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050.陸上競技予選会

 突然の応援団解散により、僕達体育祭実行委員のスケジュールは多忙を極めた。次の日もその次の日も下校時刻七時ギリギリまで仕事をして、何とか今日金曜日を迎えることができた。今日の放課後には体育祭の陸上競技予選会。ある意味では今日から体育祭が始まると言ってもいい。


 ただ、それだけ多忙を極めたにもかかわらず僕自身はそこまで疲れているわけではなかった。応援団がある程度円満に解散したことにより、今年の実行委員はなかなかやるんじゃね? という変な評判が学校中に流れ始めたのだ。そして、その噂に乗るように実行委員への参加者が増えた。本当に彼らは現金だと思うけど、実際手が足りていなかったのでかなり助かった。


 そして、今朝のホームルームで昼休みに予選会の計測者を決めるための会議があると連絡があり、ありがたいことに松葉先生のサボったらどうなるか分かるな、という脅迫の甲斐あって、先ほどの昼休みには全クラスの実行委員が初回の会議以来久しぶりに顔を合わせたところだった。


 そして、その会議により僕と伊月がそれぞれ男子、女子の百メートル走の計測員となることが決定した。松葉先生は二レーンずつのコースが校庭の端っこに二列できていると言っていたので、放課後となった今、伊月とそのコースの下見に来ていた。


「百メートル走と言えば体育祭でも華のある競技だけれど、こんな校庭の端っこで予選会をするのね」

 拡声器とストップウォッチ、それに記録用紙を手に持った伊月が小さく言う。

「端っこはいいぞ。誰にも声をかけられない」

「あなた、相変わらずね」


 星洋高校の校舎はアルファベットのT字形をしているが、そのTの角に沿うようにして校庭が広がっていて、その広さは大体百二十メートル四方くらいあるらしい。一応、星洋町という比較的栄えた街の真ん中にある高校としてはかなりの規模の校庭を有している。百メートル走のコースはその校舎から一番離れた、校舎の向かいの辺に設置されていた。


「まあ、本当に気持ちでしかないのだけど、近いほうが女子のコースということでいいわね」

「どっちでも変わらねえよ」


 女子用のコースと男子用のコースの間は二メートルくらいの間があり、伊月はその間に立って男子の様子も見ながらタイムを測定したいらしい。なので僕は伊月と同じ位置になるように伊月の向かい側に立った。


「あとはこのまま出場する生徒が来るのを待つだけね」


 僕たちが位置についてから数分、別の実行委員の生徒が男女それぞれ三十名ほどずつの生徒を引き連れてやってきた。彼らは僕たちと反対側の端っこに陣取り、各々がストレッチなどを始めた様子だった。


『それでは、エントリー用紙の上から順番に競争を開始してください』


 頃合いを見計らって、伊月が拡声器を介して向こう側の連中に声をかける。一組目のピストルが早くなったのは男子のほうだったが、なんだかスタートしてからもたついて仕切り直し、その間に女子の一組目がスタート、十数秒の後に伊月の前に到達し、伊月は二人のクラスと名前を確認してタイムを記入していた。


 それからはある意味ではルーチンワークで、とにかくゴールインする生徒のクラスと名前とタイムを用紙に記入するだけの時間が過ぎる。ただ、その途中で一度、僕の手が止まる。

次の組み合わせの名前がある意味、注目のカードだったからだ。


 記載されていたのは上村誠、そして斎藤武尊の組み合わせだった。野球部主砲の誠と生徒会に所属し、その知性だけでなく、運動もかなり高いレベルでこなすと噂の斎藤。その組み合わせは個人的に注目すべきレースだ。遠目にスタートラインのほうを見てみると、確かに大柄な二人が並んでいて、特に斎藤に至っては遠目で見ても、このクソダサいことに定評のある星洋高校指定の体操服ですら完璧に纏っていて、クソイケメンは何をしてもクソイケメンだと謎の苛立ちを覚えた。てか天はあんなクソイケメンに二物も三物も与えすぎじゃないですかね。


 意味の分からない当てつけのようなイライラを覚えているうちに、スタート側の計測員の手が挙がり、遅れて聞こえてくるピストルの火薬が炸裂する音。音は遅れて聞こえてくるから、手が挙がった時点で計測を始めないと正確なタイムが計れない。ただ、普段厳格な誠に対して、僕はまあまあ厳格にタイムの測定が開始できたと思う。


