学校に潜む者
放課後になり、俺達は映画部の部室に向かっていた。
そして、俺のカバンの中には谷口先輩から借りていたタオルが入っている。
谷口先輩のクラスに行っても良かったけど、要らぬ噂を立てられたくなかったからである。
「それにしても、宝条さんっていい人そうだね~」
「そ、そうだね」
俺は、彼女の女王様の部分を知っている為少し歯切れの悪い返事をしてしまった。
「お金持ちだからって威張りちらす事もないしね。ちょっと、おかしな事をする人だけど私とも友達になってくれたし」
そうだね、いい人だとは思うよ根はね。特殊な趣味があるだけで、普通のお金持ちのお嬢様って感じですよ。
「でも、明奈ちゃん。あの人に何かされそうになったら言ってね」
「大丈夫です」
そう言うことを喋りながら、部室に着くと朋美が部室の扉を開ける。
「こんにち……」
「待ってたよ~!! 私の天使達~!!」
「わぁぁああ!!」
「ちょっ、吉川先輩!! いきなり抱きつかないで!」
朋美にちゃんと挨拶させてあげなよ。
言い切る前に抱きついて来くるなんて……
「おっ、しかも。明奈、今日は羽根生やしてるんだ?」
「はっ、殺気!!」
俺は、咄嗟に吉川先輩のホールドからスルリと抜けると、後ろに飛び退き距離を取る。
「そんな逃げないでよ~」
吉川先輩は朋美を離すと、両手をワキワキさせて俺にターゲットを移し近づいてくる。
「それ以上寄らないで」
なんでこの人はいつも羽根を狙うんだ。
威嚇しながら、俺は吉川先輩から逃げる隙を伺う。
「あれ? 今日、神森先輩と谷口先輩と山本先輩は?」
朋美が部室に入ると、辺りを見渡してから吉川先輩に聞いてきた。
というか、朋美。俺を助けてよ。まさか、俺を餌にして自分は逃げるという算段ですか?
「翔は今日休んでたよ」
何だ、谷口先輩は今日は休みか。
ん? 何だろう、このガッカリ感は? いや、違う違う。
残念がっていないから。
「後、昌子は2年生のクラスに抗議しにいったよ。奈々美が、今朝自殺未遂したからね」
「えっ?!」
俺達は、吉川先輩の言葉に驚き同時に声を発した。
「むっ? 隙有り~!!」
「そんなことしている場合じゃないです!!」
「ぐはぁ!!」
そう言うと、俺は突進してくる吉川先輩にアッパーをお見舞いした。
綺麗に弧を描きながら、吉川先輩は後ろに吹き飛んでいく。
「ナ、ナイスアッパー……」
そして、吉川先輩は地面に倒れ込むと動かなくなった。
この人気絶したよ。それどころじゃないのに。嫌な予感がするんだ、さっきから。
「ちょっと! 吉川先輩、起きて下さい!! 寝てる場合じゃないです!!」
「明奈ちゃん、あなたがやったんでしょ?」
それはごもっともなんですけどね。
というか、皆は気づかないの? 2年のクラスの辺りから、黒いもやみたいなものが出ているのが。
「う~しょうがないなぁ……今日は暑いから、脱いじゃおっかな~」
「何? 脱ぎ脱ぎするの?! 手伝う!!」
はい、もうおっさんです。この人は。
そして、そのまま俺の制服を脱がそうとしないで!
