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中学二年生の仲秋、怜の修学旅行 その7

 つい口走ってしまったことを後悔はすまいと思いながら、(レイ)は、(タマキ)を隣にして歩いた。少し前を、他の班員たちが歩いている。他のクラスメートたちも、みな楽しそうに、しゃべったり、スマホで写真を撮ったり、鹿に詰め寄られたりしていた。

「わたしたちも、鹿せんべい買ってきて、あげてみる?」

 環が言った。

「冗談だろ」

「どうして? 鹿、嫌い?」

「遠めに見ている分にはいいけど、近くで親交を深めたいとは思わない。それは、基本的には、どの動物に対しても言えることだけど」

「一番下の妹が、ネコを飼いたがっているの」

「ネコか。イヌは、小さいときは子どもの遊び相手になり、大きくなると子どもを守ってくれて、年老いると子どもに死を教えてくれるって言うよな」

「ネコは?」

「聞いたことないな」

「じゃあ、ワンちゃんにしなさいって言った方がいい?」

「いや、何も教えてくれないなら、ネコの方がいい。そもそも『教えてくれる』なんていうのは、人間の勝手な考えだ。動物が人間のために存在するっていう考え方は卑しい」

「お父さんが、ネコアレルギーなのよ」

「お父さんを取るか、ネコを取るか。それが問題だな」

 怜は環と、鹿せんべいを差し出したクラスメートたちが、つぶらな瞳をした鹿たちに怒涛の如く寄って来られて、あわあわしているのを遠巻きに見ていた。

 班員の(スミ)は、さかんにスマホで写真を撮っていた。

「シュンは撮らないの?」

 隣のカレシに尋ねる。

「ボクは心に焼きつけるだけで十分だよ」

「でも、念のため、撮っておいた方がいんじゃない? 忘れるかもしれないし」

「忘れないよ。今のスミちゃんの心配そうな顔とか、さっきお菓子食べてたときの幸せそうな顔とかね。ずっと覚えている自信がある」

 (シュン)が柔らかく言うと、澄はスマホをバッグに片付けて、我がカレシの顔に注目し始めた。

 鹿に近寄られている日向(ヒナタ)が、

「もうあとケンがやってよ、おせんべい」

 隣の幼馴染に後を託す。

「すぐに飽きるんだからなあ」

「つまらないことに使っている時間ってもったいないでしょ」

「まあ、そうなると思って、自分の分の鹿せんべいは買わなかったわけだけどな」

 鹿のおやつを押し付けられた(ケン)は、しかし、献身的に幼馴染に仕え、日向はそれに満更でもない様子だった。

 環は怜を見た。

 怜はうなずいた。

「確かに、オレたち二人して修学旅行、休んでもよかったかもしれないな」

「そうでしょ」

「その代わりに、三日間かけて、近場で、行っていそうで行ったことがなかったスポットをゆっくり回る」

「ステキ」

「で、平日にウロウロしているところを見とがめられて――」

「補導されそうになったところを逃げる」

「なんかヘンテコな青春の一ページになりそうだなあ。やっぱりこっちに来ていてよかったかもしれない」

 レストランで昼食を取ったあとは、夕方まで観光というスケジュールである。当たり前。怜は特に興味もない神社仏閣をさも興味ありそうな風を装って聞いた。改修中で入れないというところに対しては残念そうな顔をしてみせた。一生懸命説明してくれているガイドさんの手前、礼儀を通したのである。

 しかし、露骨につまらなさそうな顔をしているクラスメートもいて、ガイドさんの説明も聞かず、ペチャクチャとしゃべっている声が大きかった。とはいえ、彼らを責める気は怜には無かった。そもそもが、中学生で神社仏閣を巡られても困るというものである。そんなに信仰心も無いだろうし、歴史にもそうそう興味は無いだろう。

「寺に興味は?」

 隣から賢が訊いてきた。

「無限の興味がある。寺とは一体何なのか。仏とは何様か。朝じゃなくても袈裟(けさ)を身に着けるとはこれいかに」

「特に無いようだね」

「特に無い。でも、よく知らないものを見たり、その説明を聞いたりするのは別に嫌いじゃない。寺の代わりにアミューズメントパーク的なところに行きたい、というわけでもないしな」

「詳しくはない?」

「寺に? 全然」

「レイなら何でも知っているんだと思ったよ」

「どうしてそんな誤解をするのかということが、すでにして分からない」

 怜は、寺の縁起や仏像の説明を聞きながら、感心すると同時に明日には忘れているであろうことも承知していた。しかし、それでいいだろう。ちょっと聞いて知ったかぶりをするようなものであれば、綺麗さっぱり忘れてしまった方がいい。自分の記憶力の悪さを華麗に棚に上げることができた怜は、ガイドのお姉さんの説明にうなずきながら、右から左に聞き流した。

