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047.昼休みから仕事とか面倒じゃん

 お昼休み。昼練に向かう誠に匹敵するペースで昼飯を平らげ、僕たち三人はある教室の前に立っていた。僕が心当たりのある人物は、この教室にいる可能性が高い。なので伊月と柳井を連れてきたわけだが、ここに来たとたん伊月の機嫌が一気に悪くなっていた。


「……瀬野くん? なぜわざわざ昼休みにここに来なければならないのかしら?」


 右の眉毛はいつものように跳ねてはいなかったが、めちゃくちゃ不機嫌そうな口調で言われる。


「そりゃ、野村先輩だったら何か知ってる可能性が高いからだろ」


 僕たちがやってきたのは生徒会室。伊月の身辺についてあれだけ調べ上げていた野村先輩のことだ。こういうことをしそうな生徒についても目星がついているんじゃないかと考えたわけだ。


 ただ、もちろんリスクもある。こんなことが生徒会長の耳に入った日には、最悪応援団活動の停止もあり得る。不祥事が起こったならば、活動休止をもって責任をとるのは世の常だからだ。そう言うことを野村先輩が言いだしかねないリスクは、僕の目から見ればやはり否定はできない。それどころか野村先輩に相談する一番の障害になると言ってもいい。


 だけど、今回のこの件に関してはそうなっても仕方がないと思う。むしろ、言いたくはないがか弱い女の子一人を傷つけかねない内容の脅迫状を送ってくるような人間がいる組織を、そっくりそのまま体育祭に送り出していいものだろうか。それは、伊月の掲げる『革新』には沿わないと思う。だから、敢えて僕は二人をここに連れてきた。


「あんまりあの人に借りは作りたくないのだけれど」

「仕方ねえだろ。今の状況でこれ以上の人物はいねえよ」

「ねえねえお二人さん。さすがのあたしにもあんまり話が見えないのだよ」


 僕から柳井に例の競技決めと応援団縮小を話し合ったときの話をしてみたら、柳井は冒頭二割くらいを聞いてすべてを理解した様子だった。一を聞いて十を知れる人っているんだな。なんかちょっと感動した。


「まあ、それならあたしも会長さんに聞いてみるのはアリな気がするなー」


 言ってから柳井は意味深に僕の目を除いてきたので、たぶん僕が考えたリスクに関する部分まですべて理解したのだろう。この天然オーパーツは敵に回るとこの上なく厄介だが、味方にするとこうも心強いのだ。


「……分かったわよ。野村先輩に話を聞いてみましょう」


 言うと伊月自身が生徒会室のドアをコンコンとノックする。すると中から小さな、んー、というようなうめき声が聞こえてきた気がした。


「……何かしら?」

「もう一ぺんノックすりゃいいだろ」


 続けて僕が扉をノック。


『んーんー』


 今度は少し大きめのうめき声が帰ってきたので、扉を開けてみる。すると、一番向こうの生徒会長専用の偉そうな机に、気だるそうに突っ伏す野村先輩以外に人がいなかった。野村先輩はさらにめんどくさそうな様子で、羽織先生には勝てないまでもなかなかに腐ったゾンビのような視線で僕たちのほうを一瞥し、続けた。


「なんだキミたちか……めんどくさいなあ」


 野村先輩はのそのそと両肘を机につき、両掌の上にその小さな頭を置いた。


「あ、あの。初めまして」

「あーキミか。たしか……柳井麗美さんだね。ふわあ」


 大あくびをしながらではあるが、初対面の柳井を言い当てるあたり伊月の身辺調査はかなり大掛かりに行われていたらしい。なんか底が見えない怖さみたいなものを感じるけど、それは同時に今回の状況に強力な助っ人が現れたことも意味する。


「キミはとても優秀らしいねえ。ぜひ私の次の生徒会長に推薦したいくらいだよ……ふあ」

「んー生徒会長……面白そうかなあ」


 柳井はたまに笑顔のまま固まってしまうことがあるけど、生徒会長の誘いを受けて、またその状態になってしまっている。キャラがコロコロ変わる柳井だが、どういうキャラを出せばいいか困っているときにこうなるんじゃないかと僕は勝手に推測している。


