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黄金の翼

  1984年、鈴鹿サーキット


『さあぁ、最終ラップ!トップ争いをしている三宅(ゆう)と尾崎浩が、130Rを抜けてカシオトライアングルに戻ってきた。三宅がインをしっかり抑えてるぅ!』

 実況のアナウンサーの興奮した声が場内スピーカーから響く。地方選手権のノービスのレースに実況が入るのは当時でも珍しい。その頃のバイクブームのおかげもあるが、話題の高校生ライダー二人の対決に、地方選手権にも関わらず、メインスタンドには結構な観客が入っていた。

『切り返しで 尾崎来たーっ!、強引にインに入ったぁ!おっと!接触したぞぉ、それでも三宅、譲らない!』

 アナウンサーは更にヒートアップし、ほとんど絶叫になって、バイクの排気音と重なり聞き取り難い。

『最終コーナーを先に下って来るのは どっちだぁーっ!』

 スタンドの観客たちもピットから見守っている連中も、絶叫するスピーカーの声より自分の目で確かめようと、身を乗り出して最終コーナーに目を向ける。

『並んでるぞぉーッ!肩と肩が触れ合わんばかりに並んだままストレートに帰ってきたーっ!』

 僅かに浩のTZが前にでた。だがそこから スルスルと優のRSが並んで来る。浩はさらにマシンを寄せたが、優のマシンはすでにバイク一台分前に出ていた。

『三宅優、今季3勝目!激しいバトルを制した!尾崎浩も凄かったぞぉ!三位以内なら年間タイトル決定してるのに、敢えて優勝を狙いにいきました!敗れはしたものの、熱いスピリットを魅せてくれたぁ!チャンピオンに相応しい走りだぁ!』

 アナウンサーは興奮してしゃべり続けていた。




 表彰式の後、マシンや工具の片付けをしていた優の処に浩がやってきた。

「今日は俺の完敗だったな、ユウ」

 浩は素直に負けを認める。

「最後は体重の差で勝てただけだよ。素直に勝たせてくれるとは思わなかったけど、あそこで突っ込んでくるとは思わなかった。僕なら二位で満足してたとこだけどね。本当に凄いや、浩は」

 二人の身長は

 優の方が僅かに高かったが、がっしりした体格の浩に対して、優はほっそりとスマートな体型で、体重は10キロちかく優の方が軽い。125クラスでは大きなアドバンテージだ。

「よく言うぜ。抜かせないようにぶつけてきたくせに」

「あれは浩が寄せてきたんだ」

 際どい言葉の応酬も、優はにこにこ顔で応じる。浩も笑っていた。


「来年は全日本だ。決着は全日本でつけようぜ」

「でも全日本じゃ、簡単に勝たせて貰えないと思うよ。筑波でも凄い高校生が上がってくるらしいし」

 体型と同じように性格も正反対の二人だった。

「あんあの、たまたまテレビが取り上げたから有名になってるだけさ。実力じゃあ俺たちの敵じゃないぜ。それより篤史さんの事、なんて言っていいのか……」

「大丈夫。わかっているよ」

 浩は二ヶ月前、事故で他界した優の父親について、お悔やみを申しあげようとしたが、ちゃんとした言葉が出てこなかった。


 バイク好きで、優にも幼い頃からミニバイクに乗らせた。毎週のように優をミニバイクサーキットへ連れて行き、将来GPライダーに育てようと優以上に必死になっていた。母親は危険なバイクレースに反対していが、篤史と優はバイクレースに夢中だった。そして母親は、幼い弟を連れて出ていったそうだ。


 篤史には、浩もいろいろお世話になった。高校生になってから、バイトをしながらレースを始めた浩の才能に気づき、「一流の選手には、好敵手が必要だ」と、息子のライバルにも拘わらず、整備を手伝ってくれたり、ガソリンを分けてくれたりもした。

「楽に勝ってたんじゃ、優のためにもよくない。二人共才能があるんだ。競争しながら速くなれよ!」

 いつも口癖のように言っていた。

「僕には公道じゃ安全運転しろ、って言ってたのに、自分が逝っちゃうんだからね。一緒に走ってた人の話しだと、抜かれた黄色いバイクを追いかけてたんだって。僕から見ても速かった父さんが峠で死んじゃうなんて、今でも信じられないよ」

 優の目が涙ぐむ。


「でもユウが戻って来て良かったよ。篤史さんのためにも、来年は二人で、全日本で大暴れしようぜ」

 浩の言葉に、涙が溢れてくる。

「そうだね。父さんの働いていた、整備工場で住み込みでレース続けられる事になったんだ。学校は辞めちゃったけどね。全日本かぁ、通用するかな?」

「当たり前だろ!お前はこの俺に三回も勝ったんだからな」

 優は無理に笑った。浩は更に続ける。

「俺様は世界グランプリで史上初の3クラス同時の、トリプルタイトルを獲る天才ライダーなんだからな」

 浩の真剣な顔で言う冗談に、優は心から笑いが込み上げてきた。


「それは絶対無理だと思うよ」

「なんでだ?」

 浩が不服そうに訊く。

「だって125は僕が、10年連続チャンピオンを達成するから。僕が引退した時には、浩はもうオジンだよ」

 優が珍しく、大口を叩いた。


「おーい、チャンピオン!いつまでもあぶら売ってないで、さっさと片付けろ!」

 遠くで、浩のチームの先輩の呼び声が聞こえる。


 黄昏のパドックは、暗くなってきていた。


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