなかった。
でも、さすがにそれを言うのはキツいんじゃないかな。最大級のトラウマじゃん。
これ以上は、止めてあげた方が良いかも。
「ごめん、分かったから。話さなくても良いから」
「はぁ……はぁ。ダメ、あなたはちゃんと自分と向きあったでしょ? 私は、あなたがそんなに強い人だとは、思わなかったわよ。ま、負けてられないの。やっぱり翔さんを取られたくない! でも、こんな汚い体じゃ見てくれない!」
ダメだ、パニックになっている何とか落ち着かせないと。
たくさん涙を流して、嗚咽しながらそんな事言われてもだよ真希ちゃん。
「落ち着いて、そんなに意固地にならなくて良いから! あなたが、どれだけ谷口先輩の事が好きか分かったから」
私は気づいたら立ち上がり、彼女の肩を掴んでいた。
これ以上はダメだ、人生最大のトラウマなんて、そんな簡単に話せるもんじゃない。
「だって、だって……このままじゃ翔さんに嫌われる。私は、あなたみたいに綺麗じゃないんだよ! 沢山の男に汚されたのよ! 父親が、私を他の男に売りまくったんだから!! ビデオだって沢山撮られて、沢山売られたわ!」
それは、売春ってやつ? ほんとにダメそれ。
そんな酷い仕打ちを受けた子まで居たなんて。いや、気づかない振りをしていた、見ないようにしていた。この羽根が生えるという事態を、どこか楽観的に見ていた。
「真希ちゃん、落ち着いて!」
私は、咄嗟に真希ちゃんに抱きついた。
すると、真希ちゃんはようやく喋るのを止めた。
「分かったから、もう十分に分かったから」
「うっ、うぐ……ごめんなさい、酷い事言って。私、なんであんな事を」
「良いよ、気にしてないって。それに、好きな人を取られるかもって思っちゃうと、思ってもいないことを言っちゃうよね。私も、多分真希ちゃんと同じ事すると思うよ」
そして、少しずつ真希ちゃんは落ち着きを取り戻していく。
彼女の片目が見えないって事も、多分それに関係しているんだろうね。
「ん……やっぱり、それだけ綺麗で優しいんだから、翔さんもあなたに……」
「ん~、私もあんまり綺麗じゃないかも。この黒い羽根はね、私の性格が悪いから黒いんだよね」
「えっ? そうなの?! こんなに綺麗なのに?」
「綺麗でもね、誰にだって心に闇があるんだよ。男女で誰がお似合いかなんて、そんなのは他人が決める事じゃないよ」
私は、そう言って真希ちゃんの顔をしっかりと見て言った。
正直言って、初対面の私にこんな事まで言うのはおかしいだろうけど、そこまで谷口先輩の事が好きなんだね。
絶対に、取られたくなかったんだね。
「大丈夫、谷口先輩はそれくらいであなたの事、嫌いになんかならないでしょ?」
「う、うん」
「私だって、想いを伝えて無いんだもん。真希ちゃんにもチャンスはあるよ」
私は、そう言って元気づけようとしたけど、言った後に後悔した。
「何言ってるの、谷口先輩はあなたの事が好きなんだよ。もう今すぐ告ってきなさいよ!」
あぁぁ、忘れていました。失念していました。地雷踏んじゃった!
そのまま真希ちゃんは、私の手を取って引きずる様にして、谷口先輩の居るさっきのホールに連れて行こうとしてくる。
「待って待って! 心の準備と言うか、今はそれどころじゃないというか。とにかく、まだダメ!」
私は、扉に捕まって必死に抵抗する。
そりゃ、羽根生やしてるし超パワー使えるけど、この子が怪我するからね。
ダメだ、この扉は掴みにくかったです。
そのまま扉から手が離れてしまい、私はズルズルと引きずられていく。
そして、遂にホールにたどり着いてしまう。
「翔さ~ん。話し……がっ?!」
ん? 今のアヒルの様な声は何?
そう思って私もホールの机に目をやると、そこにはもう1人、私達と変わらない歳の女の子が、谷口先輩にくっついていた。
いや、谷口先輩も谷口先輩だよ。全然、嫌がらずに相手しているしね。
ふつふつと込み上げるこの気持ちはは何だろう。
「ちょっと、あなた! 何、翔さんにひっついているの!」
「え~だって~いつも、あなたと一緒にいるんだもん、たまには良いじゃ~ん」
垂れ目で、セミロングの髪にパーマをかけるなんて、自分がどうすれば可愛くなれるのかを、よく知っているみたいだね。
「ちょ、ちょっと待て。俺はな、皆と仲良く接して傷を癒やしてあげるために」
「でも、そんなにひっつかなくても良いでしょ? 翔さん!」
「いや、だからな……って、待て明奈! 何だ、それは!」
「ん~? ちょっと、力を使って作った特製ハリセン」
堕天使の力って便利だなって、そう思ったらだめだけどね。
でも、今はちょっと感謝しとこう。
「谷口先輩」
にっこり笑顔は大事だよね。でも、谷口先輩怖がってるね。おかしいな?
「お、おう。頼む明奈、それは片付けてくれ」
「有罪!!」
スパーン!!
谷口先輩の頭に炸裂したハリセンの音は、軽快にホールに鳴り響いた。




