後日談から始まって ―4
「クソッ! つーか、センパイの顛末はわかったからもういいんだよ! それよりだ!」
いい加減本当に痛くなってきたのか、ヒースはそう大声を出しつつ小突いてくる二人を振り払い、今度はサレナの方を向いて睨みつける。
「これで、その頭のことも説明してもらえるんだろうな!?」
そして、そんなことを叫びながら指を突きつけてくるヒース。
サレナはきょとんとした顔で、その指と言葉がさしているのであろう自分の髪の毛をぽふぽふと触ってみる。
カトレアさまに整えてもらったおかげで、今では綺麗に切りそろえられた立派なおかっぱになっているその髪型。
オシャレに言い換えるならボブカットだが、真っ黒な髪色のおかげでどことなく和の香りが漂ってしまう。
とはいえ、サレナ自身は今のその新しい髪型には満足していたし、もう馴染んでしまってすらいた。
だが、ヒースにとってはそうじゃないらしい。
なんだったら、アネモネまでもがいつの間にかヒースの言葉に同調して、こちらに咎めるような眼差しを向けてきている。
しかし、それも当たり前と言えば当たり前の話だった。
朝に部屋を出た時はサラサラの長いストレートヘアだったやつが、夕方帰ってきたらおかっぱ頭なのである。
ルームメイトのヒースは度肝を抜かれたような表情をしていたし、夕食を一緒に食べようということで食堂で合流したアネモネも同様の反応であった。
当然二人は「一体何があったんだ」としつこく追求してきたが、こうなるに至った経緯の込み入り具合を考えると、サレナには上手い説明が思いつかなかった。というか、ぶっちゃけ説明するのがめんどくさかった。
なので、"全ては来たるべき時に明かす"の一点張りでその場を切り抜け、説明を引き延ばしてきたのだった。
そして今現在である。
ヒースとアネモネがそれを要求してくるのも当然にして、約束通りのタイミングであった。
カトレアさままでもが「まだ話していなかったの?」と呆れたような目を向けてきている。
先ほどのヒースから一転、今度はサレナが三人からの視線と無言の圧に晒される状況。
だが、サレナにとってその理由は別段恥ずかしいわけでも、隠し立てしたいわけでもない。
スムーズに理解してもらえる下地も、カトレアさまが結果を報告してくれたことで形成出来ている。
なので、少しばかり宙を見つめて考えてみた後で、サレナはまったくあっけらかんとこう言い放った。
「カトレアさまがフラレたから、私が代わりに髪を切った――そういうことよ!」
「どういうことだよ!? 因果関係がまるで繋がってねえだろ!?」
何故か誇らしげに胸を張るサレナに、ヒースからの渾身のツッコミが飛んでくる。
しかしまあ、サレナとしてもそれ以上簡潔に説明しようがない。
本当はアドニスとの因縁とか当てつけとか色々とあるのだが、そこら辺の事情を上手く説明出来る気もしないし、説明するつもりもなかった。
なので、大事な人が失恋したなら、私が代わりに髪を切る!
もうそれでいいじゃないかということで、強引に押し通していこう。
そんな、開き直りともいえる態度のサレナだったが、
「なるほど……それならば仕方ありませんわね」
図らずもその説明はアネモネに対しては妙な共感を呼び起こし、納得させることが出来たらしい。
目をつぶり、「流石はサレナさんですわね……」などと言いながら、感慨深く頷いている。
これを理解してもらえるとは流石は我が親友と、サレナもそう返したい気分になる。
「えっ、まさか理解出来てないのオレだけか……!? おい、待て、何を二人で通じ合って"話はこれで終わり"みたいなムード出してんだ! オレは全然納得出来てねえぞ!」
ヒースだけは何だかそれで場が収まりかけていることに狼狽えつつも食い下がろうとするが、多勢に無勢、その抵抗もいつまで保つかどうか。
そんな状況の中で――。
「ふふっ……ふふふふ……あはははは」
今までずっとそんな三人のやりとりを黙って眺めていたカトレアさまが、遂に耐えられなくなったように可笑しそうに笑い始めた。
思わず三人とも驚き、呆気にとられ、笑い続けるカトレアさまの方を見て固まってしまう。
そんな三人の視線を浴びつつも、ひとしきりそうやって笑った後で、どうにかそれを押さえ込んで止めようとしながらカトレアさまは目の端を拭う。
「――はぁ……ありがとう。あなた達三人に、全部聞いてもらえて、知ってもらえて良かったわ。本当にそう思う。そして、何より協力してもらえて良かった……おかげで、こんなに可愛い後輩達と仲良くなることが出来たんだから。本当に、今回はありがとうございました」
そう言って三人を真っ直ぐ見つめ、にっこりと優しく微笑むと、カトレアさまは丁寧に頭を下げてきた。
それを受けて、サレナは顔を真っ赤にし、頭をかきながらデレデレと照れまくり。
ヒースは何だか居心地悪そうに腕を組んで顔を逸らすも、しっかりその頬は赤くなっていて。
アネモネはまたも感極まってしまってのか、その目を潤ませながらも何とか泣き出さないようにこらえていた。
顔を上げると目に飛び込んできたそんな三人の反応に、カトレアさまはまたうっかり笑い出しそうになったようだ。
だが、それをどうにかこらえて、ようやくこの場をまとめるように三人を促す。
「さあ、遅くなっちゃったけど、そろそろ食べ始めましょうか。いつものお昼ご飯ではあるけれど……私がフラレた残念会のつもりで、パーッと盛り上がりましょ」
「……おっ、おー……!」
どうやらそれは本人にとっては他愛もない冗談のつもりだったようだが、最後の最後でそんな爆弾をぶつけられた三人は何とも一気に気まずくなり、苦い笑顔で応じてしまうのだった。