「それどころじゃないって言ってるんです~!」
とりあえず、吉川先輩の顔面を掴みそれ以上は脱がされまいと必死に抵抗。そして、俺は声を張り上げる。
「神森先輩は、いつ2年のクラスに行ったんですか?!」
「えっ? 2年と3年は今日5時限までだったから、それからだけど? 言われてみたら遅いわね……」
くそっ、何を呑気にしているんだろうこの人は。
そりゃ普通に学生生活を送っている人達からしたら、異常事態が起こってるとは考えないよね。
「ちょっと、様子見に行って見るか」
ようやく、おかしいこと気づいた吉川先輩が頭をポリポリと掻きながら呟く。
また呑気だなこの人は。
そして、吉川先輩と朋美と一緒に北校舎の2階にたどり着いた。
だが、そこは異様に静かだった。
「お~い、昌子~もういいでしょう。帰るよ~」
しかし、返事はない。それどころか辺りに異様な空気が漂っている。
いい知れない不安が俺と朋美を押し潰す。
「ちょっと、どうなってるの?」
朋美が、俺の制服の袖を掴み不安そうな顔で俺を見ている。
そんな顔をされても、俺にも何が起こっているのか分からないよ。
「お~い、誰もいないの~?!」
吉川先輩はそう言うと、一番近かった2年1組の教室を開けた。
というか、この人無神経過ぎる!! この異様な空気に気づいていないの?
「なんだ、まだいるじゃん。あのさ、ここに3年生が抗議しに来なかった?」
吉川先輩が、そう言うので俺もヒョコッと顔を覗かせる。
そこには、2年1組の人達が“全員”いた。
「ねぇ、2年も5時限までだっけ? 何で皆居るの?」
俺は、ただ怖かった。その異常さに。全員にこやかに笑っている。
「え~? そんな人来なかったよ~」
クラスの人がそう答える。
でも、神森先輩が確実にここに向かったのは吉川先輩の様子からして、間違いないはず。
「ん~おかしいな?」
すると、そこで後ろから男子の声が聞こえてくる。
「もしかして、この人の友達?」
その声に振り返ると、センター分けで眼鏡をかけた賢そうな男子が立っており、その腕には神森先輩を抱いている。
「昌子! どうしたの?!」
慌てて吉川先輩が駆け寄った。
さすがに、あんな状態なら心配するよね。よかった。
「いや、さっきまで僕達2年生と口論していたんだけどね、急に倒れちゃったんだよ。多分叫び過ぎて貧血を起こしたんじゃ無いかな?」
「全くもう、昌子ったら。君、ありがとうね」
そう言って、男子から昌子を受け取ると神森先輩を背負い階段へと向かう。
「2人とも、とりあえず保健室行くよ」
吉川先輩が俺達にそう言うと、朋美は吉川先輩の後に続き階段に向かう。
でも、俺は何故かその場で立ち止まってしまう。
何故なら、目の前の男子から威圧的なオーラを放たれ足がすくみ動けなくなったから。
俺の頭の中はかなりパニック状態です。
「なん……なの? あなた何者?」
何とか、俺はその言葉を振り絞る。
「ふっ。僕はただの2年の学年委員長を務めている、多田と言う。」
「普通の人がそんなオーラ出さないでしょ!」
とにかく、俺は必死に叫ぶ。
多田だけに、タダでは済まさないって?
よし、頭は冷静になってきました。
「そうか、これは意外な者が釣れたね。君は、天使? いや、その羽根の色は堕天使か? そして、君の体のウイルスはミカエルによるものか?」
「なっ、何でそれを!」
「分かるさ、なぜなら僕は。ソロモン72柱の序列71番、大公爵ダンタリオンなのだよ」
そう言うと、その男子の右手に突如1冊の本が現れた。
でも、それよりも何よりも俺は恐怖で冷や汗が出ていた。
ソロモンだって? そいつらは人間界には興味が無いって言ってなかった?
ミカエルのばかやろう……どうする? どうやって逃げる。
そう言ってる間にドンドン奴が近づいてくる。
「くっ……そうだ!」
俺は、あることを思い付いた。
その声にダンタリオンは立ち止まり、そして不思議そうな顔を俺に向けてくる。
だけど俺はそんなことは気にせずに、指を鳴らしてダイスを出現させる。
「へぇ、それがミカエルが君に渡した力かい?」
奴が、興味津々に俺のダイスを眺めている。
何だか、余裕なその態度に俺はちょっとイラッとしたけど、相手はソロモンの悪魔だよ。落ち着け。そして、俺は1つずつ面を埋めていく。
というか、気づいたのだが2年生はこの状況に何も感じないの?
