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045.なんで僕なんだ?

 ふう。たまらず吐き出したため息、それは目の前に掲げた封筒を通り過ぎて僕の自室に消えていく。時間は夜。自室のベッドに寝っ転がって蛍光灯に封筒を透かしてみたけれど、やっぱり透けて見えないようになっているんだよなあ。


 僕はこの封筒の中身が甘い言葉で愛を語ったラブレターだなんて思っていない。そんな楽観的な感性を僕は持ち合わせていない。そもそもこれだけ色気も味気もない無機質な白の封筒に、そんな恋だの愛だのは語りきれないと思う。


 靴箱でこの封筒を見つけてから、僕はこれを開けるべきかどうか非常に悩んでいる。内容によっては羽織先生なんかに相談しないといけないレベルのものかもしれないし、ただのいたずらの可能性もある。いや、結論から言えば開けるしかないのだが、踏み込んではいけない所に足を踏み入れそうで、それを躊躇っている、要は逃げている自分がいる。だから、開けなきゃいけないのは分かっているけど、その上で面倒ごとに巻き込まれたくない一心との間で葛藤が起こっているのだ。


 そんな葛藤の最中、枕元に投げ出していたスマホが鳴る。あて名は柳井麗美。あの魔女め、なんでこんなタイミングで僕に連絡をよこせるんだ。何か千里眼的な特殊スキルでも持ってたりするの?


「……はい」

『やあやあ瀬野くん元気かね。あれ、何か久しぶりにちゃんとお話しする気がするよ』

「いつも昼飯食ってんだろ」

『それはーそうなんだけどねー』


 柳井のテンションは結構高めだった。独特なアクセントも二言目には出ていたし、特ににへっと狂気に染まる様子もない。


『いやー凛ちゃんから話を聞いてねえ。中根先輩の殴り込みにあったそうじゃないかー』

「まあな」

『そのあとちゃんと羽織先生にも報告したそうじゃないか。しっかり凛ちゃんのこと支えてくれてるんだねー偉いぞ瀬野くん!』


 やたら上から褒めてくる柳井に変な苛立ちを覚えて、仰向けの身体をうつぶせに向けかえる。そしてこれ以上なく面倒そうな声色で言葉を返す。ほんと今面倒だから電話置いてくれないかな柳井さん。


「……で? 用件は? ないなら寝る」

『ふーん? 瀬野くんさては何かあったようだね。この反応は……結構な面倒ごとじゃないかな?』

「お前マジで何なの」

『その反応は正解だね? いやいや簡単な推理だよ。電話切ろうとするのも早すぎるし、まだ寝るにも早すぎるしね。さすがに八時過ぎに寝るはないよー瀬野くん』


 相変わらずの良くわからない柳井の解説が炸裂し、僕の唇はこれ以上ないくらいにひん曲がっていたと思うが、たぶん柳井は僕がこういう面倒ごとのさなかにあることを伊月と話したことで察して電話してきていると思う。柳井にごまかしは通用しない。いったんここは簡単にことの顛末を話すほうが早そうだ。そしてこう考えていることすら柳井の術中にはまっている気がして腹が立つ。


「実は……帰り、靴箱に変な封筒が入っていた」

『ラブラブラブレターだ! 瀬野くんやるねえ! お赤飯用意しなきゃ』


 おどけた様子で柳井が言うので、それをただすように強めの口調になってしまう。


「違えよ。どう見てもラブレターじゃねえだろこんな事務用の封筒」

『どう見ても? なんだ、まだ中身見てないんだ』


 急に放たれる低音。その響きがずしんと心臓に圧力を与える。こうなった時の柳井のヤバさは、もう何度となく経験している。


「いや、だってなあ……」

『瀬野くーん、逃げちゃ駄目ー』


 本当に柳井は人の図星を突くのが上手いというか、他人の考えることが手に取るように分かるのだろう。僕が封筒の中身から逃げていることさえたったこれだけの会話の中から見出してしまう。さすが天然オーパーツ、ぜひとも文明の発展にその頭を活用していただきたい。


