連休1日目 ~ 異性を好きになるとは? ~
その日の夜。いつもの食卓の中、俺だけは神妙な顔つきになっていた。
隣では、望が『スター・エンジェルズ』の限定グッズを手に入れた事によりほくほく顔をしている。
俺が買って来てやったからか、いつも以上にべったりとひっついている。
「明奈どうしたの? 何かさっきから難しい顔しているけど」
さすがに近いとバレるか。まぁ、さっきから焼き魚さんとにらめっこしているからね、たまにツンツンしてはまたにらめっこ。はっきり言って食ってないからな。それも仕方が無いことなんだよ。
コンサートの帰りに、ミカエルからとんでもない事を言われたからだ。
「なぁ、望っていつから俺を意識してた?」
「ふぇっ?! な、何いきなり?」
俺が、晃口調で言ったもんだから望はビックリして俺から離れた。でも、今はそんな気分なんだよ。
心は男。
でも、ミカエルのお膳立てでそれすら変えられてしまうかもしれない。最後の意地だよな、これは。
「明奈、いったいどうしたの? 口調戻したりして」
さすがに、母さんも心配してくる。でも、今日あった事を言って良いのかどうかも分からなかった。
しかし、言った方が良いよなこれは。これだけ悩んでも1人では答えが出そうには無い。
俺はどうしたら良いのか。男を好きになれば、心も女になり違和感も無くなり、苦労する事も無くなるのだろう。
でも、男のプライドがそれを許さなかった。
とりあえず家族に心配はかけたくはない、悩みを打ち明けるとしよう。
以前の俺は、家族に相談などしなかった。これだけでも一歩前進だと思いたい。
「へえ~、『スター・エンジェルズ』のミカエルって、明奈が言ってたミカエル本人だったんだ~どうりでね~」
望が、驚いていたと同時に妙に納得していた。確かに、『スター・エンジェルズ』のミカエルはもの凄い言動で世間に多大な影響を及ぼしていた。それこそ人間業では無かった為に、望が本物の天使だと知った時の納得ぶりはうなずける。
「それで、その人から。自ら完全な女の子になるためのお膳立てをしてあげると、そう言われたのね」
母さんがその後に続いた。母さんはいつも、どんな話しでも顔色1つ変えずに冷静に対処してくれる。その対応が非常に助かる時が多かった。
因みに、父さんはずっとテレビを眺めている。しかし、ちゃんと聞いてはいるようで真剣な表情を……じゃなかった。株価のニュースを真剣に聞いていただけだった。
「ブヒヒ。僕としては、明奈ちゃんには完璧な女の子になって欲しいな~」
黙れ、ブタ。元の太り具合に戻ったとしてもキモいだけだ。そして、ポテトチップスをバリバリ食っている。『焼き魚味』のポテトチップスを……って目の前に焼き魚あるのになにやってんの?
「守はちょっと黙っていなさい」
母さん、こいつには晩ご飯を与えなくてもいいと思います。
「で、明奈はどうしたいの?」
母さんにそう言われて、俺は俯き再度悩み始める。そして、頭が痛くなってくる。
「明奈、無理しなくてもいいよ。すぐに変わるものでも無いんだから、明奈は明奈のままで良いと思うよ?」
「ありがとう。望」
俺は横にいる望に微笑む。何だろう、俺がこんな体になってから家族が優しいような。元からこうだったっけ。
「でね、明奈の最初の質問だけどね。アキにいを意識していたのは小学生の時からだよ。気づかなかった?」
そんな前からとは気づかなかったな。
「きっかけは……多分、アキにいがいじめっ子達を成敗してからかな」
そういえば、そんなこともあったな。
実は、望は小学生の頃はいじめられていたのだ。容姿が綺麗だったからなのか、性格がおとなしかったからなのかは分からないが、特に女子からの妬みが凄かった。
毎日毎日、泣いて帰ってくる妹を見て我慢出来なくなり、俺はそのいじめの現場を抑えて先生達や、いじめっこの両親達に報告しまくったのだ。
おかげで、ピタリといじめは止んだ。というより、この子には恐ろしい兄が居るというのが広まったからだろう。
それからかな。望がちょっとずつ変わっていき、今の明るさになったのは。
「そう言うこともあったね~今思えばやり過ぎだよね」
俺は、苦笑いして答えた。すると、望が首を横に振る。
「ううん、あれくらいしないと止まらなかったよ。それから、私もこんな性格じゃアキにいに迷惑かけると思って頑張ったんだ。そして、私を変えてくれたアキにいを、特別な目で見るようになったんだ」
顔を赤くして答える望が、何だか愛おしく見えてきた。
当然、家族としてだよ。
「だからさ、人を好きになるって理屈じゃないんだよね。もう兄妹とか関係なく、好きになっちゃう時はなっちゃうんだからね。そんなに意識しなくても、無理やり変えようとしなくても良いじゃん。それに、アキにいは十分変わったよ」
「そっか、ありがとう。望」
こんなにも素直に教えてくれるとは思わなかったよ。母さんが、にこやか俺達を見ている。まるで、仲の良い姉妹を眺めるかの様に。
「母さんが言いたい事、全部言われちゃったわね。あなたはいつからそんな恋愛マスターになったのかしら?」
「ち、違うよ~アキにいしか好きになったこと無いのに~」
望は、更に顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「明奈。母さんもね、父さんを好きになったのは理屈じゃないわ。そうね、私はこの人のいさ……この人の物になるんだって直感的に思ったわね」
今、何か言おうとしたよね? なんだか、理屈満載の言葉が聞こえそうになったけど。
「そうか、母さんは俺の遺産が目当てだったのか……」
あっ、父さん聞いてましたよ。これヤバいんじゃ……
父さんの生まれた家は地主だったらしく、結構土地を持っているのだ。
「あらら、違うわよ。私はあなたのち……じゃない。あなたの心に惹かれたから、猛アタックしたのよ~」
母さんまた何か聞こえた気が……
意外と母さんはめざといのか?
