本当の友情
その日の夕方。あれから、校庭でマスコミが怒涛の勢いで私に詰め寄ろうとして来た。
だけど、校長や教師の計らいで何とか抜け出すことに成功した。
もちろん学校は休校のままになので、私は家に帰る事も出来ずに、高校の近くの河原にある橋のたもとでずっと身を潜めていた。家も、必ずマスコミが張っているはずだからね。
「早く、来てくれないかなぁ……」
そして、私はある人物達が来るのを待っていた。
でも、多分遅くなるだろうね。マスコミの対応に追われている事だしね。
そんなに大きな川ではない為、余り人がこない。
平日のこの時間なら、高校の運動部の人達がランニングしているけれども、今日は休校になったので、誰も来ていなかった。
私は、土手に座りながら足を前にして、パタパタと動かしている。
暇なんです。因みに、服はいつものこの体に合った、小さめのセーラー服。
もう、この体になったらこの服がお決まりになっちゃったよ。
そして、羽根も出してパタパタと動かして暇を持てあましていた。
羽根の色は、両方とも黒に戻っています。
もちろん、髪の色も手鏡で戻っている事を確認にした。
どうやら、ミカエルの力を使う時だけ色が変化するようです。
「真っ暗になると、さすがに危ないんだけどなぁ」
すると、川に面した道路からゾロゾロと数人が、私に向かってやって来るのが見える。
やっと、お待ちかねの人達が来てくれたので、私は立ち上がりその人達を迎える準備をする。
でも、あの3人だけかと思ったら、もっと人数いるよね、
マスコミは居ないよね?
「あっ、明奈。ごめん、待った?」
「ん、お姉ちゃん大丈夫だよ。というか、ずいぶん来たね」
私は、お姉ちゃんの後ろにいる人達を見渡して言った。
そこには、元同級生の柳田先生、藤本先生、鷹西先生。
そして、親友の朋美と理恵、綾子もいる。
後は、部活の先輩である吉川先輩と神森先輩、そして谷口先輩がいた。
「明奈。ほんとに良かったの?」
お姉ちゃんの質問に、私は表情を曇らせた。
これが、正しいかどうかなんて分からない。
でも、今は気持ちがずいぶんと楽なんだよ。
ずっとバレないかドキドキしながら、自分の女としての立ち振る舞いに変な所は無いのか、そんな事を考えていた。
そうなると、もちろん夜眠れない事が何回かあって、羽根で家の屋根に上り、物思いふけることがあったくらいだからね。
そう思うと、やっぱり話すべきなんだって思った。
すると、鷹西先生が私の隣にやってくる。
私の気持ちを察したのだろうか、何というか凄く優しい目をしているね。
「明奈。無理そうなら、私がある程度事情を説明するから」
「ううん、大丈夫だよ。沙耶」
私がそう言った事に、鷹西先生は少し驚いていた。
晃として話しかけるとは思わなかった様だね。
「皆、ごめん。ずっと皆を騙していて。私が経験した事。私視点になるけれど話すね。信じてとは言わないよ。非現実的だからね。英二にはちょっときついと思うよ」
「良いから話せ」
柳田先生は、腕を組みただ私をじっと見ていた。
私は、それに反応するように微笑み、そして皆に向かい今までの事を話し始めた。
「……とまぁ、こんな感じで今に至るんだけどね」
私は、全てを話した。『天使の羽根症候群』の原因。2種類のウイルスの事、それが原因で女になった事。天使達の事、ミカエルの事、ソロモンの悪魔の事、その全てを。
お姉ちゃんと元同級生の3人以外は、口をポカーンと空けているだけでしたね。
だいたい、女になってから今までの事を説明した。
私が、男だったということもね。
元同級生の3人には、ほんとに私が晃なのかを確認する為に、色々質問してきたけど、その全てを的確に答えました。
中学生の時からの縁だっから、結構私達しか知らないことも多かった。
授業をサボった2人を探して、この川で見つけたわ良いけれどミイラ取りがミイラになり、一緒に遊んでしまったこと。
藤本先生の初恋の相手の告白の練習を、ここで鷹西先生でやったこと。
私達3人しか知り得ない事を、私は的確に答えた。
「マジで、晃なのか……俺はやっぱ最後まで信じたくは無かったよ。あり得ねぇよ。非現実的過ぎる」
やっぱり、柳田先生は真っ青になっているね。現実主義の彼には、結構キツいだろうね。
「ふふ、だから言ったのに」
柳田先生に向かって、ちょっと意地悪っぽく笑ったのはやり過ぎたかな?
