013.伊月と仲がいいそうじゃないか
そんな気の迷いとともに、翌日曜日は怠惰の極みと言っても差し支えないような浪費に費やしてしまった。いや、ゴロゴロしてスマホいじったり寝てたりしたら終わってしまう休日ってあるじゃん? あるよね? 何かいろいろする気力がわかなかったんだ許して。
そのまま月曜日になっていつものように伊月はお嬢様で、柳井は僕をからかって、それを見て誠が笑う日常を過ごす。それはやっぱりどこか居心地が良くて、今日はあっという間に放課後になってしまった。
「あー……えっと……あれだ。上村の班は今日までに活動資料職員室の私のとこまで出しとけよ。あの……あれの……野外活動の、だ。あとお前らだけだぞ」
「あ、すみません。出しますね」
終礼間際の羽織先生の一言で、僕らが結局一番最後まで時間をかけてしまったことを自覚する。まあ、これは誰のせいかと言えば僕のせいだ。もっと何かしらのリスクを削れるいい案が思いついた時のために、提出資料はギリギリまで手元に置いておくことにしたからな。
誠は羽織先生に言葉を返すと、すぐに僕の元にやってきた。
「おいカズ、まだ出してなかったのかよ。提出物の基本は期日厳守だぞ」
「ああそうだよ誠。リスクヘッジの基本は期日ギリギリまで手元から離さない、だぞ」
誠の口調を真似ておどけて返す。すると誠はフン、と鼻を鳴らして言った。
「ま、お前のことだからもう提出できる状態ではあるんだろ? 俺部活行っても大丈夫そうか? 提出、ついていかなくて大丈夫だよな?」
「どーぞどーぞ。野球してこい野球」
このまま資料を羽織先生に見せても、ツッコミどころはないように精査してあるし、今日中に再提出なんてことはあり得ないようにリスクは削りつくしてある。が、ここに誠がついてくるともし万が一、いや億が一先生から突っ込まれて再提出を喰らった時が面倒だ。なので僕はそのまま誠を野球部の活動に送り出した。
「ん? なんかわざとらしいな。おーい柳井、伊月」
「はいはーい。呼ばれて飛び出て柳井さんだよー」
「ん、何? どうしたの? 資料の件かしら?」
おいおい話を面倒にするな。帰宅準備してた回避対象たちがこっち来ちゃったじゃんか。頼むから呼んでもないし飛び出さないでください柳井さん。伊月もそのまま帰ってくださいお願いだから。
「悪いんだがお前ら、資料の提出についていってやってくれねえか。本当は俺がついていきたいんだが夏前の大会前で部活も大事なんだ。いや、大丈夫だと思うんだがなーんかカズの野郎が胡散臭くてな」
「悪いわね。私も今日、やらなくちゃいけないことがあるから無理なの。パスするわ。それじゃ、またね」
伊月は言うと、風の流れのように華麗に教室から出て行った。小さく僕らに手を振ってふり返る様子は、やっぱり育ちの良さを連想させる。
「んー、あたしも帰ってプリン食べながらマンガ読もうと思ってたんだけど……でもそっちのが面白いか。あたしついてくよ?」
「じゃ、よろしく頼むわ。お疲れー」
待って僕の意見も聞かずに勝手に決めないで。その長いバットが入ったケース? みたいなの担いで教室から出ようとするのやめて、ああ行かないで行っちゃった。
気が付けば目の前に柳井が一人。目の前には茶髪のショートボブ。その下のまあまあ可愛らしい顔がにへっと笑った。いや、にへって言ってないけどそんな顔した。何柳井お前またなんか企んでるの?
「お前、また悪いこと考えてんのか」
「いやいや何をいいますか瀬野くん。逆にキミのほうこそ何か考えてるのではないのかね」
「なんもねえよ。てかプリン代出すから帰らない?」
「えーやだよ。ついてくほうが面白そうだもん。ほらほら、何を企んでるのか白状しちゃいなよ」
はあ、と大きくため息をつき、僕は鞄から活動資料を取り出す。
「はい。この完璧な資料のどこに悪いこと企む隙があるわけ?」
「はい資料ゲットっと。職員室行くよー」
柳井が僕から資料を奪って走り出したので、つい追いかけてしまう。道中、このまま僕帰っていいんじゃね? と思ったが、柳井が面白半分に資料を改変するリスクがあるため職員室までの追いかけっこを放棄することはできなかった。てかこれ絶対確信犯。また掌の上で踊らされてるちくしょう。
「えー……その……あれだ。意外に早かったな、出しに来るの。内容に問題は……えっと……そうだな。ないな」
職員室の羽織先生の座席に着くや否や、柳井は速攻で資料を提出した。先生はそれに目をざっと通し、資料の合格を告げた。見よ、一発合格。これがリスクヘッジャーの底力だふはは。あれ、ちょこんと自席に座った先生が何か言いたそうにこちらを見ている。おかしいな……。
「それで……だな。あの……あいつだ……君らは最近、伊月と仲がいいそうじゃないか。確か……一緒の班でもあったよな」
「え、そうですけど。それじゃまた明日……」
「いやー彼女ほんと可愛くていい子ですよー。瀬野くん、なんか面白そうだから帰らなーい」
認めたくはないけどそうなるのだろう。そうですけど、まで答えるとまた何か先生が面倒なこと言いだしそうな気がして、一瞬で帰る態勢に入ったが、柳井に学生鞄を掴まれ逃亡に失敗。だからこの女と一緒にいるのは嫌なんだ。俺の思考はすべて読まれてしまうし、行動に対しては先回りして予防線を張られてしまう。もう何これほんと嫌。
「そうか……そうだな。いつか伊月に、対等な友人と呼べる存在ができたとしたら、担任として知っておいてほしいことがあったんだが……うーん……どうしたものか」
「先生それって、伊月さんの家庭と関係あること?」
柳井の即座の質問に、羽織先生はうーん、そうだな、と唸りながら胸ポケットからタバコを取り出し、火をつける。
「だから生徒の前でタバコは……」
「まあ……あれだ。辛いのだよ社会人は。それと……やはり……そうだ。柳井、やっぱり君には敵わないな」
ということは、柳井の言っている伊月の家庭について、という話題で間違いないのだろう。そういえばあのみんなで出かけた土曜日に、両親とうまくいってないとか言ってたな。
「しかし……そうか。伊月が自分の家の事何か言ってたか。いい傾向だ」
「まあ、親父さんの会社がレストラン持ってるとか両親とうまくいってなくて一人暮らしとか、その程度ですけど」
それを聞いて先生はああ、あれだな、とまた唸り始める。
「うーん、そうだな。時期が来たら伝えていいとは本人も言っていたし、ちょっとだけだが話してみようか。えっと……どこだ……あそこだ。このまま面談室に来なさい」
羽織先生は意味深に言うと、銀縁眼鏡からのべっと僕ら二人を一瞥し、面談室へ手招いた。




