勇者再び旅に出る③ ~おにいちゃん、だぁいすき! 〜おとうとだけどおにいちゃんのおよめさんになるもん〜~
セルジアの家は、普通だったはずだ。
木造の平屋で妹と暮らしており、近くの森でイノシシとか鳥とかを取って生計を立てていた。貧乏でも裕福でもない、それぐらいの幸せそうに見える家庭だった。
そのはずだったのだが。
セルジアの家は、三倍ぐらいでかくなっていた。縦横高さ、どこをとっても三倍。つまり豪邸。表札も木から石にグレードアップし、なんか塀とか門がある。俺の家よりでかい。
とりあえず、塀の所に鐘があったので、ガラガラと鳴らしてみた。二分ぐらいして、セルジアの妹が出迎えてくれた。
名前、なんだっけ。
「あら、お久しぶりです勇者様とローリエ様。ふふっ、二年ぶりですね」
セルジアの妹の以前と変わらない品のある喋り方は、ある意味この豪邸に似合っているのかもしれない。ただ、ここにセルジアが住んでる事が何より気に食わない。
「ひさしぶりねカスミちゃん。セルジアに会いに来たんだけど、いる?」
そうそう、カスミだった。
「ごめんなさい、兄はいろいろ……」
妹あらためカスミちゃんは、俺達が温泉まんじゅうの袋を持っていることに気づいて、言葉を中断した。
「長くなるから、中でお話しませんか? お茶、ご用意いたしますね」
彼女に案内されて進んだ先にあったのは、客間だった。居間じゃなくて客間、まずこの人を呼ぶためだけのスペースが家の中に存在するということが金持ちの証。
壁紙に汚れなど一つもなく、隅々まで手入れが行き届いている。
「ところでこの家、どうしたの?」
差し出されたお茶をすすれば、なにやら高級な香りが漂う気がする。
たぶん、高い。
「村の人が、私達の為に建て替えてくれたんです。兄さんが立派なことをしたのに、自分たちはこれしかできない、なんて言って。断ろうと思ったんですけども、そうすると帰って相手の気持ちを無視してしまうみたいで、断れきれずに……」
恥ずかしそうにカスミちゃんはそんな事をいうが、嬉しそうにも見える。
畜生、なんて高度な自慢テクニックなんだ。
「でも、良い事もあるんですよ? 兄さん、最初は前と同じ生活をするつもりだったみたいなんですけど、この家を立ててもらって、自分も恩返ししなきゃなんて言い始めて。観光地の経営とか、温泉の知識とか、トウモロコシの肥料とか……そういうものの資料を取り寄せて、村の人に教えてるんです。村の人も、次の村長は決まったもんだ―、なんて冗談ばっかり」
居心地が、悪い。
どうしてあいつのアホ面を拝みに来ただけなのに、こんな話を聞かされなければならないんだ。
温泉まんじゅうをかじってみるが、全く味はしない。それどころか吐き気すら覚えてしまう。茶を飲んだって、喉が渇く。
「へぇ、随分と立派になったのね、あいつ。アラトもそう思うでしょ?」
思わず、俺は席を立つ。ローリエの顔は見ない。ニヤついてるのは知っているから。
「……トイレどこかな」
「そこの扉を左に曲がって、すぐですよ」
一瞬驚いたものの、カスミちゃんが出口を指さす。
なんだって、こんな惨めな気持ちになるんだろうか。
おかしい。
この村は絶対おかしい。
いやおかしいのはセルジアなのか?
少なくともあいつはもっとろくでもないやつだったはずだ。女の目を見ず胸を見て、ちょっと男だけになれば前フリなしにエロい話をしたり、一緒に風呂を覗いたり、最後の方はソフィアに熱い視線を送ったりしていたような、どうしようもない人間だった。
村長?
あいつが?
