菫色アプローチ大作戦 ―11
生徒会メンバー(+アネモネ)でお茶会を開くという話はとんとん拍子で進んだ。
ゲームの通りにやはりアドニスは従姉妹の我が侭に甘かったし、今回はサレナも一緒に「生徒会メンバー同士の交友を深めたい」と言ってそれを後押ししたからだった。
正直、サレナ的にはどうにも行動の読めないロッサは不安材料なのでハブりたいところではあった。だが、そうしてしまうと生徒会の交友のためという建前が成り立たなくなるので渋々参加者に加えざるをえなかった。ちなみにヒースは今回お留守番である(本人は"清々するわ"と強がっていたが)。
作戦の大まかな流れは、単にカトレアさまと主人公を入れ替えただけのものだった。
お茶会で皆が持ち寄る茶菓子として、カトレアさまだけが手作りのクッキーを持参する。
そして、それを信じられない不作法であるとしてアネモネとサレナで糾弾する。
そうすれば、見かねたアドニスがどこかで動いてカトレアさまを助ける……。
全てが首尾良く運べば、そうなるはずであった。
アネモネもサレナも愛しのカトレアさまを身内だけしかいないとはいえ人前で面罵するというのは心苦しいなんてものじゃなかったが、彼女の恋の成就のため、心を鬼にしてでもやり遂げることをお互いに固く誓い合った。
あとは、カトレアさまの手作りクッキーが無事に当日焼き上がって机に並ぶことを祈るのみ。
そして迎えたお茶会当日――。
「私とサレナさんは今日のお茶会のために、この前の休日に二人で庭下街へ繰り出してお茶菓子を選んでまいりましたわ! 最高級のガーネットフィナンシェでしてよ!」
アネモネがそう言って高笑いしながら、生徒会室の机にそれを広げた。
確かにアネモネの言う通り、今日のために二人で選んで買ったものだった。
まあ、「これでいいんじゃない?」と適当な駄菓子を買おうとするサレナを「お馬鹿~! いいわけないでしょ!」とアネモネが度々叱りながらどうにかこうにかという感じではあったが。
「へえ……そうなんだ。うん、とても美味しそうだね。けど――」
アドニスがそのフィナンシェを感心したように眺めた後で、アネモネとサレナへ視線を移して言う。
「二人がそんなに仲良くなっていたなんて、知らなかったな……なんだか意外な組み合わせというか……」
珍しそうにというか、若干困惑したような目を二人へ向けてくるアドニス。それに対して、アネモネは堂々と、何故か胸を張りつつ、
「そーなのですわ! 私とサレナさんは"心の友"と書いて"心友"と呼び合う間柄なのです!」
ガシッと、隣に立つサレナと肩を組んできながらそう言った。
毎回これやるんかい。と、少々辟易しつつも、サレナも曖昧に笑いながら肩を組んで同意する。
「まあ……色々ありまして、そうなんです」
「そ、そうなのかい。けれど、二人がそうやって友達同士になれたのは、喜ばしいことだね」
アドニスはそんな二人の様子になおも困惑気味だったが、とりあえず爽やかに微笑んでそう言ってくれた。
「我が侭な従姉妹だけど、どうか仲良くしてあげて欲しい」だなんて、サレナに軽く頭まで下げて。まったく、しっかりと気配りの出来る王子様である。その後ろで大笑いしたいのをこらえるように背中を向けて肩を震わせているロッサとは大違いだ。
サレナはそう思いながら、チラと視線を動かしてカトレアさまの様子を確認する。
そのカトレアさまはといえば、お茶会が始まってみんなが自分の持参したお茶菓子を披露する中、ずっとそわそわと落ち着かない様子で黙り込んでいた。
たまに話しかけられても適当に生返事を返すばかりで、まるで心ここにあらずといった感じだった。
いや、"ここにあらず"というよりは、"出来ればここから逃げ出したい"という感じのようにも見えてしまう。
サレナはそれに対してどうにもそこはかとない不安を覚えつつも、しかしカトレアさまの願いの通りに逃げさせてあげるわけにもいかない。
作戦はまだ途中も途中だし、次にお茶菓子を披露するのはいよいよカトレアさまの番だからだ。
やはり何事においても順番は最後の方がインパクトがあるだろうということで、ロッサから始まって次にアドニス、次はアネモネとサレナ、最後にカトレアさまという順になるよう話を密かに誘導していたのだった。
「それで、カトレアは一体何を持ってきたんだい?」
そんな、固い表情で黙り込んだままのカトレアさまに、遂にアドニスがそう声をかけてしまった。
サレナとしても出来るだけ引き延ばしてはあげたかったのだが、流石に限界だった。
全員の注目が一斉に集まってしまう中、カトレアさまは一旦目をつぶり、大きく深呼吸をすると、意を決した表情で口を開く。
「――実は、今回私はお茶菓子を手作りしてみたのだけれど……」
もちろんサレナとアネモネはすでに知っていることなので驚きはない。しかし、その言葉は何も知らぬ男性陣の間に衝撃を走らせ、一気に空気を張り詰めさせた。
アドニスとロッサは顔を見合わせ、「カトレアが……手作り……!?」とお互いに耳にした俄には信じ難い内容を呟いてみることで、それが間違いでないことを確認しあっている。
「――ええ~~!? 信じられませんわ~! ご冗談でしょう、お姉様? お姉様ともあろうお方が、貴族のお茶会に手作りのお茶菓子を? そんなの非常識にも程がありますわ~! いえ、むしろそれは私達に対して失礼と言ってもいいでしょう! 本当に信じられませんわ!」
そして、まったく打ち合わせ通りにまずアネモネがそう罵倒の口火を切った。
流石の演技力というか、あるいは地というべきか。愛しのお姉様相手とはいえど容赦のない、なんとも板についた悪役ぶりであった。
しかし、その仮面の下では血の涙を流し、歯を砕けそうなほど食いしばっているだろうことをサレナだけは知っている。
であれば、自分も立ち止まるわけにはいかない。その覚悟に応えなければ。
「まあまあ、アネモネさん。ここは一旦カトレアさまが一体どんなお菓子を作ってきたのか確認してみようじゃないですか! 私ですら知っていたお茶会の作法、それをあえて破ってでも持ってきたカトレアさまの手作りお菓子がどれほどのものか、非常に興味がありますもの!」
自分で自分の口調に恐ろしいほどの違和感を覚えてしまいつつも、なんとか怪しまれないでくれと願いながらサレナはそう自分の台詞を言い切る。
果たして作戦は上手くいっているのかどうか。
ともかく、サレナのその言葉によって、男性陣も確かにカトレアさまの手作りお菓子がどんなものなのか一旦確認してみたいという空気になった。
再び全員の注目が集まる中、カトレアさまは少しだけ逡巡するような顔をした後で、やがて観念したように包みを一つ取り出した。
「こ、これなのだけど……」
そして、おずおずとそう言いながら、机の上でその包みを開いた。




