勇者転職する① ~母さん、俺テロリストになるよ~
本当のところ、だ。
俺達がわざわざネクト村まで歩いたのは、無意味だった。
なぜなら俺もローリエも移動魔法が使えるからだ。というか道具屋でもひとっ飛びできるアイテムがはした金で置いてある。どう考えても、ガキの小遣いで済むような技術でもない気がするが、そういう世の中なのだ。
だから、セルジアはまあ近いから置いておいて、後の三人は誰から迎えに行っても良かった。
エルザか、イノウエか、ソフィアか。
個人的にはエルザが良かった。
二つ返事でオーケイを貰えそうだし、エルザがいるハイランドの首都はなにより宿が良いし食事も美味い。しかも周りの魔物は結構金を持ってるから、五匹ぐらい遊べば結構な贅沢ができる。それに礼儀正しい国だから、俺達は間違いなく国賓だ。
だが、セルジアはソフィアに会いたいだろう。
当然だ、こいつはもう覚醒したのだから。
ローリエはイノウエに会いたいだろう。
なにせあいつは半分ローリエのパシリだった。
魔法使いって、いろいろ道具必要なのよねと荷物をもたせ、自分の食事当番は全てやらせて、あと肩をもませていた。
とりあえず、多数決を取る。
「ソフィア殿」
「エルザかな」
「イノウエがいいわ」
はい、こうなるよね。
「いいですか勇者殿、ソフィア殿は海賊ですから、船を借りたらこれから先の移動が楽になるのですよ」
それ、去年の話な。
「イノウエがいいじゃない。便利でしょ、何かと」
お前にとってはな。
「どうして勇者殿はエルザ殿がいいんですか?」
「あそこの国、金持ちじゃん。勇者ご一行が来たとなれば、そりゃあ歓迎されるだろう? まあ、お固い国だからエッチな踊り子さんは来ないだろうが、晩飯も豪華なベットもタダなわけだ」
だが、俺の説得に二人とも応じてはくれなかった。
畜生、自分のことしか考えられないゲスどもめ。
「じゃあ、こうしましょう? ここにサイコロがあるわ。1、2が出たらソフィア。3,4が出たらエルザ。5,6が出たらイノウエ。文句ないわね?」
どこからかお椀と小さなサイコロを取り出して、ローリエが説明する。
文句は、たしかに無い。
無いのだが、ローリエは顔にイカサマしますと書いてあるような笑顔をしていた。
セルジアは、真剣な顔をしていた。
運など信用しない、自分の実力でつかみとろうと、そういう気概が目に見える。
「さあ、行くわよ」
彼女の手から、サイコロがこぼれ落ちる。その指先には、小さな魔法陣が見えた。
恐らく、重力魔法。
1と2の面に荷重をかけ、5、6が出るように仕組む。
このまま垂直に落下すれば、ローリエの思う壺だ。
セルジアは、何もしなかった。落ちてゆくサイコロを、見てはいなかった。
そして、お椀とサイコロが触れた瞬間、笑った。
何もしなかったのではない、何かしていたのだ。
お椀に触れた瞬間、サイコロが真上に高く飛び跳ねた。
そう、お椀に罠を仕込んでいたのだ。
ローリエが歯ぎしりをする。だがもう遅い、セルジアは天に弓を向け、矢を射った。
セルジアの目は、良い。
だから、見上げた面が六になった時、タイミングを合わせて矢をその上から垂直に命中させる――そんなこと、奴には造作も無い。
「ネクト村弓術、序の口。千枚通し」
そして、サイコロに矢は命中し。
空中で真っ二つに割れて、落下した。
かつてサイコロだったものの残骸は、綺麗に3と4を示していた。
「さ、エルザに会いに行きましょう」
「そうですね、いやー元気かな―エルザ殿」
そして何事もなかったかのように、二人はそんな事を言った。
「ちょっとアラト、モタモタしてると置いて行くわよ」
ローリエに急かされ、彼女が展開する魔法陣の中に入る。
なんだろう、すごい納得いかない。
教国ハイランド。
この世界では珍しくトップが王家一族じゃない国の1つだ。
一番偉いのは、神様。ゴッド。実在しないので、ナンバー2が実質トップ。
トップは、教王である。
普通の王様との違いは血統が関係ないことだろう。
実力と野心と信心とけつの穴を差し出す覚悟があれば、誰でも偉くなれる。勿論、早寝早起き三食食って家族大事にしろと宣伝するだけで国が維持できるほどの金と権力は得られないので、特産はある。
それが、文化と芸術だ。
例えば同じ絵画があっても、ハイランドの名前がついてると値段が倍になる。
同じ楽器でも、ハイランド製なら値段は倍。同じ仕事でも、ハイランドなら給料は倍。
そんな、夢の国。
「勇者殿、すこし寄り道しませんか?」
ハイランドに着くや否や、セルジアがそんな事を言い出した。真面目むっつりにしては珍しい提案だ。
「どこに?」
するとセルジアは、満面の笑みで何かの紙を俺達に見せた。どこかで貰ったのか、用意していたのかは知らない。
「ほら、みてくださいよこのチラシ。 ハイランド少年合唱団のコンサートがお昼から」
「燃えろ」
内容を全部確認せずに、ローリエはチラシを綺麗さっぱり燃えカスにした。どうやら彼女は美少年に興味はないらしい。オッサンが好みだったっけ?
