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016.あいつらと仲良くなる理由が欲しい

 次の日の火曜日。いつも通り登校した僕は、いつも通り誠と話をしていた。話題は例の伊月の生い立ちの件。誠も羽織先生から部活後に話を聞いたそうだ。


「いやしかしなあ……あいつん家は思ったよりめんどくせえんだなあ」


 ひとしきり話をし、誠が感想めいたことを呟く。その通りだと思う。彼女がここまでの絵にかいたようなお嬢様であることは想定していなかった。いや、ルナーズの個室で無料飯食ったくらいから想定すべきだったが、目をそらしていたのかもしれない。


 結局、僕の迷いも消えていない。できてしまった四人の関係性を受け入れるべきなのか、それとも今まで通り人間関係というのはクソだと開き直り、リスクヘッジにこだわり続けるべきなのか。以前の僕なら迷いなく後者を選んでいただろうが、ここまで悩み続ける理由も分かっている。

 分かっているけど、羽織先生風に言えば、僕にはどちらが正しいことなのか分からない。どちらを選んでも、それ相応の対価を支払わなくてはならないのだ。


「ま、伊月の奴が今日どんな態度で学校に出てきて、どう過ごすかってのを見てみねえと分かんねえか。柳井の意見も聞きたいしな。そろそろ二人も来る頃だろ……っておい、話聞いてんのかカズくんよ」


 正面のナントカさんの席に座った誠が僕の頭をぺちりと叩く。そのおかげで昨日から抱えている心のモヤモヤから現実世界へ戻ってくることができた。


「あ? ああ、何だって?」

「えーお前マジで話聞いてなかったのかよ」

「悪い。少し考え事しててさ」

「お前ほんとに頼むぜ……もうすぐ伊月と柳井が来るだろうからよ、柳井の話も聞いてからさ、三人で本人に話聞こうっつってんの」


 誠は本当に呆れたと言った様子で頭に手を当てて天井を仰いでいた。


「で、カズくんよ。お前は何に悩んでんだよ、らしくねえな」


 誠は僕に向き直り、真剣な眼差しで聞いてきた。羽織先生と同じく真面目そうな眼鏡の奥からは、羽織先生と正反対の正義を見据えるきりりとした視線が向けられていた。


「いや……別に僕は」

「お前さ。俺のこと信頼してんだったら俺にくらい話してよくね? 信頼って言葉の割に悩みとか話してもらえないってのは、意外と傷つくんだぜ」


 本当に誠の悪い癖だと思う。自分が正しいと信じたことに対しては頭が固く、余計なおせっかいまで焼いてくる。その上逃げることは許さない。こうなったら話したほうが早い。柳井のおせっかいが緻密に計算されつくしたうえで成り立つ柔のものだとしたら、さしずめ誠の焼く力技のおせっかいは剛のものとなるだろう。てか二人とも僕は一人で平気なのでこういうことやめてくれない?


「……分かった話すよ。話せばいいんだな話せば」

「そうだそうだ、はやくしろい」


 誠はいたずらっぽく笑いながら僕に相談事を話すよう催促する。


「……話しづらいんだがな。少し照れるわ」

「いいから話せよ」


 四人でいることが楽しいって言おうとして何か恥ずかしくなってしまった。こういう時は深呼吸。てかなに僕誠相手に恥ずかしがってんの。普通に話せばいいじゃんかよ。


「最近僕は……四人でいると楽しいと思う。でもやっぱり伊月や柳井ともっと仲良くなることには抵抗があってさ。だから、何も決めずに伊月の家庭の事情に深入りするってことはしたくなくて。伊月の件に僕が足を踏み入れるなら、あいつらと仲良くなる理由が欲しい」

「おっと思ったより一気に話したな。何だ? お前まだ柳井にも抵抗あったのかよ」

「ありありだろうが。あんな恐怖の天才女」

「確かにあいつは底知れん怖さがあるな」


 誠は僕が柳井について述べた感想にゲラゲラと笑い、答えを続けた。


「ま、俺は前から言ってるけどよ、お前は俺以外の誰かと仲良くなるべきだよ。だから俺は柳井や伊月と仲良くしてほしいと思うよ」


 そりゃ、誠に言ってもそういう答えしか返ってこないよな。


「なんだよそのつまらんそうな顔は。ただな、お前がちゃんとした理由を見つけて伊月や柳井と離れるってんなら俺は止めない。止められないさ。逆に、俺たち四人で仲良くするのなら、それにもちゃんと理由を見つけてほしい。お前の言ってる理由が欲しいってのが大事だな」