冗談だろ、この村の連中はやはり頭のネジが外れている。あんなクズにこんな豪邸、猫に小判豚に真珠馬の耳に念仏だ。それに村の将来を任せようなんて、泥船で密輸するぐらいの信頼度だ。
俺の心に嫉妬の炎が宿っていたが、だが同時に仲間への信頼も忘れてはいなかった。
そう、忘れるわけはない。
夜、焚き火にあたりながら、朝までロリ巨乳の素晴らしさについて目を輝かせて語ったあの男を。
ポケットに下着を隠しながら、全く下着泥棒なんて許せませんねと宣ったあの精神を。
こんにゃくに切れ目をいれて、使えるか使えないかを真剣に考えたあの悩みを。
勇者殿、拙者新たなステージを見つけましたと言った、あの笑顔を。
そう、あいつは変わってないはずだ。俺達と旅をした、あのムッツリスケベのままのはずだ。
その証明を、俺はしてみせる。
この、書斎らしき部屋で。
予想通り、ヤツの部屋には鍵がかかっていた。ドアに備え付けの、シンプルな鍵。だがこの詰めの甘さもあの男の変わらない性格の一部だ。確かにこの鍵は、普通の人間を入らせないためには十分すぎる。悪くない選択だと、俺は思う、鎖や南京錠なら、頑丈ではあるもののこの部屋には重要なものが眠っていると感付かれるおそれがある。だが、この単純な鍵ならばプライバシーとかプライベートとかで説明できる自然さがある。
だが、鍵穴を覗けばそれが嘘だとひと目でわかる。
通常二、三しかないシリンダーが、十近くも備え付けられている。これを開けられる鍵屋は、恐らく作った人間だけだろう。しかもこの形状なら、恐らく鍵本体もちょっとギザギザが多い程度の鍵で言い訳できる。
次に感心せざるを得ないのは、扉そのものだ。
一件普通の木の扉だが、叩いてみると中に金属が仕込んであるのがわかる。おまけに引き戸となっているので、脆い金具部分が存在しない。恐らく、この扉を村の中で破壊できるものなんて、それこそセルジアの弓ぐらいだろう。
完璧な防犯。
演出された自然さ。
扉に書かれた、『入らないでね セルジア』の札。
直感は知っている。
エロ本は――ここだ。
さて、この扉の攻略だが、正直言って並の泥棒なら無理だ。
経験を積んだ盗賊も、あらくれどもの海賊も、開けることはかなわない。だが、この世界にはそんな連中よりもよほど凄い奴がいる。
そう俺だ。
勇者がいる。
思えば最初は、しょぼい改造鍵だった。あけられるのは人の家の勝手口程度で、壊したほうがまだ早い。だが、俺達は旅をした。西へ東へ、山を下って海を渡り、空を飛んで手に入れた。
だめじゃないか、セルジアくん。
一緒に宝箱、開けたこと忘れたのかな?
そう、この、伝説の鍵の事を。
森羅万象ありとあらゆる封印の概念に干渉し、痕跡一つ残さず全てを開放する神々の悪戯。大魔王より悪い奴が万が一現れた時に悪用されないために、俺がみんなに黙って自主的に保管していたのだ。まさか、こんなにすぐに使うとは、いやはや俺も悲しいぜ。
そして俺は鍵を開け、まんまと部屋に入ってやった。
その部屋は、ひどく普通だった。
壁にはカスミちゃんが言っていたような本や資料がずらっと並んでおり、書斎と呼ぶにふさわしい。机にはランプやペンにインクとお決まりの道具があり、大きな窓からの日当たりも良好だ。棚に並んだ本を一冊手にとって見れば、何やら植物に関するあれこれが挿絵付きで解説されている。読んでもわからないだろうから、俺はそっと棚に戻した。
自分が嫌になる。
そう、セルジアは変わったのだ。
もう巨乳好きのムッツリスケベは立派な村長候補になってしまったのだ。
よく考えれば、当然だ。
こんな家が貰えるぐらいの英雄なのだから、女もあてがわれたのだろう。
金、女、家、名誉。
そんなものを手に入れたから、あいつは変わったんだ。
二年前はあいつが読みもしなかっただろう本の背表紙達を、俺はなんの気なしに読み上げる。
『図解植物大全』
『経営学基礎概要』
『経営学基礎序論』
この本棚は、壁なのだろう。
俺と、セルジアが会わない間に積み重ねられた壁そのもの。差と言ってもいい。
