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046.何か心当たりでもあるのかい?

 翌日。火曜日となり予選会も三日後に控え、なんだか焦ってきたようなそうでもないような変な気持ちで登校。それでなくても昨日、脅迫状という新たな問題が起こったのだ。体育祭の実行委員活動が始まってからかなり重い気分で登校する機会が増えた気がするけど、この学校そんなにブラック企業なの? 松葉先生みたいな人が雇われてるし、羽織先生はいつも死にそうだしさ。


 考えるべきことと余計なことが頭の中で渦巻いていたが、いつも通りを装って教室の後ろ側のドアを開けると、気負う世話になったショートボブが僕の席に座って揺れていた。


「やあやあ瀬野くんおはようなのだよ」

「はよ。……昨日はありがとな」

「うお、素直にお礼とか。瀬野くんらしくないなあ」

「……最近お前らの僕に対する扱いほんとひどくね」


 柳井は僕に席を譲るようにして立ち上がり、空席となった自席に座り込む。


「例のブツは持ってきたかい? 瀬野くん」

「お前が持って来いって言うから仕方なくな」


 夕べ、これをまた学校に持ってきたほうがいいのかどうか柳井と話し合っていた。結果、やはり現物を伊月に見せなければならんということで持ってくることにしたのだが、例えば誠とか羽織先生とか見られたら面倒ごとになりかねない人たちもいるわけで、そのあたりの扱いは丁重に済ませようと、事前に柳井と話していた。


「ようカズ、柳井。おはよう」

「おう。おはよう」

「おはおはー上村くーん。そのまま何も考えずに三浦さんのとこにでも行っててね」

「ああ? なんじゃそりゃ。言われなくても朝練だよ朝練」


 やだー柳井さん誠の扱い雑すぎじゃないですかー。めっちゃいぶかしげな顔してこっち見てますよ柳井さーん。どうしてくれるんですかーやだー。


「なんだい上村くんつれないなあ。せっかく朝からキミの恋路を応援してあげているのにー」

「余計なお世話だよ、ありがとよ。でも今は試合のことが大事だ。少し勝ち進めば土日の試合もあるし、お前らも見に来てくれよ」

「……そうなったら見に行く」

「えっ、あの瀬野くんが休日に外出……?」


 誠は言い残して足早に教室を去る。てか柳井がめっちゃ驚いた顔して口に手を当ててまで僕のほうを見ている件。休日に外出しようとするのがそんなに悪い? まああの伊月と四人で外出して以降週末の誘いは断りまくってるから仕方ないか。休みの日は休みなのでおうちでゆっくり休みましょう。


「……で? 誠はいなくなったぞ」

「まあねえ。上村くんには悪いけど、今回ばかりはあの正義感は余計なおせっかいにしかならないからねえ」


 おそらく誠に例の脅迫状を見せてしまえば、彼は間違いなく羽織先生ないし松葉先生に報告しようとするだろう。柳井が言っていた、行間を読む、とかそういう話じゃなく、そうすることが正義だと妄信し、すぐにでも教師陣に報告するだろう。その結果、万が一にも伊月に何かしらの危害が加えられては本末転倒なのだ。


 ぺちん。教室に響くビンタの音。昨日柳井と話した内容を反芻している間に、伊月はいつの間にか登校し松尾にビンタまで食らわせていたらしい。そしてその音はいつもより一段と甲高かった。


 伊月は松尾を叩くと一目散に右の眉毛をぴくぴくさせながら僕の席まで歩いてきて、ぶちまけた。


「瀬野くん。昨日は本当に好き勝手してくれたわね」


 僕の席の前に腕を組んで仁王立ち状態の伊月。色白で綺麗な顔面の肌も少し赤く染まっているようだったし、相変わらず右眉がぴくりぴくりと跳ねていた。


「まあそう怒るなって。別に実行委員の活動に支障があるわけじゃねえだろ」

「凛ちゃーん。その話は昨日聞いたけどこれは瀬野くんが正解ー」

「な……何よ麗美ちゃんまで……」


 伊月は僕と柳井の表情を一瞥し、そしてそのまま腕組みを解いてため息を一つつき、続けた。


「……そうね。そうだったわ。昨日は私が意固地になってたわよ。ごめんね、瀬野くん」

「いいっていいってー、気にしない気にしない」

「それ僕のセリフなんだけど」


 柳井がすぐに伊月に言葉を返していて、僕はそれにツッコミを入れるにとどまる。たぶん僕はかなりむすっとした言い方をしてしまったと思うが、そんなのはお構いなしに柳井が続けた。本題、脅迫状の件だ。


