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056.三人との関係性

 これまでの準備期間のことを考えると、体育祭本番は本当に一瞬で終わってしまったように感じる。借り物競争で伊月に連行された後、また放送や事務方に回った僕は積極的参加の精神で運営を回していたのだが、気が付けば宴もたけなわ。グラウンドに集合した全校生徒の前の朝礼台、その裏の大会本部席で僕は閉会式を迎えた。


 中立の立場で競技の採点をしていた生徒会の斎藤が、朝礼台の上から紅軍の優勝を告げると紅軍側から歓声が上がり、白軍側も笑顔で拍手。充実した表情の生徒を見てさらに絶好調になった校長が締めくくりの挨拶を告げ、これにて体育祭は全日程終了となった。


「よし、それじゃ伊月と瀬野は紅軍の三年生エリアのテント解体の指示を出してくれ」

「分かりました」

「了解す」


 閉会式が終了すると、すぐさま全校生徒で校庭からの撤去作業が始まる。これも毎年の恒例行事だ。僕たちは松葉先生に言われて紅軍側の三年生が利用していたテントに集合する。


「おう、久しぶりだな。さっさと指示をくれ」

「めんどくさい……おうち帰りたい」


 受け持った場所に到着すると、中根先輩や野村先輩を始めとする三年生が待機していた。伊月はすぐさまテント解体組と、生徒たちがテントで待機するために校舎から出しておいた椅子を搬入する組に分けた。解体組は僕と伊月、それに野村先輩他五名の三年生、椅子の搬入作業は中根先輩を中心に残りの先輩方が受け持つこととなった。


「椅子を片付けるほうがめんどくさいし……まあいいかな。めんどくさいけど」

「野村先輩、どの口がそれを言うんですか。大活躍だったじゃないすか」

「ちっ、バレてたか」

「仮にも生徒会長なんですから仕事サボろうとしないでください」


 僕は何故か野村先輩らとテントを解体することになったので、一応面識のある者同士他愛のない会話をしながら作業に没頭していた。リスクヘッジ的観点から考えて、野村先輩の話を無視してギスギスした雰囲気で作業するよりも効率がよくなるだろうと思ったからだ。


 それよりも野村先輩である。あの全校死にそうな顔選手権を開いたら羽織先生の次点で二位に食い込むであろう野村先輩が、体格も羽織先生ほどではないが小柄で華奢な野村先輩が、二言目にはめんどくさいめんどくさいと言って聞かない野村先輩が、あそこまでスポーツ万能なのだとは知らなかった。本部席から見ていても三年生で一番目立っていたのは先輩だろう。その運動神経、少しでいいから僕に分けてもらえないでしょうか。無理か。無理だよなあ。


「そういえば、柳井さんは元気かい?」

「え、元気ですけど。いきなり何の話ですか」

「いやあ、跡継ぎ候補を探すのはめんどくさいんだけど……いい人が見つかったからさ。様子を知りたくて」


 なるほど。星洋高校生と会長選挙の候補者枠は前生徒会長の推薦枠と立候補枠からなると記憶している。野村先輩は柳井を推薦候補に考えているのだろう。


「あいつを次期会長に推薦するんですか?」

「彼女以外にいないよ。ほかの人を推薦してもいろいろめんどくさそうだし」


 野村先輩は初めて柳井と会った時も、柳井を時期生徒会長にしたい雰囲気を醸し出していた。多分、先輩はこのまま柳井に生徒会長の座を受け渡したいと考えているのだろう。実際、柳井はそのうちこの世の真理をつき止めて人類の歴史に名を刻むのではないかと思うほど頭がいいが、物事を面白いか面白くないかでしか判断して行動しないことが玉に瑕だ。


「まあ、あいつはかなり気分屋だと思うんで……生徒会が面白いと思えば推薦を受けると思いますけど、正直どうなるかなんて分からないすよ」

「うーん、そうか。何かめんどくさいなあ……」

「生徒会長。口ばかりを動かさないで作業をしていただけないかしら? 瀬野くんもよ」

「ああ、悪いね伊月さん」


 野村先輩との会話に伊月が割って入ってきたので、僕は何となく伊月に言葉を返してしまう。


「おい伊月、お前の班の撤去は終わったのかよ」

「あなたたちが最後よ。ほかの先輩方も手伝ってくれているのに気づいていないの?」


 言われて周囲を見渡すと、いつの間にやら撤去に参加している人員が増えていた。相変わらず僕は関係性のない人たちには無関心なようだが、そんなことは気にしない。


「おう伊月、瀬野、ちょうどよかった。ちょっといいか」


 余計なことを考えていたところ、背後から声をかけられた。松葉先生ほどではないが、ある程度の威圧感を帯びた低音ボイスに振り返る。


「あら、お久しぶりですね」

「中根先輩と……何であんたが」


 そこに立っていたのは中根先輩と、がっしり肩を組まれて連れてこられた様子の佐伯先輩だった。正直、もう佐伯先輩の顔は二度と見たくもなかったが、以前本性を現したときの下衆びた顔ではなく、少ししおらしく申し訳なさそうな態度で僕たちの前に立たされていた。