皆、元々男性だったということが、信じられないようです。
「沙耶は知ってたんだよな? 入学当初は怪しんでいたのが、ゴールデンウィーク前から大人しくなっていたからな」
「ご、ごめんなさい」
私は、申し訳なさそうにしている鷹西先生を、咄嗟にフォローする。
だって、鷹西先生は悪く無いんだから。
「沙耶は悪くないよ。私が、皆に言う勇気が無かっただけだから。英二もさ、信じたくなかったら信じ無くても良いよ。いくらやっても、もう私は晃には戻れ無いんだからね」
「ちっ、あのなぁ。あの頃とは変わっているんだよ。俺もな。例え非現実的でも、目の前で起こったらそれはもう現実なんだよ」
柳田先生が、真剣な顔で私に向かいそう言ってくる。
昔は、意気地で頑固だったから、非現実的な事は一切認めようとしなかったのに。幽霊とか化け物、都市伝説。実際起こりえないであろう事は、全部否定してきた彼が、私の身に起こった事はしっかり受け止めて認めるなんてね。
「あはは、何だか変な気分だな。皆、しっかりと大人になっているのにね。私は、男性の時は逃げて逃げて結果女の子になっちゃって、罰なのかは知らないけれど、悪魔退治やらされて。リスクを負い、男性としての記憶が無くなり、記憶が戻った時には完全に女の子の精神になっちゃった。笑えるね」
私は、目を閉じた。そして、なぜか涙が溢れて来た。
元同級生の3人は、こんな立派な大人になっているのに、自分だけは未だにこんな状態で、大人らしさなんて一切なかった。
曲がりなりにも、成人まで生きていたのに、この様はいったい何なんだろうね。
私は、心が成長していなかったのだ。そう実感してしまい、そしてその為に自然と涙が出てしまったのかな。
「大丈夫よ、明奈。あなたは、もう決意しているのでしょう。私達は、どんな姿になっても、あなたの親友なのよ」
鷹西先生が、しゃがんで私の頭を撫でてそう言ってくる。
とても優しい目で見てくる。そんな目を向けられたら、完全に泣いちゃうじゃないか。
「でもなぁ、親友の俺達に何も言わないなんてなぁ」
藤本先生が少し愚痴っぽく言ってくる。でも、私はそもそも3人を親友と思っていなかったんだよ。
「ごめん……なさい。正直に言うと、会わなくなってから親友って感覚じゃなくっていたよ。今も、親友と言うよりは学校の先生って感じなんだよ」
「そう……か」
藤本先生が凄くガッカリとしている。この人にとっては、それだけ私の事を親友と思っていてくれたのかな。
「正直に言うと、俺達だってお前が晃だって到底思えないわ。今のお前に、あの頃のムカつく態度が一切ないからな」
柳田先生も難しい顔をしている。藤本先生の頭の中で、整理をするのが追いついていない感じがするね。
3人にはちょっとずつ慣れていってもらうしか無いとして。
問題は、この人達だよね。
私は、ゆっくりと3人の後ろにいる、明奈になってから出会った人達の元に向かった。
「皆、ごめんなさい。こんな重大な事を隠していて」
私は、俯きなながら朋美達にそう告げた。
一番に私の事を親友と言ってくれた人達。そんな人達を、騙していたんだ。どんな中傷を言われても構わない、私はその覚悟を持って事実を話したのだから。
そして、私はゆっくりと顔を上げて、嫌悪の目をしているであろう朋美達に目をやった。さっきから、黙っているから相当ショック何だと思う。
ほら、目をつり上げて怒りのオーラを出してるもん。
「ごめんなさい。もう、私なんて友達とは言えないよね。これからは、出来るだけあなた達には関わらないように……」
「そうじゃないよ明奈ちゃん。私が怒っているのはそれじゃないよ」
えっ? ど、どういう事なんでしょう?
「こんな、アニメやゲームの世界の様な事を、私に黙っていた事を怒ってるんだよ!!」
「そっちぃ?!」
朋美ちょっと、ぐいぐいと寄ってこないで、涎垂らして寄ってこないでぇ!!