それが少し、惨めになる。
『農作物肥料逆引き時点ア〜カ』
『美少年の描き方』
『温泉効能の全て』
うん。どうやらあいつは変わったらしい。今、なにかおかしなタイトルが見えたが、きっと気のせいだ。
『なれる! 大人気漫画家』
『乳首開発の手引』
『ポコチンヘブン』
どうやら、奴はもう巨乳好きのムッツリスケベではないらしい。
『パースの付け方』
『娼年達の館』
『おにいちゃん、だぁいすき! 〜おとうとだけどおにいちゃんのおよめさんになるもん〜』
そう、奴は変わったのだ。
いまのあいつは、そう。
ショ○コン――
直感が告げる。
避けろ、と。
瞬間、閃光が走る。
音もなく、風を殺し、ただ結果だけが残る。
窓ガラスが粉砕されて初めて、ああ、矢が飛んできたのだと理解した。
「久しぶりだな、セルジア」
振り向かず、俺は答える。誰が立っているかなんて、顔を見なくてもわかる。
聞こえるのは風の声。
割れたガラスに裂かれた風が、幾重にも冷たい音を奏でている。
「は……」
奴が、口を開く。俺は聖剣の柄に手をかけ、臨戦態勢を取った。構えはなく、ただ防ぐために。
「入らないでって、書いてあるのにっ!!」
振り向いて、俺は聖剣を振り上げる。
セルジアの狙いは、俺の脳天ど真ん中。狩人らしく一撃で仕留めるための実直な射線は、読めていた。
聖剣が唸りを上げ、直撃した矢を粉砕する。死にかけてでも手に入れたこいつは、どうやら今でも役に立つらしい。
セルジアの顔を見る。
そう、あいつは泣いていた。
「ひどいですよ勇者殿! ちゃ、ちゃんと入らないでって書いたのに、鍵も厳重だったのに!」
しかも、マジ泣きだ。
「あ、いやこれはなんていうか」
「大体何ですか、人の留守中に来て人の部屋を漁って! 楽しいですか、そういう事が!」
超楽しいよ、もう最高!
なんて言えるはずもなく。
「もうおしまいだ! もうこの村にいられないっ!」
その場にうずくまって、泣き叫んで自暴自棄になりかけているセルジアに歩み寄る。
「その、悪かったよ、勝手に入って。大丈夫、誰にも言わないから」
言葉のとおりだ。
誰だって触られたくない性癖はある。
ネタにならない引く性癖がある。
それをバラすなんて事は、人が人にしていい事じゃない。
そっとしておくこと。
距離を置くこと。
それが最良の選択肢だって、ありうるんだ。
泣いているセルジアに、俺は手を差し伸べる。
きっと、誰にも言わないからと、伝わるような笑顔をして。
「勇者殿……」
本能が命ずる。
今すぐ距離を取れ。
セルジアは、ポケットからナイフを取り出し、俺に向かって投擲した。
とっさに地面を蹴り後ろに飛んでいたおかげで、すんでのところで刃先が逸れる。
空中で体勢を整え書斎の上に着地すれば、あいつの顔がよく見えた。
修羅。
俺が滅ぼしていた魔物たちには、こいつはこう見えたのだろう。奴の本能から漏れ出る殺気は、死の恐怖そのものだ。逃げるか、死ぬか。その冷たい眼差しは、敗走さえもその手の弓の射程距離に勘定している。誰よりも多く生物の死を見てきたのだろう。
狩人にとって、生きることは殺すこと。宗教的な概念を差し置いても、食べるという事はそういう事だ。
――殺す。
セルジアの唇が、わずかに動く。
それは脅しではなく、決意の言葉。
獲物にではなく、自分への枷。
涙はもう乾いている。ともに世界を救ったことは、もう遠い日の事だ。
狩人と、獲物。
この部屋にいるのは、ただ純粋なそれらだけだ。
聖剣を握りしめ、セルジアを睨む。奴の手は、かつて女神から託された伝説の弓を握りしめている。
実体の無いその矢は尽きること無く、射線の空間を意のままに消滅させるトンデモ兵器。
腰に下げられた数本のナイフは、当たりどころが悪ければ致命傷にだってなりうるだろう。
だが、この部屋は有利だった。
まず、俺に失うものはない。遮蔽物は全てセルジアの恥ずかしい私物で、どれだけ穴だらけになろうが俺の知ったことじゃあない。
加えて、狭い。
それがいい。