面を埋める途中教室を見てみた、しかし皆何食わぬ顔でお喋りしている。
はっきり言って異常でした。
多分ダンタリオンが何かしたのか。助けを求めても無駄だろうね。
しょうがない、ここは自分の運を信じるしかない。
「お? 準備出来たのかい? さぁ、何をしてくれるのか?」
「余裕ね。それも、爵位級の悪魔だから?」
「あはは。君みたいな、下位の天使相手に焦る様な事態にはならないさ」
うん、こんな奴まで人間界に居るなんて。絶対ミカエルの奴に文句言ってやる。
そして、俺はダイスを降る。お願い、この時だけで良い俺の運よあの面を出して!
すると。
『2年生の男子達に襲われる』
「あっ、嘘。ハズレた……」
すると、急に2年生の全てのクラスから男子達が飛び出してくる。
そして、一斉に俺の周りに集まってくる。
「きゃぁ~!! しまった~!!」
俺は、一斉に男子達に襲われ人混みの中に埋もれていく。
止めて止めて、胸触んないで~!!
「あっはっは! 何やってるんだか。面白いね~全く」
「あぁぁ~!! ダメ~!! 離して~!」
「ダメダメ、ちゃんとハズレたなら罰を受けないとダメだよ」
「……」
「……」
「ん? あれ? 静かになった? あ! しまった!!」
今、俺は北校舎の外に居る。羽根を羽ばたかせ必死に校舎から距離を取り、そして振り返る。
「よし! よし! 上手く良った!!」
実は、この前湖での失態で気づいたのだけど。ハズレの場合は、俺自身にも効果が発生させる事ができるのが分かった。
まぁ、ハズレだし良いこと無いんだけどね。
でもおかげでうまくいきました。
木を隠すには森の中ってね。人混みに紛れながら、廊下の窓に近づきそのまま外に飛び出しました。
廊下の窓側にも人が溢れていたのと、あいつが面白がって人混みしか見ていなかったのが幸いしたよ。
「とりあえず、保健室に急……」
「やれやれ、なかなかに考えたものだね」
はい、後ろにいます。浮いてます。
詰んだ。これ詰んだ。
「ハズレを逆に利用するか。なるほど。だとしたら逆に良い効果は君には与えられないのか」
あれ? 今のでダイスの効果がバレた? 何こいつ。かなりの切れ者じゃない。嘘だろ、こんな奴から逃げる何て無理。
「そんなに、怖がらなくても良いよ。人間界では、僕達の力は制限されているからね。君を殺したり、手を出す事はできないのさ」
いや、だけど相手が相手だ油断は出来ない。そして、ついでに恐怖で振り向くことも出来ません。
「君、綺麗な羽根しているね。堕天使だったら、ミカエルの言うことなんて聞かずに僕と来ないかい?」
そう言って、ダンタリオンは俺の羽根を優しくゆっくりと撫で上げ、顔を耳元に近づけてくる。
それは、ゾクゾクするから止めて。恐怖と相まってもう泣きそう。
「はい、そこまで。何してるのかな? ダンタリオン君」
えっ? この聞き覚えのある声は。
そう思い、俺は声のする方に顔を向けるとそこにはミカエルの姿があった。
しかも、グルグル眼鏡をかけていない真面目バージョン。
た、助かった。
「おやおや、残念。時間切れか。仕方ない、次の機会にさせてもらうよ」
すると、残念そうにダンタリオンは俺から離れると2年のクラスに戻って行く。
「ふぅ、ごめんね助けるのが遅くなっちゃって。って、そんな半泣きの顔で睨まないで」
「う、うるさい! 遅い!! とりあえず、100連ビンタさせろ~!」
「止めて止めて! それ、昔のゲームに出てこなかった?!」
良いんだよ。そして逃げるな。こら!!




