女磨き
俺は、帰りの電車の中で今までの事を振り返っていた。
「柳田と、藤本はいいとして。鷹西さんには、気をつけておかないと。今、すでに怪しんでるのかな、考え過ぎかな?」
アゴに手を置き、ブツブツと考え事をしていた。しかし、周りの視線が気になるな。何見てんだよ。
「ねぇ、君。可愛いね。今帰り? 時間あるならちょっと遊ばない?」
見た感じ、チャラそうな男が話かけてきた。
俺は、今日で何度目かのナンパにウンザリし、面倒くさそうな目で返した。
「あ、すいません。真っ直ぐ帰るように言われてるので」
軽くあしらってみるものの、男はしつこく迫ってくる。
「え~お堅いなぁ、そんなんじゃ人生損するよ~」
そう言って、俺の肩を掴んできた。
今すぐぶっ飛ばしてやりたいが、俺は今羽根を生えしてない為そんなことは出来ない。
しょうがない。アレの出番か。
俺は、気づかれないように指を鳴らし、ダイスを手のひらに握りしめ面に効果刻んでいく。
そして、ダイスを地面に落とす。さて、何が出るかな。
「ん? 君、何か落とし……た、よ……」
男の、表情が一瞬にして変わっていく。
「あ、は……はは。ご、ごめん。僕の方が用事があったの思い出したよ。じゃ、じゃぁね」
そう言って、青ざめた顔で去って行った。
俺は、チラッと下にあるダイスに目を向けた。
『目の前のナンパ男の目を、この日1日だけ美人をブスに、ブスを美人にする』
この目が出たか、残念。
『目の前のナンパ男、痴漢で捕まる』が良かったのにな。
あ、でも。そのままあのナンパ男、とんでもなく不細工な女性に声をかけてるぞ。
歯はネズミの様に出っ張り、目は小さく、そして太っている。
ある意味天罰かな。うん。俺は悪くない。
その後、ダイスは上の数字を1から0に減らして消えた。
色々使いすぎないように試したが、どうやら人に変化を与える効果が半分以上あると、1回しか振れないようだ。
そして、1回しか振れないダイスを2度使うと使いすぎにより体が 小さくなってしまう。
使い所が難しすぎるな。羽根を出さなくても使えるのは、便利だと思ったがな。
そんな事を考えていたら電車が家の最寄り駅に着いた。
とにかく、色々考え過ぎて頭が痛くなってきた。
俺は、足早に自宅へと向かう。
「ただいま~」
「お帰りなさい~」
家に帰り着き、玄関からリビングへと上がる。
そして、俺の帰宅の挨拶に母さんが返事をした。
母さんは夕飯の準備をしている。今日は、唐揚げか。
「母さん、何か手伝うよ」
俺は、制服のまま母さんに近づいた。
「あら? 珍しいわね~どういう風の吹き回し?」
「いや、ちょっとこのままだと危ないかなと思って、女磨きをね」
俺は、恥ずかしさのあまり少し俯きながら話す。
「そう、それは良い心構えだけど、ちょっと失礼」
そう言って、母さんはエプロンで手を拭くと俺のほっぺを両方つねってきた。
「いふぁい」
いったい何をするんですか。お母様。
「あなた、最近堅いわよ。緊張し過ぎよ、バレないだろうかって心配すればするほど余計怪しくなるからね。大丈夫よ、あなたはどこからどう見ても女の子なのよ。自然にしていればバレないわよ」
まるで俺の心の中を見透かしたようなその言葉に、俺は呆然としてしまい、その場に突っ立っていた。
最近の俺はそう見えていたようだ。情けないな。
「でも、手伝いたいという気持ちの変化は良い事よ。だから、ちょっとずつお料理の方、教えていってあげるわね」
母さんは、にこやかにそう返してくれた。
今までは、父さんに付き従うだけの存在だと思っていたけど、ほんとはしっかりと家族の事を見ていたんだな。家族を見ていなかったのは俺の方だったんだな。
「あ、ありがとう。お母さん」
夕飯の時間になり、ブタを除く家族全員が食卓についた。
「え、このポテトサラダ明奈が作ったの?!」
望が目を丸くして、少し歪な形になってしまっている野菜の入ったポテトサラダを見つめた。
そして、お箸でゆっくりとポテトサラダを口に運ぶ。
なんだろうこのドキドキ感、彼氏に手料理を披露する時もこんな感じなんだろうか。
「ど、どう?」