「チ、チラシが! 割引券が付いているのに!」
「それじゃ、エルザに会いに行くか。とりあえず城に行けばいいか」
とりあえず俺達は徒歩で城門へと歩いて行った。
城は教会も兼ねているのだが、教会のように誰にでも開かれるというわけではない。
大きな城の東西には中くらいの教会が二つ建っており、普段はそこが開放される。真ん中の城は、何かのイベントでも無い限り開かれることはない。
だから、俺達はでかい城の受付でシスターにエルザの居所を尋ねた。もともと組織に属していて、その上で魔王を倒したのだから偉くなってるだろうし、例えここにいなくても知っているだろう。
「シスターエルザの居場所、ですか?」
受付のシスターは、巨乳だった。
統一規格の修道服では布が足りないのか、前面は皺がないほど引き伸ばされている。座っているからよく見えないが、きっと尻も大きいのだろう。黒と白のコントラストが、そのグラマラスな体型を引き立てる。
畜生、こういう子と旅をしたかったぜ。
「そうそう、実は手紙を出したんだけど届いてなかったみたいで。場所、知ってる?」
「ええ、少々お待ちください」
きっと、彼女は新人なのだろう。
自分にわからないことだったのか、一旦後に下がり同じ部屋にいた意地悪そうな眼鏡のババアに確認を取った。それから少し怒られて、こっちに戻ってきた。
「あっ、その、今彼女は仕事中でして、その、手が離せないと……」
そんなはずはない、と言いかけたが、やめた。エルザが仕事をするなんてありえないよと言いたかった。だけどそれを言うとこの眼の前のシスターが余計にいじめられそうだったから、やめたのだ。
なんて紳士的なんだろう、俺。
「場所だけ教えてくれればいいよ。こっちで迎えに行くから」
「で、でもっ、関係者以外立入禁止で……」
もう、埒が明かない。
仕方ない、俺の高貴なオーラでもうバレてるかもしれないが、ここは名乗るしか無いだろう。
「まいったな、それは」
髪をかきあげ、天を仰ぐ。ああ、世界は美しいな。
「俺、勇者なんだけどな……」
目の前にいたのは、眼鏡のババアだった。
なにこれ。
「何か、それを証明できる書類はお持ちですか」
ババアは低俗な人間なのか俺の高貴なオーラに気づかず、そんな事を杓子定規な事を宣う。
「えっ」
なにそれ、ふざけてるの?
「それがないと、お通し出来ませんので」
書類、そんなもの……ないよ。
「あっ、これっ、聖剣……」
しかたがないので、俺は腰から提げていた聖剣をババアの前にかざしてやった。
どうだ、参ったか。
「レプリカでしょう? 流行りましたからね、その武器。でももう時代遅れっていうか、去年の流行っていうか……」
そう言うと、ババアは鼻で笑って。
「ダサッ」
余計な一言まで付け加えた。
「でも、教王なら俺の顔覚えて……」
そう、あのハゲチャピン。ハゲチャピンなら俺のことを覚えているはずだ。
「もっと忙しい人を呼びだそうなんて、どういう神経してるんですか?」
この行き遅れクソババア、てめぇみたいな性格のネジ曲がった人間がいるから世の中ってやつは――
「ご、ごめんなさいね。ちょっと書類忘れて来ちゃって。ほらアラト、一旦帰るわよ」
と怒鳴りつけようとした所、ローリエに口を押さえられ引きづられる羽目になった。
畜生、あのババア。
俺達は、近くのオープンテラスのカフェに避難していた。
「殺す。あのババア絶対殺す」
俺は、決意した。
世の中には生きていてはいけない人間がいる。具体的にどういう奴が条件に当てはまるかを説明するのは難しいが、少なくともあのババアはその代表だ。
殺す、確実に。
「落ち着きなさい、アラト。ここで騒ぎを大きくしたってどうしようもないわ」
紅茶を飲みながら、ローリエはそんな事を言う。俺の怒りを少しも理解しようとしないとは、なんて氷のように冷たい女なんだ。
「それにしても、おかしかったわねあの二人。エルザは世界を救った英雄よ? それが、あの奥歯になにか詰まったような態度」
「確かに、まともじゃなかったですな。こうなれば直接会いに行くしか……」
二人は何やら穏便に済ませる方法を模索しようと話し始めたが、俺はそんな事をする気はない。
「なんでもいいから、あのムカつく城をぶっ壊せる方法でいこうか」
「あのねえ、そんないい方法都合よく転がってるわけ無いでしょ」
そして俺は、ため息をついた。
どこかに都合よく、ババアの本体らしき眼鏡を木っ端微塵にする方法は無いだろうか。
「ハイランドは堕落した!」
誰かが、町で叫んでいた。メガホンを持って、ビラを握りしめ、そんな事を言い始めていた。全く俺が苛ついてるのに、なんて。
「金、金、金! 神の威光を忘れ去り、まやかしの黄金の輝きに目を奪われた! 出世のために道を説き、私利私欲のために他者を許す! そんな国家に明日はない!」
なんて。
「今こそ、あの憎くそびえ立つ塔に、裁きを!」
俺は、随分と立派なことを言うオッサンに歩み寄った。
「なあ、おっさん」
肩を掴み、彼の目をしっかりと見据えて俺は言った。
「良いこと、言うじゃないか」
なんて渡りに船なんだ。