「ふっ、構わないさ。今の男の魅力なんか、金と地位だけだからな。それがあり初めて、若き日の母さんの様な美人を嫁にする事ができるのさ。これが無ければ母さんとは出会っていないのだから、金と地位目当てでも、俺は一向に構わん」
「あ、あなた……素敵!!」
いい歳して抱きついているよこの人。
というか、父さん太っ腹……じゃなくて、似た者同士かこの2人。
なるほどね、結ばれるべくして結ばれたのか。
「ちょっと、父さんと母さんは特殊だから参考にはならないかもね~」
それでも、俺は肩の荷が下りた気がした。何が起こっても俺は俺のままで、俺の気持ちに素直になればいい。
さて、ご飯を片付けるか……って、しまった。焼き魚さんと目が合っちゃったよ。食おうとして目が合うとね、食えなくなるんだよね。
そうやって俺がじっと固まっていると、その様子を見た望がまた心配してきた。
「ど、どうしたの? 明奈?」
「目が合っちゃったぁ~」
「もう~何言ってるの? 死んでるんだからさっさと食べなって~」
「うぅ、でもでもお魚さん可哀想~食べられる為だけに生まれるなんて、何の為の人生、いや魚生なの~」
「ぎょせいって何よ~もう、いきなり女の子ぶらないで~」
すいません、望さん。だからほっぺをつねらないで~ちゃんと食べますから~
後、ブタはにやにやするな~そのポテチ何袋目? 『焼きホタテ味』ってそのポテチ、どんだけ種類が豊富なんだよ。
そして、食事も終わり俺は風呂に入り体を洗っている。
体や羽根を洗うのも慣れてきた。自分の裸にもね。さすがにあれから2ヶ月近くもたつんだ、慣れないとおかしい。
「それにしても、相変わらず明奈の体は色白で綺麗だよね~ちょっと嫉妬しちゃうな~」
望が湯船から俺の体をまじまじと見てくる。というか、何普通に入ってきているんだい?
まぁ、これで何回目かも分からないし断るのも疲れましたよ。
「そう言えば、ご飯の時の反応からして明奈にはまだ好きな人が居ないんだよね?」
「うん、そうだね。そう言うのはよく分からないからさ」
俺は、髪を洗いながら返事をした。
あ、泡が目に入る。ヤバいヤバい。
「そっか。でもさ、私の気持ちに応えようとしなくても良いからね~明奈は明奈で好きな人を作ったら良いからね」
「う~ん、今はそんな気はないけどね~」
男を好きにとか考えられないからね。じゃぁ、女の子が好きなのかと言われると、なんだかおかしな感覚に襲われてくる。
好きになれるのかと言われたら、違う。なんだか違う気がしてくる。
同性として意識している俺がいる。
これは、ミカエルが何かしやがったか? いや、そんな気配はなかった。
あ~どうなっているんだ。俺の心は何処に向かおうしているんだ。
「だ~か~ら~考え込まない!!」
そう言って望が羽根を鷲づかみにしてきた。
「ふみゃあ!!」
なんか、猫みたいな声が声が出てしまった。油断していたから余計に感じ……てないからな!!
「ちょっ、いきなり何するの~?!」
すると、望が悪だくみをしようする子供の様な笑みを浮かべている。
「明奈の心がこってそうだからね、ちょっとほぐしてあげようかと思って~」
そう言って、ゆっくりと羽根をしご……いや、違うよ。望さん、それは表現が危ないから止めてくれ~
「はっ、ひゃぁ。やめ……だめぇぇぇえ」
ほんとに色んな意味でダメだ~!!
「そ~れ、イ……」
ワ~!! ワ~!! その言葉はダメだ~止めろ望み~!!
「あはは、明奈可愛い~」
「わかった、ひぅっ。分かったから……んぅっ。もう、考えこまな……ひゃっ、いから。止めて……っあん」
何だか、望の腕がレベルアップしているような。
いや違う、吉川さんにやられてから更に感じる様になっているんだ。この羽根が敏感過ぎるのがネックなんだよ。これさえ無ければこんな痴態晒さないのに……
あぁ、また遠くで犬の遠吠えが聞こえる。
このままでは、女の子になる前に変態になってしまいます。だから、助けて下さい。
入り口で写真なんか撮らずに助けて下さいよ、お母様。