「僕はそこが聞きたくて言ってんだが」


 言うと誠は大きくため息をつき、また額を右手で覆って続けた。


「カズくんよ、そういうのは自分で見つけるもんだろうが。行動の理由を見つけて、これまでよりいい方向に進める。それが成長ってもんだろ。そのための理由づけってのは、お前自身が見つけないと意味がねえよ。だから俺が言いたいのは、しっかりと伊月や柳井と向き合って、どちらの行動をとるにせよちゃんとした理由を持って行動しろってことだ。逆にそうしねえと後に残るのは後悔だけだ」


 そうだ。後悔はいつも先立ってはくれない。僕がリスクヘッジにこだわる中で見つけたことの一つだ。しっかりとした理由を持った行動が、後悔を残す危険性を消すのだと誠は言う。それなら、僕はどうしたいかしっかりとあの二人と向き合って決めるべきだろう。

 誠は信頼できると思っている。やはり今回も誠は僕に進むべき道を示してくれたと思う。少しの迷いが吹っ切れた気がした。


「ああ……おはよ……」


 突如僕から誠を見て右上から聞こえてきた死にそうな声に顔を上げると、同じく死にそうな顔をした柳井が立っていた。その顔は年頃の女性がしていい顔じゃない。今すぐ改めなさい! って言いそうになっちゃうくらい、普段は可愛らしい顔がぶちゃっとなっていた。


「柳井お前顔死にそうだぞ」

「いやーいつも死にそうな顔の瀬野くんに言われましても。あと上村くん、三浦さん来てるよ」

「マジか行ってくる」


 言われて誠は席を立つ。柳井はその空いた席に腰掛けた。たまに見る光景なので、不意に言葉が口をついた。


「三浦さんって誰なの」

「知らない? 野球部のマネージャーで三年生の女子の」

「知らねえし興味もねえ」


 柳井の顔が興味ねえなら聞くんじゃねえって感じにひん曲がった。ごめんって興味もないのについ聞いちゃったのは謝るから。


「……あたしの見立てでは上村くんは三浦さんに気があるね」

「ええ……誠が恋愛って想像つかんな。どうでもいいが」

「ごめん今日のあたしは瀬野くんが楽しくなるような話できないや」


 え、何それ。いつも気を遣って僕が楽しくなるように朝から話かけてるの? 何それ怖い。気分がよくなったちょうどそこからいいように使われてる気がしてほんと怖い。


「別にいいけど。何? 疲れてんの?」

「瀬野くんに心配されてしまった! 今日は雪か!」

「確かに普段そんな他人の心配とかしないけどさ、そこまで言う?」


 言ってから気づく疑問。なぜ僕は柳井を心配したんだろう。関係性を深くするような行為を、なぜ自分から行ったのだろう。


 答えは多分、伊月凛が気になるからだ。伊月は本性を現してから、大体柳井と同じくらいの時間に登校してきていた。だが、今日は来ていない。逆に、本性を現す前はどうだったかというと、確か朝礼の十分前くらいの結構ギリギリの登校をしていたと記憶している。伊月と柳井のケンカが始まってすぐ羽織先生が教室に来たのを覚えているので、たぶん間違いない。


 柳井はそれに僕らよりも相当早く気づいていて、下手したら昨日からずっと気にしていたのだろう。そして、現に伊月はまだ学校に来ていない。


「不安なんでしょ? 伊月さんがまだ学校に来てないことがさ。で、昨日一緒に話を聞いたあたしが疲れ切ってる。自分はそうでもないのに、同じ気持ちの人が疲れてたらさ、なんか気まずくて気でも遣いたくなるよねえ」

「お前ほんと魔女な」

「お、でたな褒め言葉。ちょっと元気になったよ」


 柳井がニコッと笑う。今回はあの真っ黒な笑顔ではなく、純粋な笑顔だ。そうそう。お前とか伊月は元の素材がいいんだからそうやって笑っとけ。


 その次の瞬間、教室前方の扉が開いた。


 遅れて、伊月凛が教室に入ってきた。僕と柳井は反射的にその姿を視界にとらえる。

 その姿は、その名の通り凛としたお嬢様のオーラを纏った、他を圧倒し羨望の眼差しを集める、かつての姿に戻っていた。


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