距離に分があるのは、俺の方だ。剣と弓、ここは間違いなく剣の距離だ。
そう、それが普通の弓ならば。
「ネクト流弓術、三之秘技――時雨」
矢が、来る。
時雨。
一本の矢を射線と平行に自壊させ、複数の矢を無理やり作る奴のお家芸。
距離は落ちるが、至近距離での威力と範囲は上がる。前面から降り注ぐ、無数の矢の雨。防ぐ方法は、一つしか無い。
「……はあっ!」
手を伸ばし、聖剣の柄をくるりと回し円を作る。刃の軌跡が実体化し、数秒間だけその場に残る。
時の剣。
それがこの得物の本当の名前だ。
数秒間だけ時間に干渉し、その軌跡のあったこと、なかったことを同時に存在させる。斬撃を遅らせることも出来れば、早めて同時に数発撃ちこむことすら出来る。
名実ともに、最強の剣。
だが、刀身を伸ばすことはできない。
ほとんどは防げたかが、足に数発突き刺さる。
針のように細い矢だが、確実に貫通する。
思わず、頬が緩む。
強く、頼もしい仲間が目の前にいる。
背中を預け死線をくぐり、ともに世界を救った仲間。
俺の自慢の、最強の仲間。
敵になって、それが初めて事実だと気づく。
こいつは、強い。
回復する暇はない。血を流して、俺は前へ飛んだ。短期決戦、それしかない。
奴が笑う。
純粋な、狩人の笑み。
獲物が罠にかかった事が、ただ嬉しいだけの笑顔。
「ネクト流弓術、奥義」
あれが、来る。
わかっている。その威力は何度だって目にしてきた。命だって救ってもらった。
そんな、やつの必殺技。
「穿水」
大気が歪み、空間が軋む。
命を奪い続けた果てに、生み出された弓技の終着。
貫くという弓の本質を体現したただの技術。
それは、城すらも壊し、全てを貫く一本の矢。
引き絞られた弓が、それを放とうとしている。
この男は変わらない。
どこまでも実直で、純粋な男。
「だからさ、セルジア」
変わらない。きっとこれからも。
「そういうところが!」
聖剣を放り投げ、蹴り飛ばす。
天井に突き刺さるが、そんなことはどうでもいい。
目的は、俺が後に下がること。
剣を蹴った反動で、狙い通り俺の体は粉々になった窓に向かってくれた。
そこからは早い。
床に散らばった一冊の本を拾い上げ、掴む。窓から手を出し、外気に晒す。
風が、気持よかった。
「……甘いんだよ」
セルジアは、目がいい。
だから、矢を撃たなかった。
その本が、『おにいちゃん、だぁいすき! 〜おとうとだけどおにいちゃんのおよめさんになるもん〜』だったから。
穿水の欠点。それは、轟音だ。
客間で談笑しているだろうカスミちゃんもローリエも、その音に気づいてとりあえず外にでるだろう。
仮に俺を撃てば、この本は下に落ちる。この下は丁度中庭で、客間から外に出ようとすれば確実に通る場所だ。
「卑劣な……っ!」
「なんとでも言うがいいさ、こっちだって死にたくはないからな。どうするセルジア? 俺を殺して噂になるか、秘密を知る俺だけを生かすか。好きな方を選んでいいぞ」
沈黙が、部屋を塗りつぶす。
セルジアは、弓を下げ、大きなため息をついた。どうやら、懸命な判断を下してくれたらしい。
「まったく、勇者殿にはかないませんね」
「そうでもないさ、半分は運だよ。これが植物大全だったら、俺は間違いなく死んでいた」
手元にある本のタイトルをもう一度見る。
だぁいすき! の部分が家人に見られたら死にたくなること間違いなしだ。
「まあ、そう気に病むなよ。前々から気づいていたから、別になんとも思わないよ」
そう、こいつにショ○コンの徴候はあった。
主にソフィアが仲間になってから、おかしくなった。きっと、女に免疫がないのだから、女みたいな男に走った結果なのだろう。
それを責めることは、できない。
「そうでしたか、拙者随分と早とちりをしてしまったようで……」
恥ずかしそうに、セルジアが笑う。
「返すよ、これ。大事なんだろう?」
「ええ、実はそれ発禁になったやつで」
本を、セルジアに向かって投げる。
だが、足のダメージが今になって聞いたのか、すこしよろけてしまった。
