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ヤツらは仲間を見捨てない ~道立山士幌高校一年一組が異世界にクラス召喚された場合~  作者: えがおをみせて


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第90話 雑談みたいな話し合い



 戦いのあとの風呂は、実にいい。


 訓練後も悪くはないけれど、今回のような激闘のあとでは生きて帰れたことを実感できて、本当に心に響くのだ。

 ついでにいえば血の匂いなんかが消えていく気がするのも助かる。


 高校一年がモンスターと命がけで戦ったのだ。精神にこないはずがない。実戦はこれで三回目になるけれど、慣れたという気分にはなれない。

 そんな俺たちに、お湯の温かさが生きていることを教えてくれる。


 やはり入浴というのは偉大な文化だ。


 クラスで唯一【体力向上】を持っていない馬那(まな)が、あっちで溺れかけているように見えるのは、多分気のせいだろう。



「アザだらけだぜ。俺たちってインドア側だったよな」


 湯船で両腕を持ち上げて、古韮(ふるにら)がボヤいた。


「僕はまあ、たまに家の手伝いはするけどね。八津(やづ)くんは?」


「俺もかな。たまにだけど」


 肩の辺りをさすっていた野来(のき)と俺は、お互いに実家の手伝いを思い出して苦笑いを交わす。俺は牧場で野来は小麦農家という違いはあれど、あるあるネタは結構転がっているものだ。

 こうして山士幌にいた頃を思い出すと、どうしても心が(にが)くなる。独り暮らしをしたことがない俺の感覚では、これがホームシックと同じかどうかもわからない。帰ろうと思えば帰れるのと、物理的に到達できないのでは感情はどう変わるのか。


 いや、いかんいかん。

 こういうことを考えすぎて精神がドツボるのは、こっちに呼ばれたクラス全員が経験したことだ。悩んではダメとまではいかなくても、なるだけ浅く、冗談程度に語るのが無難だ。



