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010.朝寝坊は体に悪いわよ

 一般的な男子高校生のしがない夢の話をしよう。


 プロ野球選手! とか宇宙飛行士! とか現実離れした夢を見る時期は終わり、身近なところに夢を見始める年代だと思う。かく言う僕も、小学生くらいまではそういう夢を見ていたが、最近は身の回りのリスクを極限まですり減らし、平和な学校生活を送ると言うのが手ごろな夢だ。


 そんな僕が変わり者であることは、まあ少しは承知せんでもない。もっと一般的な男子高校生が描く夢の中で、クラス一の美少女と休日に出かける、というのは結構な上位にランクインするのではないだろうか。

 逆に言えば、そのシチュエーションを手にすることで発生するリスクも高いということだ。嫉妬は怖い。時に人さえ殺す感情である。僕はリスク管理の上でこの感情はかなり重要視している。


 話が長くなった。僕が何を言いたいのかというと、だ。


 まずは昨日の五、六限目に話し合った野外活動の件だが、なんと時間内に話し合いが終わった組がなかったとのことで、提出期限が月曜の放課後までに延長された。週末自主的に集まって話をしろとのお達しで、非常に面倒なことになったが月曜に居残りするリスクはとりたくない。


 先の話に戻る。僕の班には不運にも伊月と柳井がいる。二人ともクラスの中では可愛いほうの女生徒で、伊月に至っては校内一の美少女説まである。

 だから僕は、休日にこの二人と出かけるリスクと、月曜に居残りするリスクを天秤にかけ、大手を振るって月曜居残りするつもりでいた。班員にはなんかあったら三人で行動しろと伝えた。つまり、この週末は家から一歩も出ないつもりでいたのだが。


 ピンポンピンポン、と空しくインターホンが響く一軒家。その中には僕一人。親父もおふくろも仕事が忙しくて週末なんて関係なく朝早くから夜遅くまで出払っている。そうこうしてると今度はスマホが鳴る。表示された名前は伊月凛。犯人はお前か。


『ちょっとあんたね。この私が迎えに来てるんだから、ピンポンが鳴ったら五秒で出なさいよ』

「……ああ、そうだな。おはよう」


 電話の向こうの伊月は少し怒っている様子だった。声に張りがある。


『あんたね……私が登山具を持ってないから、野外活動の話し合いのついでに買いに行くって話、忘れたの?』

「忘れてない。サボったんだ。リスク高すぎ」


 伊月と話している間もなり続けるインターホン。二階の僕の部屋の窓から覗き込むと、柳井がピンポン連打していた。柳井は僕に気付くと屈託のない笑顔でフリフリ手を振ってきた。なんか怖い。てかその後ろの上村の顔も怖い。ちょっとやりすぎたか。


『リスクって意味が分からないのだけど、まあいいわ。早く支度して降りてきなさい』

「ええ……」

『文句言わないの。早くしなさい』

「僕ちゃんと断ったじゃん。三人で行ってきなよ、眠いよ」

『何甘えたこと言ってるの。それにもうお昼なんだから、起きないほうがどうかしてると思うのだけど』

「いやいや……」

『つべこべ言ってないで早く起きなさい? ね?』


 何この少し垣間見えるおかん属性。なんかちょっともう少し甘えてみたくなっちゃうじゃん。


「……わかったよ」


 衝動を抑え、通話を切り伊月の様子を見ると、声ほど怒っている様子ではなくむしろ呆れた様子で、柳井も何かいつもの怖い笑顔じゃなくて可愛らしく笑っているからそんなに気になる感じじゃない。でも誠が珍しく本当に怒ってそうだったから、仕方なく出かける支度を始めた。適当に黒のシャツとブラウンのコーデュロイパンツを手に取って着替え、下に降りる。


「おいカズ。約束すっぽかすなんてお前最低な」

「悪かったって。さすがにやりすぎたよ」


 黒のポロシャツにベージュのチノパン。私服まで真面目な誠は結構頭にきている様子だった。

 いや、そもそも僕は断ったんだけどね。行くなら三人で行って来いって。それをあなたが班での活動だから四人で行動するべきだろ? だからお前も来いよカズ、絶対だぞ、なんて頭が固くて面倒なこと言いだすからこうなったんだけど。まあそれをちゃんと断らなかった僕が悪いか。


「朝寝坊は体に悪いわよ。どうせ夕べに夜更かしでもしたんでしょう?」

「世話ねえや」

「そもそも昨日、夕食はちゃんととったのかしら? あなた、何か普段よりげっそりしているわ」


 伊月は白のワンピースを着て、ベージュの鞄を左肩にかけ、白のハンチング帽をかぶっていた。普段は風になびく長い黒髪も、今日は背中と腰の間辺りでまとめていた。

 何でお嬢様ってこういう服しか着ないわけ? 何か理由でもあるの? てかここにきておかん属性発揮するのやめてくれない? なんか怖い、柳井と違った意味で。


「すごーい休日も瀬野くんがいるー。おもしろーい。てかちゃんとすれば結構イケメンなのかあ、目が羽織先生みたいに死んでるだけで。あらー新発見。あららー」

「柳井よ、お前は大阪のおばちゃんか何かか」

「ねえ瀬野くん? いっぺん死んでみる? 楽しいと思うよ?」

「正直すまんかった」


 グレーのパーカーに薄い青のショートパンツ、白黒の横縞のニーハイにピンクのスニーカーと可愛らしい薄ピンクのリュックいったいでたちの柳井がニコニコしながら絡んできたから、ツッコミ一言で一蹴してやろうとしたら逆に一蹴されました。


「ようやくみんな揃ったわね。それじゃ駅前に行きましょう? まずはお昼ご飯かしら」

「え、もうそんな時間なの」

「休みだからって寝すぎだ、カズくんよ」


 左腕につけた千五百円のチープな腕時計に目をやると時刻は十一時半。ちょうどこれから昼飯時を迎えるころだった。


「じゃあ、駅前のルナーズがいいなー。お肉食べたいよお肉」

「ええ……朝からハンバーグとかステーキ食うの……?」

「昼だからな。これに関してはカズ、お前が悪い」

「駅前の……ルナーズね。分かったわ。何かと都合がいいし、そこにしましょう」


 伊月の声に続いて、僕たちは駅前へ歩き始めた。


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