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030.雪が降るかもしれないわ。今すぐ

「おい。お前は何委員だったっけか」


 朝礼が終わると、僕は一目散に伊月の席、黒板に向かって教室一番右の前から二番目の席へ詰め寄り、伊月に声をかけていた。少なくとも体育祭実行委員はクラスに一人のはず。だから僕と一緒に実行委員活動に参加する人物はいないはずだった。せっかくクラスから一人で体育祭へ積極参加しようとしていたのに、伊月と一緒に行動するとなると伊月凛ちゃんファンクラブの妨害活動に遭うかもしれないリスクが発生してしまう。これは逃げではなくれっきとしたリスクヘッジである。


 別に伊月と委員会に参加する、というのはいいんだがクラスから二人で参加する、という字面がよくないのだ。


「何って体育祭実行委員よ。あなたと同じね」


 机から次の時間の教科である物理の教科書を出しながら、ぶっきらぼうに伊月は答えた。


「それはねえよ。クラスから一人だけ参加だったはずだ」


 これには間違いなく自信がある。かつての僕は、特に伊月と柳井とは絶対に同じ委員会活動をしたくなかった。だが、その二人だけを回避するように選ぶと角が立つので、誰も立候補しないであろう一名だけの委員会、ということで体育祭実行委員を選んだのだから。


「いや……違うな。いや、そうなんだよ。確かに一人だけだった」

「先生どういうことっすか」


 次の時間が物理ということで教室をぶらぶらしていたのであろう羽織先生が会話に参加する。


「だが……その……あれだ。伊月はもともと図書委員だったが、クラス人数の兼ね合いで図書委員の頭数が半端でな。だから……その……あれだよ……体育祭実行委員の人数が足りないってことで、伊月には委員会を変えてもらった」


「というか、私はもともと体育祭実行委員がしたかったのに、あなたが鬼のような速さで立候補するからよ」


 え、何なのこの人僕のストーカーか何かですか? どうしてこう行く先々で僕の目の前に立ちはだかるのだろうか、この伊月凛という女は。伊月との関係を見直しはしたが、そんな運命めいた何かの導きは必要ない。


 てか、伊月は学業だけではなく体育、運動の成績もいいと聞いている。そんな伊月が体育祭の実行委員をやりたいとはどういうことだろうね。僕には理解できない。運動ができる奴は普通に体育祭に出ればいいのだ。


「てかお前運動できるのに実行委員がやりたいってどういうことだよ。できる奴は胸張って出ればいい」

「こっちにも事情があるのよ。やりたいんだからやりたいでいいじゃない」

「あー……あれだ……伊月の言う通りだ。その……あれだよ……女子のプライベートをあまり詮索するなよ、瀬野君よ」


 胸のふくらみに乏しい二人が胸を張って言ってくるので、僕はつい複雑な気分になって黙り込んでしまう。自分で胸張れって言っておいてこの状況だからなおたちが悪い。


「あなた、何か失礼なことを考えていないかしら?」

「おお……そうだな……伊月よ。お前も瀬野の扱いが分かってきたな」


 僕の頭の中を読める女は柳井だけで十分なのでそれ以上はやめてくださいお二人さん。


「まあ……とにかく……あれだよ。二人で協力して、いい体育祭にしてくれよ。しかし……あれだな……今年は問題児ばかりだからな……その……上手くいくといいが……」

「え、実行委員ってそんなヤバいところなんですか」


 問題児の匂いには相変わらず敏感で、そんなところに行きたくない気持ちもひしひしと湧いてきている。体育祭実行委員なんてする人は基本おとなしめの優等生じゃないの? それもあったからこの委員会活動を選んだのに。


「まあ……今年は……あれだからな……生徒会長含め生徒会にまともな奴がいないからな。あの……あれだよ。実行委員と生徒会の二人三脚で成り立つのが体育祭だから……その……少し心配する部分もある。だが……しかしだな……そのおかげで逆に学校運営がうまくいっている部分もあるから、大丈夫だと思うが」


 ヤバいのは実行委員側ではなく生徒会側だってことか。てか、生徒会長なら去年体育館に集めさせられて演説を聞いたが、たしか野村奈央という綺麗めな三年の先輩が生徒会長になったはずだ。その演説もきれいにまとまっていて、その美貌とトーク力で生徒会長になったのも当然かって誠と話したものだ。その先輩の頭がぶっ壊れているとは、到底思えない。


「先生、確か野村先輩はそんな方には見えない人だったと思うんですけど。私の勘違いかしら」

「まあ……確かに……あいつ自身は無害だな。というより……あいつら全員有害無害という感じではないんだが……あれだ……あれだよ……上手く言えん」


 うーん、あれだと唸りながら、結局くは言葉をひねり出すあたりさすが教師だと思っていたが、そんな先生でも適切な表現が出ないような壊れ方をしている、ということなんだろう。とりあえず、まともな先輩ではなさそうだ。これ以上僕の周りにぶっ壊れた人物を近づけないでほしいんだが……。


