063.人間関係ポンコツ三人衆
梅雨の雨が降り続ける放課後。僕たち三人は会話もなくなんとなく集まって、なんとなく帰路についていた。その間、特に話すこともなかったが、おそらく皆気持ちは同じだろう。
僕自身、純粋に誠のことを心配している。これまで早朝登校の皆勤賞を続け、たとえ体調を崩そうと地を這うゾンビのごとく学校に来そうなほど絶対に学校に来ていた誠が学校を休むなんて、やっぱりどう考えてもただ事ではない。考えれば考えるほど、誠のことが心配になってくる。
そしてもう一つ、昼休みから時間が経つにつれふつふつと心の中に湧いてきた感情がある。
それは、漠然とした誠に対する怒りだった。誠は以前、信頼するというのなら何でも話してほしいと言っていた。その誠が、三浦先輩の言うところの『誠くんの家の話』を僕たちにしてくれていない。珍しく筋の通っていない態度には、本来そう言ったジャンルのことについてはどんな些細なことでも気にする誠であるからして、なおさら腹が立ってくる気がするのだ。
「ねえ。二人とも、ちょっと聞いていいかしら」
透明の傘を差し、とぼとぼと僕の右前を歩く伊月が小さく言う。問いかけにはピンクの傘で左前を歩く柳井が答える。
「どーおしたのー」
「私、実はそこまで上村くんと話したことないから、もともとの上村くんってどんな人なのかちょっと気になって」
「え、そうなの?」
「凛ちゃんは野外活動終わってからも誠くんとはすれ違いだからねえ」
言われてみれば確かにそうだ。野外活動の時に四人で街に出かけてから伊月がお嬢様状態に戻った時、僕と柳井はあえて誠と伊月がそこまで関わらないように仕向けていたし、野外活動が終わってからも伊月は体育祭実行委員、誠は野球部の練習で、確かに僕たちと比べればかなり誠とはすれ違っているらしい。それでなくても、僕と柳井は一年生の時から誠とは仲良くしているわけで、冷静に考えれば伊月のこの疑問は、この状況を考えれば自然に生まれるものなのだろう。うーん、これからしっかり四人で入れる時間を作らなきゃな。
「先生、お願いします!」
柳井は僕に答えるよう促す。まあ確かに、一応親友としてどんな奴かは分かっているつもりだ。僕は一つため息をついて、伊月の疑問に答える。
「まあ、お前らの思ってる通りだと思うけどな。クソが付くほど真面目で、おせっかい焼きだけど憎めないめっちゃいい奴って感じだな」
「いやね、瀬野くん。一応私もそのくらいは分かっているけれど、もっと本来の、何かこうなってもおかしくない脆さとか、そういうのはなかったのって聞いてるのよ。原因が分からないと、叱りようも励ましようもないじゃない」
「じゃあ先生、お願いします!」
僕はわざとらしい柳井の物まねで柳井にパスを出す。こういう心理とかの話は柳井に聞いたほうが絶対に話が早い。使える頭は使ってナンボだ。
「うーん……それねえ、結構考えたんだけど色々パターンがありそうで難しいのだよ」
「パターンってどういうことかしら?」
「いやー、誠くんが三浦さんの事好きなのは間違いないけど、どのぐらい好きなのかは分からないでしょ? 誠くんちの話も良く分からないから、誠くんの気持ちによってパターンは無限大だよね?」
「なるほど、分からん」
「解説のレベルを普通の天才まで下げてくれるかしら」
伊月さん、こんな時に柳井相手に頭脳で張り合おうとしないでください。てか、いつの間にか柳井の誠くん呼びが板についてる件。
「うーんとね、たぶん可能性が高いのは、誠くんが三浦さんのことが大好きで、三浦さんと甲子園に行く約束をしてたパターンかな」
「でもそれはねえって三浦先輩言ってたじゃねーか」