「うん、おいしい! 初めて作ったにしては上出来じゃん!」
「よ、良かった~」
俺は、嬉しくなって笑顔になり自分で作ったポテトサラダを食べた。
ちゃんと味見はしているが、やはり不安になるものだ。うん、おいしい。
「いやぁ、明奈は着実に女の子に磨きをかけていっているな~父さんは嬉しいやら、悲しいやらだな」
「何か、言いましたか。お父様」
俺は、目を細めて父さんを睨む。俺のことをまだ息子と思ってるなら、そこは訂正して貰わないとな。
「い、いや。何でも無い」
父さんは、慌てて飯をかきこんでいく。
「それよりも、守お兄ちゃんまだ終わらないんだね」
望が、俺の取ろうとしていたデカい唐揚げを横取りしようとし、箸で狙いながらもそんな事を口にする。
只今、唐揚げの上では小さな戦争が繰り広げられている。
「守ならほら、この前1週間ブタになったでしょ、その間色々出来ずに仕事や頼み事がたまってるらしいのよ」
あぁ、それでずっと部屋に籠もっていたのか。飲まず食わずなら、少しはゲッソリと痩せてないかな。
後、望さんいい加減に諦めて隣の唐揚げにしろよ。そう目で睨むも、お姉ちゃんなんだから譲りなさい、みたいな目で返された。
そこは譲れんぞ、と思っていたら横から別の箸が伸びてきてデカイ唐揚げを取られた。
犯人は母さんだ。
「喧嘩するなら、これはお母さんが頂きます」
そう言いながら、母さんはデカイ唐揚げを食べてしまった。
「そんな、殺生な~!!」
望と声を合わせて叫んだが、時既に遅し唐揚げは母さんの胃袋の中に収まった。
すると、上からドスドスと階段を降りる音が聞こえてくる。
噂をすれば何とやらだ。ブタがようやく目処がつき部屋から出てきたようだ。
「あら、守。ようやく、終わっ……たの?」
何だか、母さんが驚いてる。そりゃ、ゲッソリと痩せてればびっくりもする……
「うす、ごっつぁんです。何とか終わりましたでごわす」
何とそこには、更に太ってしまい力士みたいになっているブタがいた。
「何で逆に太るんだ~!!」
俺は、つい叫んでしまった。
あぁ、望なんかもう視界にすら入れていない。
父さんも一緒だ。
「あぁ、明奈ちゃ~ん! 疲れたでごわす~癒やしてくれ~」
そう言いながら、ツッパリでもするかの如く突進してくる。
俺は、瞬時に羽根を出し席を立つと。
「来んなブタぁぁああ! 今時力士でもそんなしゃべり方しないよ!」
そう言いながら、俺は見事な張り手をブタに叩き込む。
「僕の扱い酷くないですかぁああ!」
ドゴォォオオオオン!
ブタは、リビングの反対側の壁に叩きつけられる。
自業自得ですよ。というか、家が揺れる揺れる。大丈夫かな。
「大丈夫よ、壊したらあなたの力で直せばいいから。でも、家を直す程の力を使ったら、どうなるのかしらねぇ」
「控えます」
即答しました。だって、母さん目が怖いんだもん。
「はぁ~ブタめ、俺に力を使わせて縮ませようとしてるんじゃないのか? あいつロリコンだしな」
俺は、体を洗いながらブタの対策を考えていた。
まぁ、うだうだ考えてもしょうがない。最悪、家から追い出せばいいんだ。
そして、俺はゆっくりと羽根も洗い始める。
これが1番時間がかかるんだ。
「んしょっ、んぅ~ちょっと強過ぎた。これくらい、かな」
強過ぎたら、くすぐったいしな。加減しながら洗っているので、時間がかかってしょうが無い。
「明奈~! 一緒に入ろう! 羽根洗ったげるよ~」
「い、入らないよ! あぅっ!」
望が、素っ裸で入ってきたせいでびっくりして、羽根を握ってしまったよ。ヤバい、今まで1番変な声が出た。
「何、今の可愛いんだけど」
何鼻血出してるんですか、望さん。
んで、飛びつくなぁ。離れろ離れろ。
羽根を、いじくるなぁ。
「ちょっ。のぞっ、み。やめてぇ……あうっ。ひゃん」
「姉妹のスキンシップじゃ~ん」
有り難いんだが、過度すぎるよ。あ、遠くで犬の遠吠えが。
こうして、ある意味いつも通りに夜が更けていった。
ちょっと、力が入りすぎたのは分かってるが、こんな方法で力を抜かせようとしなくてもいいのではないだろうか。




