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035.珍しくご明察よ

 その日は朝から柳井のあの何を企んでいるのか分からない恐怖の笑顔を見てしまった以外は特に大きな変化もなく、伊月と柳井が特に何か言い争ったり相談にふけったりということもなく普通に帰りのホームルームまでたどり着いた。


「えー……あと……あれだ。終礼後、伊月と瀬野は昨日と同じ第二自習室に行くように」

「うい」

「分かりました」


 羽織先生も特に疲れた様子もなくいつも通りは気のない声で終礼を淡々と進めていた。朝から柳井が変なことになった以外は特に変わりのない一日なので、このまま普通に一日が終わって第二自習室へ行こうと思っていた。


「あー……あとは……あれだな……応援団活動だな。部活、実行委員活動どちらもしない奴はこのまま教室に残っておいてくれだそうだ」

「……いや先生、あれマジ横暴っしょ。てかまだオレ紅組か白組か知らねっすよ」


 教卓のすぐわきに座る松尾が反射的に文句を言う。ってかよくそこまでやる気のなさそうな座り方できるな。あの野村先輩でさえ座る姿勢だけはしっかりしていらっしゃったぞ。


「今朝伊月さんの言っていた指針と違った活動じゃないんですか」

「そうだそうだ横暴だー!」

「それに応援団って怖くて嫌ですよ……」


 それに続けてどちらにも参加しない川村さんが、柳井が、加藤さんが文句を続け、ほかの生徒たちが後を追って堰を切ったように騒ぎ立てる。おいおいどうしたどうした、みんなこんな騒いじゃって。先生怒っちゃうよ? 羽織先生って怒ると結構怖いんだよ? あの学校謹慎告げられた時はマジでびっくりしちゃったしさ。


「ええい黙らんか! あの……あれだ……応援団は義務じゃない。だから……あれだよ……君らが拒否すればいいだけだろう」


 羽織先生がうなることなくすっと言葉を出して、しかも結構な音量だったせいで教室中の生徒の文句がぴたりと止んだ。普段怒る様子が全くない人がいきなり起こると怖いよね。分かる分かる。


「君たちは……そうだな……大人ではないが、大人にどんどん近づいていっている。そういう意味ではもう子供じゃないんだ。だから……何だ……ああ、自分たちの行動に責任を持ちなさい。そうだな……あの……どうだ……やりたいものはやりたい、嫌なものは嫌だと胸を張って言うんだ。あの……あれだな……高校生活は言ってしまえば大人になるための準備期間なんだよ。なので……そうだな……自分のやりたいようにやること、それを貫き通すことは、今の君たちにはすごくためになることだな。そして……それは……今だな……今しかできないことだ」


 珍しく羽織先生がクラス全員に説教じみたことを言うので、生徒たちは逆に素直に聞き入れている様子だった。かく言う僕も羽織先生の割にはいいことを言ったと思う。確かにあの野外活動の時、羽織先生は似たようなことを僕に言っていたが、それでずいぶん成長させてもらった実感がある。


「まあ……あれだよ。私は決して応援団からの回し者でもないし、君たちを預かる担任だ。だから……あの……その立場から言わせてもらえば、成績落とすくらいならやめてほしいんだがな、応援団の勧誘」


 川村や松尾の表情は席の位置的に見えないが、柳井の表情は少し見える。あのすべてを自力で導き出して、他人の言うことさえ論破し正しく導くきらいがあるあの柳井も、珍しく人から言われたことに納得しているような表情をしていた。


「みんな……あれだな。それなりに納得したり覚悟が決まったようだな。それじゃ、ひとまず部活生と実行委員はここまででおしまいだ」


 先生がそう言うので、ひとまず学級委員の女生徒が起立礼を言い、その場はひとまず解散した。



  ◇   ◇   ◇



「おい伊月。応援団っていったい何なんだよ」


 第二自習室へ向かう道中、僕は伊月に問いかけていた。いつもより速足の様子で僕の前を歩いていた伊月がその問いかけにぴたりと止まるものだから、華奢な伊月の身体に激突するところだった。伊月が来るりと振り返ると、距離が狭まった僕の顔を下から睨み付けるように、その名の通り凛とした意志の強そうな両瞳が僕を捉える。


「あなた、みんなの反応を見て分からないの? あれは悪しき伝統であり諸悪の根源の類よ」

「いやまあみんな必死だったしそうなんだろうけどよ。羽織先生があそこまで言うなんて尋常じゃねえだろ」


 尋常じゃない、という僕の発言に伊月の右の眉毛がぴくりと動く。久しぶりに見たが、これは確か伊月が起こった時のサインだ。リスクヘッジのために人間観察を怠らない僕が見つけたものに間違いはない。てか僕、何か伊月さんを怒らせるようなこと言いましたっけ?


「そうよ。尋常じゃないの。応援団の勧誘は。羽織先生は義務ではないと言っていたけれど、帰宅部の生徒はあの後出口を応援団の先輩方に封鎖されて加入するまで帰れない羽目に陥るのよ。それが悪しき伝統のその一とでも言っておこうかしら」


 言い放つと伊月は僕の顔面から視線をぷいっと外し、また速足で第二自習室へと向かっていく。僕はこれ以上差を広げられないように、慌てて伊月と歩調を合わせた。


「いやそれはいかんだろ。常識的によ」

「ええそうね。あなたも知っている通り、応援団の演武は、それ自体は目を見張るものがあるわ。でも、彼らはそれを今から五週間で練習するの。あの完成度まで持っていくのだから、猛練習をするのだと思うわ。強引に勧誘したみんなはそれだけの練習を課せられて、果たして体育祭が楽しいかしらね」


 そんなのは僕にだって分かる。答えはノーだ。無理強いでの過負荷なんて、そんなのはストレス以外の何物でもないじゃないか。そして、そんな現状を抱える体育祭をこのまま実行したとして、果たして伊月の言うような盛り上がる体育祭になるだろうか。なるわけがないじゃないか。


「だからああいうところに『革新』が必要だってお前は言いたいのか」

「そうね。珍しくご明察よ」


 なんだ。結局柳井の言う通りになってるじゃないか。


 伊月は結局、応援団の規模を縮小して、その上で体育祭を盛り上げたいと言っている。それは、柳井から得たヒントから僕が推察した答えとぴったり重なる。ということは、結局伊月は今回の体育祭を、親父さんや兄さんを超えるために活用しようとしている。要は私情でどうにかしようとしている可能性がある、ということだ。さすがにそれはアウトなんじゃない?


「お前さ、なんか良からぬこと考えてねえか」

「考えているわけがないでしょう。失礼ね」


 今度はこちらに振り返ることもない即答だった。すぐにムキにならないあたり、本当に今はそこまで考えていないのかもしれない。おそらく伊月は、図星をつかれるとすぐに怒り出すタイプだと思う。プライド高いからね。


 そうこうしているうちに僕たちは第二自習室の前まで到着していた。


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