「こっちに来てからは動かしっぱなしだよ。腕、太くなったかな?」


 なので筋肉話にもっていく。

 俺も古韮のように両手をお湯から持ち上げてみた。残念なことにあまり変わっていない気がするな。馬那に筋トレ方法でも教えてもらうかどうか、迷うところだ。


「僕もそんなに変わらないよ」


 そう言って控えめに笑う野来だけど、俺は騙されない。

 野来は俺と同じ四階位になったわけだが、ヤツは前衛神授職でこっちは後衛系。そもそもの外魔力が違う。もっと大きいのは野来は【身体強化】を持っているということだ。



「野来、握手してみないか」


「え? うん、いいけど」


 確定的に嫌な予感を持ちながらも、差し出してくれた野来の手を握って、そして力を込めてみた。


「あー、力勝負?」


「……まあ、そうかな」


 風呂の中で涼しい顔をしていやがる。なんということだ、うまいことを言ったつもりなのに欠片も嬉しくない。こっちは必死に力を込めているのに、ここまで違うものなのか。

 ……綿原(わたはら)さんも【身体強化】を持っていたな。だがしかし、手を握ってくれとは言いにくいし、負けた時にいろいろからかわれそうだ。止めておこう。



「青黒くなってるけど、これってちゃんと治ってるんだよね」


田村(たむら)の話だとそうらしいな」


「たしかに痛くはないけど、なんか微妙」


 綿原さんの手を握っている自分を想像している間でも、野来と古韮はアザ談義を続けていた。


【聖盾師】にして日本でも医者を目指していた田村曰く、この世界の【聖術】は理不尽なくらい人間の治癒力を促進する魔術らしい。

 なぜ『理不尽』なのかといえば。


『神経までつながるとか、治癒どころの話じゃねぇよ』


 だそうで、人体の自然回復どころか再生医療? レベルの何かが起きているらしい。

 おとぎ話的な文献には、千切れた手足をくっつけた【聖導術】の使い手までいたそうだ。ところでウチのクラスにひとり【聖導師】がいるのは気のせいだろうか。



 なのになぜ俺たちの体にアザが残っているかといえば、怪我自体は治りきっているからそれで十分というのが理由だ。


 鎧のお陰で、いかにもな切り傷を作ったクラスメイトはほとんどいなかった。

 受け流し損ねて鮭の直撃を顔面に食らった俺は数少ない例外なわけだが、そっちは綺麗さっぱり(あと)も残っていない。


 メインの怪我はいわゆる挫傷とか捻挫、そこに絡む炎症だったらしく、それは全部治っている。アザになっているのは、要は内出血の痕跡だ。

 健康に大きな害があるわけでもなし、放っておけば勝手に分解されて消えるものなので、必要以上にお互いの魔力を使う必要はないとか。

 それでも顔とか手のひらとか、目立つ場所にできたアザは完全に消せたのだから、やっぱり【聖術】はすごい。アウローニヤが【聖術】使いを囲い込みたくなるのもわかるというものだ。



「本当に出るのかねえ。かえって【痛覚軽減】が無い方がいいんじゃないか?」


 古韮が自分の腕を見ながらボヤく。


 実は怪我を完全に治しきらない裏理由もあるにはある。もしかしたら出るかもしれないレベルの技能、【治癒促進】だ。

 効果としては自身の怪我の治りが速くなる。要はリジェネなのだが、戦場で生死にかかわる怪我をした人に出たなんていう、ヤバい逸話が残されているのを見つけてしまったのだ。

 出現条件は不明だけど、だからといって大怪我はしたくないし、もちろん放置なんて論外だ。なので、気休め程度でアザを残して極薄のヒットを狙っているというわけだ。



 ちなみに女子のアザはすべて綺麗に消されている。

 そりゃそうだ。



 ◇◇◇



「今日はなんというか、ほんっとうにお疲れ様でした」


「でしたー!」


 藍城(あいしろ)委員長の言葉に、みんなが一斉に返事をした。


 夕食も終わり、すでにテーブルや椅子は片づけられて、アーケラさんたちメイド三人衆も退室している。日本人だけの時間だ。


 ちなみに今晩の食事に鮭は使われなかった。

 俺たちが迷宮から戻った時点で日が暮れていたので、さすがにそこから料理の注文をつけるのは憚られたから。

 そういうわけで大量の鮭は冷凍されて、一部は離宮の保存庫に放り込まれている。明日以降のお楽しみだな。



 離宮のぶんの冷凍については、メイドのひとり【冷術師】のベスティさんと【氷術師】の深山(みやま)さんが担当した。【氷術師】は【冷術師】の上位互換神授職で、深山さんはすごいポテンシャルを秘めているということだ。まあ初見ジョブの俺と綿原さんを除けば、クラス全員がなんらかの上位神授職なわけだが。


 そんな深山さんだけど、まだまだ実戦レベルの攻撃力は出せていない。

 魔力の干渉法則があるので、魔獣を直接凍らせるような攻撃ができないのがツラいところだ。将来的には水を凍らせてから飛ばすタイプの魔術、『アイスバレット』とか『アイスニードル』的なコトができるようになるかもしれないが、今は地べたに水を撒いて凍らせるくらいで手いっぱい。しかも結構時間がかかる。これからに期待しよう。

 そういう意味では鮭を凍らせたのも熟練度上げの修行になるかもしれないな。



「疲れてるかもしれないけど、今日の復習会を始めます」


「はーい!」


 俺たちは毎朝毎晩、こうしてミーティングをやっている。


 朝はその日の予定や、夜の内に気付いたことなどを連絡するくらいで、短く終わることが多い。たまに誰かが新しい技能候補を生やしたりして、その時は拍手を送るのが定番だ。


 夜の打ち合わせはちょっと長めになる。

 その日にあったこと、調べて見つけたこと、思ったことなどを各人が発表していく流れだ。イベントがあればソレが議題になる。

 朝夜の二回やらなくてもどちらかにまとめたらという話もあったが、珍しく先生が主張をしてこういう形になっている。


『体が温かい内の考えと、一晩冷やしてからでは違う答えになることもありますから』


 どちらが正解というわけではなくて、頭が熱い時と冷静な時の両方が大事らしい。英語の先生というより、やっぱり武術家的な発想だ。そういう点でこっちに来てからの先生は、教師というより師匠っぽい。