セルジアもキャッチしようとしたが、気を張っていたせいか手が滑って、扉に向かってゆっくりと弧を描く。
「悪い悪い」
「まったく、勇者殿は」
だが、それがなんだって言うのか。俺たちの友情の前で、そんな事は些細な事だ。
「二人とも、いつまで遊んでるのよ」
突如、扉が開かれる。
そこにいたのは、ローリエだった。
例の本は、まるでそこが定位置だったかのように、ごく自然に彼女の足元に。
「何これ?」
そしてそれを拾い上げて、声に出して読み上げた。
「おにいちゃん、だぁいすき……? おとうとだけどおにいちゃんのおよめさんになるもん……?」
彼女が、鼻で笑う。
「無理に決まってるでしょ、そんなの」
その言葉は、どんな強力な矢よりも、セルジアの心に突き刺さった。
「む、無理じゃないし……!」
震えた声で、セルジアが抗議する。
俺は思わず駆け寄り、セルジアの肩を掴んだ。顔を見ると、奴は泣いていた。
男泣きだ。
「そ、そりゃあね? 性別のかべ、か、かべはっ、あっ、ありますけどね? でも、でもね、大事なのはね? いっちばん人間が、人が大事にしないといけないことって、あ、あ、愛だと、思うんですよ? 愛が、愛がね、あれば、ね? せ、性別の、性別のぉ! 壁なんて、なんてさ、た、大した事じゃ、ことじゃないと、思うんですけどぉ!!」
「やめろローリエ、可哀想だろ!」
「キモッ」
だからやめろローリエ、それは俺も思ってるんだから。
「ローリエ殿には、わからないんですよ! れ、れいこくで、愛なんて信じてなくて、金とか、金とか、権力とか、そういうことが好きなビッチには! あなたには、あるんですか? あるんですかあ!? 色んな物をこえた、え、永遠の愛を信じる心が!」
「あーはいはい、私が悪かったわよ。黙っててあげるから、そのグダグダ言うのやめなさい」
面倒くさくなったのか、投げやりに彼女が言う。それがまた、セルジアの神経を逆撫でした。
「こ、これだから! おっぱいと一緒に真心まで成長しなかった貧乳女はあっ!」
世界が、凍った。
貧乳。
俺は、思ったことはあっても、言ったことはなかった。世の中に言ってはいけないことがあるって、俺は知っているからだ。
貧乳。
彼女の胸を見る。どんな魔法をつかっても、登ることすら難しい崖。絶壁。
「やめろセルジア! 本当のことでも言うなよ!」
「本当の、事?」
「いや、違う、そうじゃない! 落ち着け、落ち着けローリエ!」
「古より封印されし無慈悲な女王よ、不浄なるものをを凍てつかせ」
ローリエが呪文の詠唱を始める。セルジアは泣いたままだ。聖剣は、天井にささっている。
「この者達に裁きを下し、永遠の極刑を与えよ!」
世界が、凍る。
彼女の得意な氷魔法は、いつだって頼りになった。
ああ、俺これから死ぬなって、思えるぐらいに頼もしい。
「アブソリュート・ゼロ!」
「なるほどお、勇者殿はパレードの返事を聞くために尋ねてきたのですね」
「ああ、なんでも小遣い貰えるらしいからな。お前の返事よくわからなかったらしくて、直接聞きに来たんだよ」
「いやあ、もっと簡潔に書けばよかったですね。もちろん行きますよ、拙者皆さんに会うのを楽しみにしていましたから」
「お、それならせっかくだし、他のやつを探すの手伝ってくれないか? あいつら、手紙とか書くような連中じゃないからなあ」
「ええ、それなら是非お伴しますよ。楽しみですよ、本当に」
「ローリエも、そう思うだろ?」
俺とセルジアは、氷漬けになっていた。正確に言えば、首から下が凍りづけになって、縄で縛られ、ローリエに引きづられている。これだから、家の外は恐怖でいっぱいだぜ。
彼女は無言だ。どうやら機嫌はななめのまま。治す方法を俺は知らない。
「なあ、セルジア」
「はい、勇者殿」
「俺たちの旅が、また始まるな……」
ローリエに引きづられながら、空を見上げる。
空は広く、世は平和。
天上天下こともなく。
俺が救ったらしい世界は、ずいぶんとのんびりしていて。
せめて手足が自由に動けば、もっと幸せだったのに、なあ。