「でね、凛ちゃん。昨日瀬野くんがちょっとヤバいブツを入手してしまったのだよ」

「ちょっと……ヤバい? ブツ? ……一体何かしら」

「これだよ。一応、他人には見られないように用心してくれ」


 僕は言いながら伊月に封筒ごと手渡す。伊月はいったん教室後部の扉から教室の外に出て、数十秒の後また僕たちの前に現れた。その表情は、いつもの苛立って眉毛をぴくぴくさせるものとは違い、逆に冷静な時の無表情な伊月だった。


「一体これはどういうことかしら? どういう状況で誰が受け取ったものなの?」


 僕が経緯について伊月に話す。大体話し終わったところで、あごに手を当てながら伊月は疑問を口から漏らした。


「でも、なんでこれが瀬野くんの靴箱に……?」


 疑問に答えるのは柳井の役回りである。僕らが理解できるかできないかは置いておいて、柳井に分からないことなんて言うのは人類総出を上げても分からない可能性のほうが高いからだ。


「あー、それなら昨日瀬野くんにも聞かれたんだけどね、例えば犯人が男の子だったとしたら単純に女の子が狙いにくいからって言うのもあるし、同じ実行委員の二人だから特別親密に見えたとか、そんなところを見たとか……」

「な……!」


 言われたとたん真っ赤に染まる伊月の顔面。そしてそれを見てにひっと笑う柳井。あー、これはあれだな。これから柳井のめんどくさいガールズトークが始まる予感しかしない。こと柳井とのそういう話は本当に面倒だ。何せごまかしがきかない。ごまかしても結局は見破られてしまうから、正直に答えるほうが早いのだ。とりあえず覚悟を決めよう。


「あれれ? 凛ちゃん凛ちゃん、何か心当たりでもあるのかい?」

「そ……そうね。あなたに嘘をついても意味がないから……そうよ。そんなこともあったかもしれないわ」

「と凛ちゃんは申しておりますが? 瀬野くんもお心当たりが?」

「……そうだな。僕も正直に答えるけど、……心当たりが全くないことはないな」


 あらーそうですかーあららー、と久々に柳井は大阪のおばちゃんみたいなモードに入り、それからとんでもない質問を僕たちに投げかけた。


「お二人はすでにおつきあいを……」

『してない』

「ならお付き合いする一歩手前だったり……」

『しない』

「……相性ピッタリじゃんか」

『うるさい』

「……なんか妬けるほどハモるねえ。リア充爆発しろー」

「せ、瀬野くん? わざとやってるならやめてくれないかしら? セクハラに近いわよ」

「分かったよ僕もう黙るよ。黙るから柳井さ、話を元に戻そうぜ」

「あ、そうだったそうだった。忘れてたよ」


 柳井は一つ深呼吸すると、また真面目バージョンの表情に戻って言葉を続けた。


「……多分、凛ちゃんもいったい誰がこんなことをするんだろうって考えてるんだと思うけど、まず中根先輩がやったわけじゃないと思う」

「そうね。あの人の場合は、昨日みたいに不服なことがまたあれば殴り込みに来ると思うわ」

「さすが凛ちゃん。理解が早くて助かるよ。誰かさんと違って」

「悪かったな」


 黙っていると宣言してはいたが、悪意ある柳井の発言に反射的に悪態をついてしまう。


「でも、そうすると応援団に関係する人全員にどうしても可能性が考えられてしまうのだけど」

「そうなのだよ。問題はあたし達が応援団のことを知らなすぎるってこと」

「それだと……でも直接応援団の人たちに聞くわけにもいかないわよね」


 僕達は応援団内部の事情に詳しくない。先生たちの力も借りられない。ましてや応援団の人たちに直接聞くなんてこともできない。これらのどのグループにも属さず、しかも学校内の事情に詳しい、応援団の事情に詳しい人物。


「……それならよ、あの人に聞けばいいんじゃね」


 僕はその全ての条件に該当する人物に一人、心当たりがあった。


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