いつかあなたに伝える(わる)想い ―10
「でも、その解決方法も、今、見つかりました」
その言葉にアドニスが当惑している中で、口を挟む隙を与えようとせずにサレナは続けてそう言うと、自分の顔の横に人差し指を一本だけ立てた手を持ってくる。
それと同時に、その立てた人差し指の周囲に小さな緑色の発光回路が構築された。
間髪入れずに、その色の発光回路に応じた風属性の魔術が発動する。
『風刃』。極々小規模に抑えられたその風属性の初級魔術が発動して、鋭い風の刃で指定された対象を切り裂く。
そして、サレナが指定したその目標とは、自分の、サラサラと流れるような腰まである長い黒髪であった。
その黒髪を、巻き起こる風の刃がバサバサと断ち切っていく。
度肝を抜かれたような顔でアドニスがその光景を呆然と眺めるしかない中で、風の刃が吹き抜けていった後には、艶やかな黒髪を肩より少し上くらいの長さで乱雑に切り落とした髪型の少女が残されていた。
「ここまでしてしまえば、もう、そう思われたりなんかしませんよね?」
にっこりと笑いながら、サレナは問う。
「私のことを、至高の白の座をかけて競い合う、ライバルだと認めてくれますよね?」
問いかけながら、サレナは思う。
だけどね、やっぱり私の愛する大事な人を袖にしたあなたは許せないし、許さない。
理解はするけど、許さない。責めはしないけど、許さない。
あの人が悲しむだろうから直接危害を加えたりはしないし、私もそこまでのことをあなたがしたとは思っていないけど、それでもやっぱり、許さない。
だから、これは、私からのささやかな復讐。
私は――私だけは絶対に、この先、一生、あなたの恋愛対象にだけはなってあげない。
あなたが望むような、お淑やかで、可憐で、守ってあげたくなるような女の子にだけは、絶対になってあげないし、そんな風にも見させない。
私はライバル。そう、その代わりに、あなたのライバルになってあげる。
恋愛対象や、守ってあげたい女の子なんかじゃない、あなたを打ち倒すライバルとして、王子様の前に立ち続けてやる。
そんな決意を籠めて、サレナはアドニスを真っ直ぐ睨みつける。
「…………!」
そうされるアドニスは、何も言葉を発せずに、ただ息を飲み、呆然と彼女に対峙することしか出来ない。
しばし、そうして無言で睨みあう状況が続いていると――。
「サレナ!?」
そんな驚きに満ちた声で名前を呼びながら、偶然通りがかったらしいその人が廊下の向こうから急いで駆け寄ってきた。
艶やかな紫のロングヘアーを揺らして、普段の落ち着きを捨て去り、まるっきり動揺を顔に出しながら、愛しいその人は駆けてくる。
「カトレアさま……」
「どうしたの!? 一体何があったの!?」
カトレアさまはサレナの傍まで走り寄ってくると立ち止まり、まったく昨夜とは一変してしまったそのヘアスタイルに目を丸くしながらも、その他に異常はないかとサレナの体中を心配そうな目で観察してくる。
……そりゃ、いきなり後輩の長髪がここまで短くなってたら気も動転するか。
しかも、今切ったかのように周囲に髪が散らばってるし。まあ本当に今切ったんだけど……。
サレナは素直に、自分がちょっとやりすぎたのかもしれないことを今更反省する。
「――アドニス。あなた、サレナに一体何を……!」
一通りサレナの身体に他の異常がないことを確認し終えたカトレアさまはほっとした息を吐くと、次に当然の流れとしてこの場にいるもう一人の人間へと疑いの眼差しを向ける。
「いやっ、カトレア、僕は何も――」
それを受けて、流石にアドニスも慌てた態度で弁明する。
何かしたような覚えは全くないだろう。それどころか、後輩の相談に乗ろうとしたらいきなりその後輩が目の前で髪を切りだして、それを呆然と眺めていることしか出来なかっただけである。そう考えると、突然の交通事故に巻き込まれた通行人のようなものかもしれない。
「アドニス先輩は何もしていませんよ。私が自分で今、この場で髪を切っただけです」
流石にそれだけで狼藉を疑われるのは理不尽だし可哀想だろうとサレナも思ったので、素直に自白してあげることにした。
「……どうしてそんなことを?」
「……突然、そんな気分になりまして」
訝しむ目でそう問いかけてくるカトレアさまに、サレナはあっけらかんとそう答える。
「――まったく、この子は……」
サレナの返答にカトレアさまは呆れたような溜息を吐くと、サレナの髪を一房すくい上げて見つめる。
「切り口も長さもバラバラじゃないの……仕方ないわね。私が整えてあげるから、先に生徒会室に行って待ってなさい。ああ、散らばっている髪も全部回収すること。いいわね?」
それから、仕方なさそうな微笑みをサレナに向けてそう言ってきた。
「は~い」
サレナはそれに対してまったく暢気な返事をしつつ、またも緑の発光回路をまとわせた人差し指を立てて、くるりと円を描くように回す。
すると小さなつむじ風が発生して、ゆっくりと移動しながら廊下に散らばったサレナの髪を吸い込むように巻き上げていく。
そうして自分の髪がつむじ風の中で全部ひとかたまりになったところでサレナは魔術を解除する。最後にかたまりのままふわりと落ちてくるそれを広げたハンカチで受け止めると、風呂敷のように包み込んでローブの懐へ入れた。
「それでは」
先輩二人に一礼をすると、サレナは言われた通りに生徒会室へと向かって歩き出す。
そして、取り残された先輩二人はその背中を呆れたように、けれども少しだけ面白そうなものを見るように、黙って見送るのみであった。