「瀬野、伊月。あの時のお前らとこいつの話はあの後聞いてたからな。こいつには筋をしっかり通させてやる」

「中根、もうこの期に及んで逃げたりしないからさ。離してくれよ」


 言われて中根先輩はがしっと組んでいた方から右手を離す。


「あの……何だ」


 中根先輩は羽織先生並に言葉が出てこない様子でうーん、あれだとひととき唸ってから続けた。


「……本当に悪かったよ。瀬野くん、君にも悪いことをしたし伊月さんには怪我をさせてしまった。反省してる」

「……いや、まあ僕はどうでもいいですけど」


 それは本音だった。あれだけの行為をした人間がいまさら謝ってきたところで、信じられるものだろうか。クズはどこまでいってもクズなのだ。正直、この人に謝られようがどうされようが、もはや僕にとってはどうだってよかった。


 ただ、伊月自身はどう考えているのだろうか。伊月にはあれは単なる事故に見えているのだろうか。ただ佐伯先輩の足下が狂って、中根先輩の足が佐伯先輩に引っかかったことによる事故だと思っているのだろうか。そもそも、いくら柳井から言われていたとはいえ、佐伯先輩の本性があれだけのクズの極みであることを気付いているのだろうか。


「……いいですよ。私の怪我も特に大事には至っていないですし、特に気にしていませんから」


 伊月は二人に告げると、足早にこの場から去って別のテントの指示出しに移った。その態度から、先ほどの僕の疑問に答えは生まれなかったが、きっと何か虫の居所が悪いか、不快な部分があったのだろう。そう想像させる、冷たい返答だった。


「あ、そうだ」


 佐伯先輩が思い出したように言う。


「これ、用具の撤去班が落としたんだと思うけど誰に渡せばいいか分からなくて」

「……預かります。先輩方も撤去に戻ってください」

「ああ、それじゃあな、瀬野」


 伊月につられて冷たく返してしまった僕に一声かけて、中根先輩は去っていき、佐伯先輩も僕にラミネート加工されたA5サイズのプリントを僕に渡して、中根先輩の後を追って去っていった。


 裏面は白紙になっているラミネート。おそらくこれは、借り物競争のお題用のくじ引きの一つだ。何の気なしにぺらりと表面を確認し、お題を見てみる。


 ああ、そういうことなのだろうか。


 もしも、万が一。可能性の話である。もう一度言う。もし仮に、の話だ。

 伊月がこのお題を引いて僕のことを連れ出したのであれば、伊月との関係性はすでに誠との友情と同格、下手すればあいつはそれ以上に感じているまであるのだろう。昨日、伊月との関係は柳井の仕業によってかなりの太さに膨れ上がったと感じていたのだが、それ以上に伊月から見た僕は意外と信頼されているのかもしれない。


 本当にこれは仮定の話だが、くじ引き一つでこれだけのことを逡巡し、関係性を実感するのだ。これまで否定し続けてきた人間関係というのは、実に単純で難しいものだが、小学生の頃の、いじめに加担した僕が思っていたほど捨てたものではないのかもしれない。


 むしろ、羽織先生の言っていた、今しかできないことをやる。その一つである、誠と伊月と柳井、その個々人との関係性をよくすること。その意味すら、ようやく見出せた気さえしてくる。誠はいつだって僕に気を遣ってくれているし、柳井もいつだって僕のために行動してくれていると言っていた。そして、伊月がもし、このラミネートされてペラッペラの紙切れに書かれた通りのことを僕に対して思っているのであれば、三人との関係性をもっと深めていかなければ、失礼に当たる気さえしてくる。少なくともそう思えるくらいには、誠だけでなく伊月や柳井との関係性すら深いものになっている。


 時代が時代だし、受け取る生徒が受け取れば遠回しにセクハラだと言われても仕方ないのかもしれない。だから、この紙はもしかしたら来年の体育祭実行委員によって破棄されるかもしれない。それでも、僕という個人が前向きになれたのだから、来年以降もこのくじは是非借り物競争のお題の中に混ぜてほしいものだ。


 『今、一番仲のいい異性』のお題を。

ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。


筆者のはしおです。


本当に長い期間かかってしまいましたが、これにてようやく第三章体育祭編、完結となります。


この章は本当に書いていて難しくて、とても勉強になりました。特に途中一年近く続きが書けなくなってしまって、それだけの期間も更新できなかったことはまことに申し訳ありませんでした。


その反面、それでもたくさんのブクマをいただいたり、評価・感想をいただけて非常にうれしかったです。本当にありがとうございます!!


これからもしっかりと物語の完結に向けて頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします!!

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