「野村先輩。私たちは相談したいことがあってここに来ているんですけど、やる気がないのなら帰りますよ」

「えー、昼休みから仕事とか面倒じゃん……伊月さん怖いよ……」


 僕は見逃さなかった。面倒だと言われた瞬間、伊月の綺麗に整った右の眉毛がぴくりと動いたことを。次の瞬間、伊月は無言で僕から脅迫状を奪い取り、野村先輩の偉そうな机に叩きつけていた。


「今日の相談はこれについてですけど」


 叩きつけられた無機質な封筒を見て、野村先輩の雰囲気が変わる。何か察することでもあったのだろうか、次に野村先輩が口を開いた時には、星洋高校生徒会長としてのあるべき姿に切り替わっていた。


「これは……私の推測が当たっているなら、とても面倒なことになるんじゃないかな。拝見してもいいかな?」

「ええ。どうぞ?」


 伊月に確認を取って、野村先輩は封筒から中身を取り出す。


「これは、どういった経緯で誰に届けられたものかな?」


 経緯については僕が話す。そのあとに、柳井が応援団全員の中でこれを出しそうな人に心当たりがないか聞きに来たのだと付け加えてくれた。


「いや。そうじゃないよ。君達は論点を履き違えているね」


 野村先輩が僕たちの話を聞いて、開口一番否定の言葉を発した。


「常識的に考えて、こんなことをするような連中に体育祭の、しかも大一番ともいえる見世物をさせていいと思う?」

「なっ……」


 やはり。やっぱり論点はそっちになるのではないかと危惧した通りだ。

 野村先輩の言葉を聞いて、一番に食って掛かったのはやはり伊月だった。


「野村先輩。それは応援団活動を全面自粛させるということかしら?」

「当然じゃないか。君には『相応しい人物』の話をしたよね? こんな非道な方法をとるような組織が、星洋高校の看板を背負って体育祭の大一番を彩る。それは君の掲げる『革新』とは全く異なることじゃないかい? それこそ現に君たち三人は今、体育祭をすでに楽しめていないじゃないか」


 言われて言葉に詰まる伊月。当然だ。自分が最もこだわる体育祭成功のためのスローガン。それに反論しようものならすべてが矛盾に帰してしまう。そして、そこについては僕も全くの同意見だし、柳井もおそらくこれだけの情報量ですべてを理解したのか、真面目な表情のまま小さくうなずいただけだった。


「でも会長さん……」

「……ただね。聞いてくれるかい? ごめんね柳井さん」


 数秒流れた沈黙の後、何か言おうとした柳井をさえぎるようにして野村先輩が言葉を続けた。言葉をさえぎられた後柳井のほうからにひって聞こえた気がするけど気にしない。柳井の顔も見ない。怖いもん。


「生徒会はあくまで中立の立場にいるって話もあの時にしたはずなんだよ。だから、やっぱり今回のような実行委員と応援団のいざこざにも、私としてはあんまり口を挟みたくない。いや、伊月さん。君に自身の発言の責任を問うような真似をした以上、私には口を挟む権利すらないのかもしれない」

「おお、会長さんマジかっけーっす!」


 僕たちの理解の数十段も上を行っている柳井がめっちゃ野村先輩にサムズアップしている理由は分からなかったが、柳井もどうやら今の瞬間野村先輩を信頼したようだった。


「そしたらどうするんすか? 結局、生徒会としてできることはなにもないってことすか?」


 僕なりにまとめにかかるようにして言ってみた。柳井と一緒にいる時に展開される高次元な頭脳戦には対応できないため、僕らの理解レベルに合わせてくださいって言うのも行間に含めている。柳井さん行間読んでね。


「いや、そうじゃないよ。この脅迫状を中根くんと佐伯くんに見せて、彼らに判断させようと思うんだけどいいかな?」

「ええ。そうしましょう」


 すっかり発言を控えていた伊月が小さくつぶやいたのがどこか不気味だったが、そのすぐ後には両応援団長を生徒会室に呼び出すアナウンスが流れていた。


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