「そうなのだよワトソン君。あたしも最初はこの人おばかさんだ、嘘ついてるって思ったんだけど、羽織先生の反応からするとあながち嘘じゃないかもなあって思うんだよね。だから、二番目に可能性が高いのはおばあさんと約束してたパターンかな」
「それでも三浦先輩が嘘をついている可能性が高いのは何故かしら?」
「学校を休んだからだよ。ここまで言えば分かるよね?」
柳井は伊月の問いかけに対し、食い気味に答えた。
「……結局の根拠は、上村くんが約束を破った惨めさで学校に来れなくなる相手は、三浦先輩か私たち位って話に戻るのかしら?」
「そうだねえ。でも誠くんだったらほんとに小さな日常会話でも誰かと約束しててこうなったってこともあるにはあるかなって思うのさ。だから、今のところ色々パターンがありすぎるのさ」
「ようはもう本人に突撃するしかねえって話かよ」
「珍しく瀬野くんの理解が早い! 明日は雪か!」
「……さすがに雨だろ降っても」
三人でけたけたと笑った後、伊月が聞いた。
「それで、いつ上村くんと話をするのかしら?」
「それなんだけどさ、あたしは二人に聞きたいことがあるのだよ」
柳井から飛んでくる質問は、いつも核心めいた、心をナイフでスマートに刺すような怖さがあるので僕は一瞬身構えたのだが、僕の心は全く別の方向から鈍器でぶん殴られることになる。
「二人は恋したことってある?」
『は?』
一瞬変に心が高鳴った後、口から間抜けな声が抜けていく。おそらく伊月も、僕と同じような心理状態になったせいで変なリアクションが口をついたのだろう。
「いやいやー。あたしね、ずっと昔からずっと一人だったからさ。いつかその話もしなきゃなんだけど……実は恋ってしたことないのだよ。だから、誠くんにとって三浦さんがどれほど大切か分からないから、イマイチパターンが断定できないってのがあるんだよね」
にしし、と照れながら笑う柳井は、いつもの良からぬことを企む悪い笑顔からは想像できないほど可愛らしくて。普通の男子高校生だったら一瞬で落ちちゃうよ? 僕はいろいろと大丈夫だけど。特に柳井って魔女だからさ。
そういえば前にも柳井はずっと一人だったって言ってたな。今回はこいつのためにも、機会があれば聞いてやるのもいいだろう。
「それは、月並みな答えでいいのかしら?」
「うーん、恋愛ドラマとかはよく見てるから……できれば実体験に基づいたやつとか……」
言葉を返した伊月に、頬を赤く染めながら小さな声で答える柳井。ん? なんだかしおらしくなった柳井ってすごい可愛い生き物な気がするぞ。やっぱ子の二人って顔面だけは整ってるから女の子らしい態度になれば普通に可愛いな。普段は基本ぶっ壊れてるけど。
「それじゃあ私に言えることはないわ。麗美ちゃんも知ってる通り、私はどちらかというと男子を嫌ってきた人間よ?」
「僕については言うまでもなく人間関係構築自体拒否してきた人間だ」
「うん、ごめんこれ相談する相手間違えてた」
普段のテンションに戻って残念そうに言う柳井を見てか、伊月は追って続けた。
「そうね、月並みな一般論で言えば、気づいたらいつも一緒にいるとか、一緒にいなかったらその人のことばかり考えてしまうとか、その人が傷つけられると自分の事のように痛いとか、そう言うことじゃないかしら」
最近、気づいたらいつもお前らと一緒にいるし、結構お前らとの関係性について考えるし、また二人に佐伯先輩の一件みたいなことがあったらやっぱりまたキレるだろうし……あれ僕二人に恋してる? トゥンク。あるあ……ねーよ。天地がひっくり返ってもねーよ。
「……あたしもそのくらいしか分からないなあ」
「僕に至ってはそれすら分からんぞ」
さしずめ僕たち人間関係ポンコツ三人衆とでも言おうか。僕たちがいくら悩んでも、その答えは出ないのだった。