『開っけーろ! 開っけーろ!』

「うるせえな……開けるよ」


 スマホをスピーカーモードにして両手で封筒の端っこをちぎる。勢いに任せて中身を引き抜き、二つ折りにされていた中身を開く。


「……おい柳井。これは……マジでやべえ」


 開いた瞬間に背筋が凍った。文面、いや、まずはその見た目から放たれる狂気に声が震える。雑誌や新聞の切り抜きを一文字一文字貼り付けたような、よくドラマで見るような脅迫状そのものだ。さらに不味いのはその文面。その文を呼んだ僕の頭の中は、一瞬真っ白になりかけていた。


『瀬野くん? どうしたの?』

「あ、すまん柳井……ちょっとな」

『大体状況は察したよ。落ち着いたら文章を読んでくれないかな。あたしも内容を知っておきたい』


 自分を思いのままに操りたい時の柳井はカナリアから見た猫のように絶対的に歯が立たない相手だが、協力的な柳井ほど心強い味方はいない。僕は一つ深呼吸をして、狂ったように乱雑に切り貼りされた脅迫状を読み上げる。


「応援団活動を元に戻せ。さもなくば伊月の無事は保証しない……って書いてある。見た目は……ドラマでよく見る脅迫状と全く一緒」


 震える声と手で何とか手紙を読み上げる。内容を聞いた柳井は、しばしの沈黙の後言葉を並べた。


『……まず、たぶんだけどこれをやったのは中根先輩じゃないと思うよ。話を聞く限り、だけどあの人は直情的な人でこんな回りくどい真似はしないと思う。でも、だからこそ今の段階で言えるのは中根先輩以外の応援団全員がこれを書いた可能性があるってことになっちゃうんだよね』


 正直、柳井の推論は僕の頭の中に留まらず、完全に頭の中から抜けていっていた。なぜなら、この文章を読んだ瞬間頭の中に浮かんだ疑問、そればかりが脳内でハウリングし続けていたからだ。


「……なあ柳井、なんで僕なんだ?」

『んー、例えば同じ体育祭実行委員だから犯人からかなり凛ちゃんと瀬野くんが親密に見えたとか、凛ちゃんのお兄さんやお父さんは応援団の人たちにとってはすごい人だからその娘さんであり妹さんに直接脅迫はできないとか、考えればいくらでも理由づけはできるよ。犯人が男子なら、単に女子だから狙いづらい、って線もあるしね』


 正直僕は気が動転しまくっていた。だけど、柳井は事態を想定していたのかかなり冷静に、僕が落ち着きを取り戻せるように努めて冷静に淡々と話を続けていた。


『……とにかく、この件は他言無用で。羽織先生にも言っちゃダメ』

「……なんでだよ」

『瀬野くーん、腐っても星洋高校の二年生なら行間を読むくらいしたらどうかな? 応援団活動を元に戻せ。さもなくば伊月の無事は保証しない。この二文の間にはもちろん先生どもに知らせるな、って文章も含まれているんじゃないの?』


 言われてみればそりゃそうだ、と思える。わざわざこういう行動をとった裏には、当然そういう内容が含まれていることを前提に動かないと危険だ。これぞまさしくリスクヘッジ、それすらも忘れてしまうくらい僕は動転してしまっていたらしい。


『まあ、そう思ったからあたしも体育祭の事情に首をツッコもうと思ったわけだしね。さすがにこれは瀬野くん一人でどうにかできる問題じゃないでしょ?』


 悔しいが柳井の言う通りである。応援団ほぼ全員が容疑者だなんて、僕一人で解決するには十分すぎるほど難しい問題だ。それなら、せっかく柳井麗美というスーパーコンピュータまがいの頭脳を持つ協力者に協力を仰いだほうがいい。


「……悪いな。本当は僕ら実行委員だけで解決するのが正しいかもしれないが」

『いいってことよー瀬野くん。何より凛ちゃんが危険って話なら、友達として協力しないわけにはいかないってもんだよ』


「それはそうだな」

『で、結果的にこの脅迫状がラブラブラブレターに進化するんだ』

「それはちょっと何を言ってるか分からん」

『えー、瀬野くんつまんなーい』


 それからしばらく柳井がくだらないジョークを連発してくれたおかげで、僕はその日落ち着いて眠りに落ちることができた。


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