Witch fights twice ―2
二人とも身を離して距離を取ると、さっきまでの戦いによる緊張を緩めて、ふぅと長い息を吐く。
季節は初夏。まだそれなりに涼しい早朝とはいえ、あれだけ激しく身体を動かせば多少汗もかく。
「ふぅ~……」
サレナは額からじっとりと顔に滴るそれを豪快に服の袖で拭う。
「バカ。お前、手拭い使えよ……」
それを見咎めたのか、ヒースが呆れたようにそう言ってきた。
言うだけあって、自分はしっかりと持参した手拭いで丁寧に汗を拭いている。
まるでサレナと性別が逆転したような、ワルそうな見た目にそぐわなさすぎる几帳面さと繊細さであった。
……なんか、どうも端々からこんな風に育ちの良さを感じさせるんだよなぁ、コイツ。
これが一応とはいえ貴族の生まれと、根っからの庶民との違いというものか。それとも母親の教えが行き届いているのか。
「…………」
そんなことをぼんやりと考えたりしつつも、そこから連鎖的に浮かんだ言葉をサレナはおもむろに口に出す。
「――それにしても、未だに意外な感じがするわ。あんたがここまで貴族流の正統派な剣術を修得しているだなんて」
ああ、腕っ節が強いのは見た目通りだけど、もっと粗野な戦い方をするのかと思っていたから。
言葉が足りなかったかと思い、少し慌ててそう付け加えながらサレナはヒースに視線を向ける。
そう思ったのは、今の言葉がヒースのあまり触れられたくないであろう部分にうっかり踏み込んでしまったような気がしたからだった。
現に、そう言われたヒースの方も眼光鋭くこちらへ視線を向けてきていた。
しかし、どうもそれは単にいつもそんな風に目つきが悪いだけのことで、別段怒っているわけではないらしい。
「……幼少期にそういうことは一通り、徹底的に叩き込まれて育ったからな。魔術士としての務めだとか言われてな……くだらねえ。それにまあ、あの家出てからの暮らしも楽じゃなかった。腕っ節はあるに越したことはねえし、何度か使わなきゃいけない場面もあった」
ヒースは気分を害した様子でもなく、遠い過去を振り返っているような目で淡々と語る。
「腕が錆びつかなかったのはそのおかげだな。おかげというよりは、そのせいって言うべきか。だけどまあ、生きていく上では珍しく役に立ったもんの一つだ。あのクソ親父に仕込まれたことの中ではな。だから、剣術自体は別に感謝はしていねえが疎んでもいねえ」
――魔術と違って。
そう続けるのかとサレナは思ったが、ヒースは敢えて言わずにそれを飲み込んだようだった。
それから何だか変に湿っぽくなりかけた空気を入れ替えるように、ヒースは声の調子を少しだけ明るいものへ変えながら話を続ける。
「それに、今はこうしてお前に協力もしてやれるわけだしな。まあ、厳密にはお前のためじゃねえが……それを思えば悪い気はしねえさ。オレは自分の剣が完璧だなんて自惚れられるほどじゃあ到底ないが、少なくとも正しいそれが何かということくらいは知ってるつもりだ。こうして訓練につきあったり、手合わせを通じてお前にそのさわりだけでも覚え込ませることも出来るだろう。だが……」
ヒースはそこまで言うと真剣な目になり、サレナを真っ直ぐに見つめてくる。
「やはり一朝一夕じゃ、お前が正しい剣の術理を全て身につけることは不可能だ。いくら規格外のお前でもな。だが、その代わりにお前には野性的な勘の良さと反射神経、どこで身につけたのか知らねえが異常な身の軽さと、それによる驚異的な機動性がある」
そう言ってから、ヒースはその視線を若干何か胡散臭いものを見るようなそれへ変える。
「……前々から思ってたんだが、お前は猿か何かに育てられたのか?」
「孤児院の先生達は立派な人間だったわよ。……故郷はまあまあ田舎かもだけど」
「だって、そうじゃなきゃ説明つかねえ身軽さだろ」
「……それは、私が天使の末裔だからじゃないかしら」
地元じゃ"天使の郵便屋"だなんて呼ばれていたんだからね。
サレナはそんな言葉と共に、なるべく可愛く片目をつぶってみせる。
それで誤魔化されてくれたわけではないようだが、ヒースはそれ以上追求する気もなくしたのか、溜息を一つ吐いた後で話を戻した。
「……まあ、ともかく、だ。お前が今から正しい剣術を短期間で身につけることは出来ない。だから、持ち前のその運動能力に合わせた独自の戦い方を伸ばしていった方がいい。そっちなら今の時点でもオレが舌を巻くくらいには手強いからな。方向性はそれで決まりとして、後はこうして本番に近い形での手合わせから真っ当な剣術への対処法を出来る限り学んでいきゃいいさ」
そう言いながら、ヒースは眉根を寄せつつ頭をかく。
「結局、今やれることはそれくらいだな……。時間もまだ少しはあるか。もう一本やっとくか?」
言うべきことはそれで言い終えたのか、ヒースがそう最後に問いかけてきた。
「…………」
それに対して、サレナは少し無言のまま何かを考えてから、
「……ヒース」
「あんだよ」
おもむろに口を開き、呼びかける。
呼ばれたヒースは訝しげな目を向けてきたが、それを気にせずに、
「あんたって、本当に面倒見いいのね……。それに、ここまで見事に自分のことを分析された上で方針まで決められると驚くっていうか、感心するっていうか……」
からかっているわけでもなく、純粋に新鮮な驚きを乗せた声でサレナは言う。
「あんた、将来は教師とか向いてるんじゃないの」
「なんだよ、それ」
サレナのその言葉に対してヒースは呆れたように溜息を吐き、真面目に取り合おうとはしなかった。
だが、サレナのそれは決してふざけているわけでも、軽口というわけでもなかった。
サレナは割合真剣にそう思っていたのだ。
その証拠に、サレナは少しだけ心中の不安を取り出して、目の前の先生的な存在に相談してしまいたいような気持ちになっていた。
だから――。
「ねえ、ヒース……」
名前を呼びながら、サレナは木剣を構える。
「…………」
向こうも応じて、無言で木剣を構え直してくれた。
そうして再び手合わせを始める姿勢で対峙しつつ、サレナは真剣な眼差しと声でそれを問いかける。
「私はこの剣で本当に、カトレアさまに勝てるかな?」
そして――。
段々と呼吸を浅くしていきながら、早く、大きくなる鼓動と共に、誰に向けるでもない独り言のように問う。
――あの男にも、勝てるだろうか。