 そして、十秒ちょっとの時間の後にドタドタとゴールになだれ込む両者。勝負は誠が一秒ほどリードしていた。


「……よお、カズ。……ふう、仕事してっかよ。伊月もな」

「ええ、私は抜かりなく。瀬野くんの世話を焼いている暇がないのが気になるのだけど」

「伊月よ、僕が適当にやってるみたいな言い方はやめろ」


 息も絶え絶えでありながらしっかりと僕らに声をかけてくるあたり、さすが誠は気遣いの男だ。そして、申告されたタイムがここまでで一位だったのを見ると、僕と誠はアツいグータッチを交わした。


「……ふん。友人同士だからって甘めのタイムを付けたんじゃないだろうな」

「いや、そうするとお前のタイムもよくなるからそんなことはしねえよ」

「……つまらん男だ」


 一発勝負の予選会、斎藤は何故か僕に捨て台詞を吐くと校舎のほうに戻っていった。


「てか誠よ、お前四番でキャッチャーの癖に足早すぎだろ」

「高校野球じゃ足が早くないとやってけねえんだよ、特に俺らみたいな弱小高校はな。それじゃ仕事頑張れよ」

「ああ」


 誠と別れた僕はまたその他もろもろの興味のない生徒たちのタイムを測定するルーチンワークに戻る。タイムを申告されるときは特に目を合わせず、それでいてさわやかに対応することで一度話した者同士、という本来生まれる関係性を極限まで忘却の彼方に追いやることができるので、僕は十六年生きて会得した関係構築拒否の技術その三を活用してタイムを計測する。そのいくつまであるのか定かではない。たしか披露したのは二年生になってから三つ目だったはずだ。ん? 一つは柳井との関係構築を拒否しようとした思い出話のときの奴だっけ? いや覚えてないしどうでもいいか。


「瀬野くん? さすがにぼーっとしすぎよ。あなた、体弱いし疲れるのは分かるけど、もう少し頑張りなさい?」


 でたな、唐突な伊月おかあちゃん。本当に唐突に表れるからどうしても甘えたくなっちゃうんだよなあ。僕のリスクヘッジ的思考を潜り抜ける母性はなかなかすごいものがあると思うよ。


 そんな感じでどうでもいいことを考えながら仕事をこなしていたのだが、宴もたけなわ、男子最終組を迎えたところでスタートライン側から大きな歓声が上がる。手元の資料を見ると、その理由が分かった。


 記載された次の組の名前は、中根修人と佐伯雄一。元応援団長の二人による、百メートル走の大取りだ。


「盛り上がっているわね。女子のほうの計測は終わったから、私側の……中根先輩は私が計測するわ。こっちも盛り上がりに合わせましょう。正確に測ったほうが、やっぱり盛り上がると思うわ」

「お前、けっこう粋なことするんだな」

「……私はただ予選会から盛り上がって、みんなに楽しんでもらいたいだけよ。それに、本当に粋なのはこのプログラムを作った松葉先生じゃないかしら」


 無関心を貫いていたが、一つだけ気になっていたことがある。ゴールインした男子生徒たちの一喜一憂がすごかったのだ。そして、誠と斎藤を組み合わせたのも松葉先生だとしたら、先生は同じ学年のライバル、とは言わないまでも本気になれる相手同士を組み合わせたプログラムを組んでいたのだろうか。伊月が言っているのは、たぶんそういう意味だと思う。


 あの松葉先生でさえ、ぶっきらぼうで破天荒に見えるあの先生でさえ、実行委員の一員としてみんなで楽しめるようなプログラムを考えていた、というのはかなり意外だ。


 スタートライン側の計測員の右手が挙がり、遅れて火薬が弾ける音が聞こえる。やはり、応援団長を任されていた二人。これまでの生徒とは全く違う走りで、その姿はぐんぐん大きくなる。そして、ゴールまであと十メートルを切ったところくらいで。


 僕の気のせいでなければ、佐伯先輩の冷徹で非情、冷たく鋭い視線が一瞬だけ僕を捉えた。


 そして視線が切れたとたんに佐伯先輩は転倒し、絡まった中根先輩も体勢を崩す。


「おい伊月! 危ねえ!」

「え……」


 反射的に声をあげたが、時すでに遅し。


 次の瞬間、転倒した中根先輩が、伊月に激突していた。


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