「私はね、明奈。私を信じてくれなかった事に怒ってるのよ。私が元男とか、そんな小さな事を気にする奴だと思うの?!」
理恵ちゃん、よく分かりませんけど。男だって事に怒ってないの?
「私もね、理恵と同じ意見よ。お金持ちの中にはね、女装した方やニューハーフの方だっているのよ。いちいち元男だからって、気にしてられませんわよ!」
綾子は、何となく納得できる。その言葉に凄く説得力ありますよ。
「明奈、私も怒っているのは男だからじゃ無いよ。むしろ、そんな映画製作のネタになるような事を黙ってんじね~!!」
「あがが……ご、ごめんなさい吉川先輩!」
だから、首を絞めないで下さい。体を揺すらないで下さい。
「亜希子、首入ってるわよ」
「あ、ごめんごめん。つい、興奮しちゃって」
神森先輩が、何とか吉川先輩を宥めてくれました。
危なかったよ。あと、神森先輩も怒って……る?
いつもの様に、にこにこしているけれど。何だか、怖い。
「えいっ」
「へぅ?!」
軽くデコピンされただけでした。
でも、その後鷹西先生と同じ様に頭を撫でてくる。
「私達は、その姿になる前のあなたを知らないわ。そして、私達にはあなたが橋田明奈として、私達と一緒に過ごした記憶があるの。それを、無かった事にして下さい、なんて出来ると思う?」
「うっ……」
私は、おでこを抑えて顔を俯かせる。なんて言えばいいのか分からなかった。
「明奈。昔がどうあれ、今は女なんだろう? お前はそのつもりで生きていくんだろう? 俺は、そんなお前に惹かれたんだぞ? 諦めろだと? 無理な話だな」
谷口先輩も、何だか少し怒っているね。
でも、やっぱり皆と同じ様に男だったことに怒っているんじゃなさそう。
「俺が、好きなのは前向きに何でも乗り込えていく、橋田明奈が好きなんだよ! 男だったことがバレた位でウジウジするのか? お前は!」
「うぐ……それとこれとは、話がちが……」
「嫌われたと思うから、俺達の元から去るのか? お前は、こんな事実なんかものともしないくらいに、俺達に好意を持たせたんだよ! 今更、逃げられると思うなよ」
えっ? 何だか、最後が凄く怖かったよ? 谷口先輩。
ちょっと、背中がゾクッとしましたよ。
あっ、あっ、皆寄ってこないでぇ。怖い、目が怖い。
「そうよそうよ、明奈ちゃん。私達にこんなに好意を持たせたんだよ」
「逃げられ無いよ、私達からはね~」
「朋美、理恵、目が怖いってば~!」
必死に私は逃げようとするけれど、誰かに首元を掴まれて浮かび上がる。
誰がと思って顔を後ろにやると、なんと藤本先生が私を掴んでいた。
「あっ、ちょ、ちょっと。武、何を?」
「何、俺達の事を親友じゃないとか、クラスメイト達に友達の資格が無いとか言う奴には、『友達の儀式』でも受けてもらおうか」
な、何ですか。それ、悪魔とか呼ぶんじゃないよね?!
だけど、私の心配を他所に藤本先生は、軽やかに私を川へと放り投げる。
「へっ……ちょっ?!」
私は、一瞬の内に川の中へダイブする。少し深めの所を選んで放り投げたらしく、怪我はない。そして、少しだけ足が着くのでとりあえずは助かったかな。
激しい水しぶきでむせていると。また、藤本先生の声が聞こえてくる。
「それ! 全員かかれぇ!」
『お~!!』
「ちょっ! 皆、何してるの?!」
なんと、皆次々と川に飛び込み私に向かってくる。
そして、水をかけたり私を掴んで放り投げたりしてくる。
今、縮んでるからってこの仕打ちはないんじゃないですか?!
というか、皆絶対変だから!! 普通、元男って分かったら嫌悪しないですか?! ねぇ、私の考えが普通だよね?
この人達の方が変だよね?!
でも、私のそんな考えなんて、お構いなしに皆が私に絡んでくる。
あぁ、でも。川に放り込まれて良かったかも、内心嬉しくて号泣していても、顔が濡れていて気づかれないしね。
「あ~明奈、泣いてる~可愛い~」
吉川先輩に気づかれてしまいました。
「な、泣いてない!」
何だか、真剣に悩んで考えていた私がバカみたいでした。




