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このゲームを百合ゲーとするっ!  作者: 一山幾羅
第一対決
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第一対決  VS 恋心 ―4

 厳密に守られている食堂における学年ごとの区画分けだが、もちろん抜け穴も存在している。

 それは、その学年の人間に食事を共にする誘いを受けたなら、たとえ学年が違っていてもその席に座ることが出来るという制度である。

 敢えてそんなことをしようとする貴族など殆どいないとはいえ、制度は制度。現に存在している以上、それを利用することには誰も何の文句もつけようがない。

 ましてや、それを用いるのが学院の頂点に君臨する至高の白(エーデルワイス)となれば尚更である。


 ゲームにおける本来の食堂イベントも、それを利用してアドニスが咄嗟に主人公(サレナ)を事前に誘っていたことにし、席を間違えた彼女を華麗に説教と嘲笑から救い出すという流れになっていた。

 そして、学院の王子様と対面に座り、二人だけでのドキドキのお食事タイムというわけである。


 それはそれで別にいい。今のサレナにはそうすることに毛ほどの興味もないので、それを避けることにした。それだけである。


 しかし、確かにそうしたはずだというのに、何故アドニスはここで、その必要性もないというのにサレナをランチへと誘ってくるのだろうか。

 まったくわけがわからない。


 サレナが困惑と共に目をぱちくりさせながら返事を返せないでいると、流石に理由も言わずにいきなり誘うのはおかしいと向こうも感じたのか、補足的に言葉を続けてきた。


「ああ、いや……急にこんなことを言って驚かせてしまったならば、すまない。でも、サレナさん……君は、これから『生徒会』の一員となるんだろう? その話はすでに君にも届いているはずだ。だったら、ここにはもうその生徒会のメンバーが三人も揃っているんだから、この機会に交流を深めておくのはどうかと思ったんだ」


 ああ、なるほど。


 それを聞いて、サレナはようやくアドニスの突然のお誘いについて合点がいった。

 良かった。そういうことであれば全く自然だ、納得もいく。

 だが――。


「いえ、申し訳ありませんが、ご遠慮させていただきます」


 サレナはぺこりと頭を軽く下げると、その誘いをバッサリ断った。


「……どうしてだい?」


 流石にここまではっきりと断られるとは想定していなかったのか、アドニスが呆然と、素に近い様子で問いかけてきた。王子様が揺らいできている。


「すみません。新入生の身でありながら、三年生の先輩方の席で食事を取るのは流石に気が引けますので……」


 サレナは申し訳なさそうな、弱々しい声を作ってそう返答した。


 もちろん嘘である。

 サレナは別にどこで何を食べようが全く気にすることはないくらいに図太い神経をしているし、三年生の席だろうが臆することなく座ることも出来る。

 本当は、アドニスと一緒に食事を取ることで曲がりなりにも本来のイベントと同じ結果に辿り着いてしまい、彼からの好感度を無闇に上昇させるかもしれない危険を冒したくないだけである。


 しかし、アドニスは"僕ら"と言った。

 つまり、二人きりではなく、恐らくこの場にいる三年生――カトレアさまとロッサと一緒に、何だったらついでにアネモネも加えて五人で食事するつもりなのかもしれない。

 そう考えると、愛しのカトレアさまと一緒に食事が出来るかもしれない機会を逃してしまうのはかなり惜しい気もしてくる。


 けれど、今はやはりそれよりも不必要なリスクは避けるべきだという直感の方が強い。

 だからこそ、涙を呑んで、ここは何としてもその会食に持ち込まれることを断るべきだとサレナは固く決意していた。


「そうか……だったら、君の方から僕達を誘ってくれないかな? そうすれば、一年生の席で一緒に食事を取ることが出来る。三年生の間に混ざることの引け目も、これで感じることはないんじゃないかい?」


 しかし、アドニスはそれでもまだ頑として引き下がらなかった。

 何故こんな失礼かつ生意気な新入生なんかとそこまで頑なに一緒にランチを食べたがるのか、サレナは戸惑いと同時に若干の恐怖を覚える。


「ちょっと、アドニス! 私達に一年生の席で食事を取れっていうの!?」


 その時、カトレアさまが若干非難めいた調子でアドニスに向けてそう言った。


 それも無理はなかった。

 確かに食事を誘う側の学年が常に上でなければならないという決まりもない。

 一年生が三年生を誘って、一年生の席で一緒に食事を取るのも可能と言えば可能だった。

 だからといって、わざわざ下の学年の席で食事を取りたいと思うような人間はかなり少数派だろう。ましてや区画分けの伝統に馴染んでいる貴族であれば尚更である。


「――いっ、いえ! 申し訳ありませんが、それもご遠慮させていただきます!」


 なので、慌ててカトレアさまを援護するようにサレナはそう言った。


 ここで二人に喧嘩や口論などされてはたまったものではない。

 というか、早いところ解散してどこかへ行って欲しい。

 いい加減サレナだって腹が減ってきた。そろそろ飯が食いたいのだ。


「……それでも無理なのかい? なぜ?」


 それを聞いてほっとした顔つきになるカトレアさまと対照的に、アドニスはこれでも断られるとは思っていなかったのか、もはや愕然とした様子で問いかけてきた。王子様が台無しである。