「うーん……しかし……君たちも不安だろうが、会ってみるとそんなでもないと思うだろう。そろそろ……あれだ。授業が始まるぞ。席に戻れ、瀬野くんよ」

「はいはい分かりましたとも」


 先生に言われて席に戻り始めると、一限目の開始を告げるチャイムが鳴った。



  ◇   ◇   ◇



 昼休み。前の座席のナントカさんの机を僕の机につけて、隣近所から椅子をさらに二つ追加し卓を囲むようにしていつもの四人で飯を食うのが最近の日課になっている。いつも柳井は自由奔放で、伊月の作ってくる弁当を突いていて、僕はそんな柳井をやめてやれと制する。誠はそれを笑ってみている、そんな風景がいつもの光景だ。


「しかし、俺にもあの野村先輩がそんな変人には見えねえけどなあ」

「あたしもそんな変な噂、聞いたことないしねえ」


 おのおの昼飯を食べ終わった後、放課後が心配な僕と伊月が生徒会長について柳井と誠に話を聞いていた。


「あ、そう言えば上村くんさ、三浦さんとはそんな話しないのかな?」

「な、なんで三浦さんの話が出てくるんだよ」

「そりゃああんなに仲良さげに毎日話していればねえ」

「仲良さげ、ねえ……」


 そういえば誠はその三浦先輩という人が好きらしかった。友人としてその話題にも興味はあるが、今はその話を広げている場合ではない。


「あー……その話は誠頑張れとしか言えんから、とりあえず野村先輩なんだが」

「私も三浦さんの件は応援しているけれど、羽織先生のあの悩んだ様子は尋常じゃないわ」

「お前らさらっといい奴らだな」

「あとでいじいじ弄りまわすよー覚悟しろー」


 ちょっと照れた様子の誠を突っつき回している柳井を眺めながら、話を戻す。


「でもでもー、ほんとに悪いうわさは聞かないよ。むしろ環境がよくなったよーって声が多いくらいみたいだし」


 柳井が茶髪のショートボブを揺らしながら答える。


「麗美ちゃんでもその状況で先生がそう言う可能性、みたいなものって考え付かないかしら?」


 伊月はいいことを訊いた。使えるものは使うべきだ。柳井麗美という天然オーパーツが目の前に存在しているのだ。その能力を使わない手などない。柳井ならちょっと考えれば可能性の一つ二つは考え付くだろうし。


「んー、例えば生徒会として表舞台に立つときは猫を被ってて、そのヤバさ……みたいなのがあたしたちに伝わってこないとかかな?」

「なるほどな。俺たちに見えてるのはあくまで上っ面だけってことか」


 誠が頷きながら相槌を打つ。


「じゃあ何で羽織先生は上っ面じゃない中身を見てるんだよ。生徒会として教師と話すときこそ猫被るだろ」


 とりあえず回る頭をさらに回させようと思い、疑問に思ったことを訊いてみる。


「それは……例えば、野村先輩が一年生の時の担任が羽織先生だったとか、先生と生徒会じゃなくて、先生と生徒として話す機会があったんじゃないかな」

「なるほど。そういう機会が一つでもあれば、先生の立場なら意外と生徒の本質って見えるものなのね」


 言われてみれば確かにそうだ。野外活動の件から伊月が完全復活したのも、羽織先生による入れ知恵によるところが大きかった。先生という立場からなら、意外と簡単に生徒の本質というのは見えるのだろう。僕自身も、リスクヘッジを逃げる口実に使っているという本質めいた部分を先生から教えてもらったところだ。


「ということは、意外と先生が言うようなところって私たちには見えない可能性のほうが高いのかしら? ようは、学校環境をよくする正しい生徒会としての在り方で接してくれる可能性が高いってことよね?」

「さっすが凛ちゃん。あたしもそう思うよ。だから、瀬野くんや凛ちゃんがそこまで考えることもないって思うな。どう? 瀬野くん」


 今まで黙って聞いていた僕に意見を求めてきた魔女。柳井麗美という存在がそう言うということは、つまりそれで間違いはないということである。だから僕は、信頼と尊敬と、若干の畏怖の念を込めてこう答えよう。


「お前がそういうんだからそう言うことなんだろ。ありがとよ、少し楽になったわ」

「ええ、瀬野くんがお礼を言うなんて……」

「明日は嵐だな」

「いえ、雪が降るかもしれないわ。今すぐ」


 なぜかお礼を言っただけで三者三様に驚かれる相変わらずの扱いの悪さだが、それがなんだか心地よい気もして、それから僕は何のストレスもなく放課後を迎えることができた。


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