「今日の相手は群れだったから密集して戦ったけど、普段はもう少し隙間を空けてもいいかなって思いました」


「ああ、とくに短剣を使う時は気を使ったな。いちいち周りを確認しながらだから手間取った」


「安全確認しながらメイスを振り回すのは、まだ慣れないかな。うん、ハルももうちょっと自由に動けた方が助かるよ」


 野来、佩丘(はきおか)(はる)さんと、めいめいが思ったことを口にしていく。



「わたし、あんまり攻撃できなくて、ごめんなさい」


「俺もっす」


 深山さんや藤永のように泣き言っぽい発言をするヤツもいる。

 だからといってみんなで責めるなんていう展開には絶対にならないのがウチのクラスだけど。


「当面二人はセットで【水術】と【雷術】を合せる方がいいかな」


「そうすね。それだけだと申し訳ないから、盾の練習もがんばるっす」


「わ、わたしも、自分のことは自分で守れるくらいに」


 今回は委員長がフォローを入れたけど、いつも誰かしらがこうやって前向きな話にもっていく。

 そうすれば二人もそれに応えようとしてくれる。なにげに素直なんだよな。



笹見(ささみ)さんの【熱術】で砂を熱くすることってできるかしら」


「できると思うけど、綿原、アンタまさか」


「そうよ。【鮫術乃七・熱砂鮫】」


 そうか、もう七つもあったんだ。

 サメの種類は置いておいて、こんな感じに話題が連鎖して、新しいアイデアが出てくることもある。



「事前に熱するというのが面倒ね。やっぱり【魔術融合】かしら。八津くんはどう思う?」


「ん、ああ。資料だと同じ魔術の合体っぽいんだよな、【魔術融合】。たくさんの人でいっぺんに【水術】を使うみたいな。複雑なのは難しいのかも」


「でもわたしたちの魔力って同じ色なのよね。できそうな気がしない?」


 そもそもまだ誰にも【魔術融合】が出ていないというのは、この際どうでもいいだろう。

 誰かの発案を可能性として記憶しておけばそれでいい、というのがこの会議のやり方だ。


「ならさ、最初は無難に【水術】で試しておいた方がいいんじゃない? あたしも取ることになるだろうし、深山と藤永と三人で合体魔術ってさ」


「いいすね!」


「うん、すごそう」


 笹見さんの提案に藤永と深山さんも乗っていく。

 こんな風に話題が飛躍することもあるけれど、それが結構楽しいから俺はこの時間が嫌いじゃない。



「階位が上がってすぐあとだけど、体の動きに慣れなくて、ちょっと困った」


「そうそうそれ。アタシ、ジャンプしてからビックリした」


 馬那(まな)(ひき)さんのように、誰もが感じていたけれど、みんなでは話し合ったことがない話題が出たりもする。

 こういうのがあるあるネタになるくらいまで落とし込めれば、戦う時の連携に役立つ。お互いに意識し合えるというのが大きい。


 こんな風に雑談か会議なのか、線引きが難しい話し合いだけど、これはこれでアリだ。

 たとえ答えがでなくても、この場には二十二人の頭脳があるわけで、情報を共有しておけばいつか誰かがいいことを思いつくかもしれない。



八津(やづ)は今日、指示出ししてみてどうだった?」


 そしてついに、どこかで聞かれると思っていた話題が委員長から飛んできた。

 わかっていたけど緊張するな。


 俺がちゃんとできていたのかどうか、しっかりみんなの話を聞かなければいけない。



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