 そこまで断られない自信があったんだろうか。

 ……あったんだろうな、だって学院の頂点にして王子様だものな。それを断る女子生徒の方が圧倒的少数派なんだろう。


 そんなことを冷静に分析しながら、サレナはどういう返事をするべきか少し迷った末に、


「この隅っこの席で、一人で食べるのが好きなので。ですから、お構いなく」


 それなりに強烈なやつをぶつけることにした。


「…………」


 それを聞いたアドニスの様子は、まさに"絶句"といった感じであった。


 それどころか、アドニス以外――カトレアさまやロッサ、アネモネはおろか、まだ解散せずに取り囲んで騒動を見物していたギャラリーまでもが驚愕に固まった表情で何も言えなくなっていた。


 しかし、サレナはそんな周囲の反応をまったく気にする様子もない。

 それどころか――。


(ヨシ。これくらい言っておけば、これ以上誘われることもないだろう)


 そんなことを思いながら、再度椅子に腰を下ろそうとしていた。

 まったく、誰もが呆れかえりそうなほどに図太い神経であった。


「――ッハ! ハァーッハッハッハッハ!!」


 そんな状況で、いち早く我に返ってきたのはロッサだった。

 突然、周囲がさらに驚くほどの、本気で面白がっている大笑いをし始めたのだ。

 流石にそれにはサレナも驚き、サンドイッチを掴もうとした手を止めて、何事かという顔を向けてしまう。


「学院の"白き王子"からの誘いを前にして、"一人で食べるのが好きだ"と返してくるとはねぇ! アッハッハ! いやぁ、面白い! 本当に面白い子だねぇ、おチビちゃんは!」


 腹を抱え、笑いすぎて浮かんだ目の端の涙を拭いながら、ロッサはサレナへそう言ってきた。

 そして、その言葉を聞いたことで、不覚にもサレナはドキッとしてしまう。


(うわぁぁ~! リアルで「おもしれー女」って言う人初めて見たし、言われるのも初めて体験してしまった!)


 オタクであれば百万回くらいフィクションで見聞きしたことのあるシチュエーションを現実で目の当たりにしたことで、サレナはまたしても妙な感動に包まれてしまっていた。

 流石、永遠に擦られる不滅のセリフだけあって、実際に美男子に言われると図らずもこれほどドキドキしてしまうものなのか。

 サレナがそんな風に何だか人生におけるレアな実績を解除してしまった気分になっていると、ようやく笑いの発作が治まったらしいロッサがパンと大きく手を一度打ち鳴らした。


「ハァ……何だか、俺の方も意地でもおチビちゃんと一緒に食事をしたくなっちゃったな。――ということで、こうしよう」


 どうやらそれは"名案を思いついた"というのを表現するための仕草だったらしい。

 音に反応した全員の注目を集めながら、ロッサはまず固まったままだったアネモネの後ろまで行くと、その両肩にぽんと手を置く。


「まずはアネモネちゃんに、俺達三人を食事に誘ってもらう。構わないかい、アネモネちゃん?」

「えっ!? いえっ、あっ、は、はい……それは別に、喜んでお誘いさせていただきますが……?」


 ニコニコと笑顔で見下ろしながらそう問いかけてくるロッサに、アネモネは戸惑いつつも言われるがままに了承してしまう。


「オーケイ。それじゃあ、次はアネモネちゃんが、おチビちゃんの隣に座る」


 そう言いながら、ロッサは手を置いたアネモネの両肩を優しく押して移動させ、サレナの隣の席へと座らせた。


「――――っ!?」


 されるがままに座ってしまったアネモネも、唖然としながらその動きを見守っていただけのサレナも、そこでようやく何が起こっているのかに気づいて、思わず驚愕に固まった顔を仲良く見合わせてしまった。


「アネモネちゃんが一年生の区画のどの席に座ろうが彼女の自由だ。当然、それを嫌がったりは出来ないよな? ましてや退()かそうなんてのもナシだぜ? ああ、流石に断りくらいは一言入れておいた方がいいかもしれないね。ほら、アネモネちゃん?」


 促すように肩を叩かれて、まだ混乱しているアネモネはまたも素直にその指示に従ってしまう。


「はっ、はい! サレナさん、すみませんが、お隣に座らせていただきますわね?」

「…………っ!」


 戸惑いながらもとりあえず笑顔でそう言ってくるアネモネに、サレナは口には出さないまでも思わず「お馬鹿~!」と言ってやりたげな顔を向けてしまう。


 しかし、先ほどロッサが言った理屈の通りに、サレナにそれを断ったり退()かしたりすることなんて出来やしない。

 だが、すぐさま"他人に行動を強制出来ないなら自分が行動すればいいのだ"ということに気づく。

 要は"自分が席を移動してしまえば済む話じゃん"、というわけだ。


 サレナが急いでそれを実行しようと腰を浮かしかけたところで、その動きを制止するかのようにロッサの声が降ってきた。


「おっと、君はさっき言ったよな? "この隅っこの席で食べるのが好きなんだ"って……。先輩の誘いを断ってでも拘った席だものな、当然何が起ころうと移動したりなんてしないだろ、おチビちゃん?」

「――――ッ」


 そこまで言われて、それを無視して移動出来るほどサレナも無神経ではなかった。


 サレナはピタッと動きを止めて、腰を戻すと、ゆっくり首を動かしてロッサの方を向く。

 自分にここまで憎たらしい仕打ちをしてくれたその本人はといえば、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら勝ち誇るようにこちらを見下ろしてきていた。


(なんって底意地の悪い奴……!!)


 サレナは内心でそう悪態をつきつつ、せめてもの意地で無理矢理引き攣った笑顔を作ってロッサへと返しながら思う。


 私、この人、大っ嫌い。

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