 観覧、点呼、移動をいくつか繰り返したあと、ホテルに到着した。

 それなりに肉体的には疲労していた怜は、精神的にはそれほど疲労していないことに気が付いた。

 つまりは楽しいのである。

 楽しいというか楽というか。

 いずれにしても、ストレスを感じていないことは確かだった。

 怜は、同行のみんなに感謝した。

「ありがとう。まだ初日だけど、いい旅行になったよ」

 夕餉の席で、班員のみんなに言うと、みなきょとんとした顔をした。

「まあ、気にしないでほしい。ちょっと言いたくなっただけだから」

 怜が続けると、

「いや、気にするでしょ。明日あたり死ぬんじゃないの、加藤くん」

 と日向が言った。

「ヒナタ、言っていいことと悪いことがあるぞ」

 賢がすかさず彼女の対面から口を出した。

「うん、あるね。でも、何を言っていいか悪いかは、わたしが決める」

 賢は天を仰ぐ振りをしてから、怜に謝った。

「なんでケンが謝るのよ」

「お前の保護者としては当たり前だろ」

「誰が誰の、なんですって?」

「お前がした間違いはオレが正す。そういう役割になっているんだよ。生まれたときから」

「今の聞いた? タマキ」

 日向は愕然とした顔で隣の少女を見た。

「しっかり聞いていました」

「どう思う?」

「ありがたいことだと思うけど」

「ありがた迷惑の間違いだと思う」

「そんなことないんじゃないかな。ヒナちゃんは西村くんに感謝した方がいいと思うよ」

「それ、本気で言ってる?」

「さあ、どうかな」

 うるわしい女の子同士の会話を聞くでもなく聞き流しながら、怜は、やはりこうして気の置けない仲間と旅行に来ることができて満足していた。こういう機会はそうそうないだろう。というか、少なくとも中学校の間は確実に無いのである。

「レイ、ヒナタのこと悪く思わないでくれよ」

 隣から賢が言った。

「まだ言う」

 口をとがらせるようにする日向を見ないようにしながら、怜は答えないことで答えとしておいた。はっきりと答えるとまた彼女の不興を買うに決まっているからである。

 部屋に帰ると、怜は眠気を感じた。

 部屋は6人部屋であって、当然に男女別なので、怜は班の2人と、別の班のもう3人で寝ることになった。幸いなことにもう3人の方も気の合うヤツラだった。修学旅行でこのような班割り、部屋割りに当たったことの幸運を、怜は修学旅行の神に感謝した。修学旅行の神などという存在が天にましますかどうか定かではないが、八百万(やおよろず)の神々の中には、そういう限定された役割を担当されている神もおわす可能性もあるだろう。

 いつもと違う布団で、しかし、ぐっすりと眠ることができた翌朝、修学旅行二日目のスタートは、

「昨日の夜、川名が告白されたみたいだよ」

 という情報で幕を開けた。

 教えてくれたのは俊だった。どうやら自分のカノジョからの情報らしい。

「断ったらしいけどね」

「大変だな、川名も」

 怜は同情した。何も修学旅行中に余計なことをしなくてもいいのではないか、と思う。とはいえ、そもそも、告白というのがどういう状況でなされるべきなのかということに関する知識は怜には無かったのだから、本件についてはどう評価することもできないのが本当である。

「レイは誰かに告白する予定無いの?」

「今のところは特に無いし、どうもそうしているところを想像できないような気もする」

「でも、いずれは誰かにする」

「『お一人様』っていう言葉もある」

「何ならボクに告白してくれてもいい」

「お前にはもう相手がいるだろう」

「でも、男子ならノーカンだろ?」

「待て待て。ノーカン扱いされるのに、どうしてオレがシュンに告白しないといけないんだ」

「ボクの気分が非常に良くなる」

「考えておくよ」

 朝食の席で、環に会うと、特段昨日と変化は無かった。どうやら、告白されたことによる影響は無いようである。あるいは、そう見せているに過ぎないのかもしれない。そのくらいのことは平気でできる子だった。

 告白されるということが、どういうことなのか、怜にはうまく想像できなかった。こんな自分に告白するような奇特な子がいるのだろうか。いなさそうな気がする。

 告白されるところも告白するところも想像できないとして、その想像が現実になったとしたら、怜は一生一人で生きていくということになる。お一人様。しかし、それでもいいのではないか。それで何の不足があるのだろう。たとえば、妹のような女の子と一緒に生活しなければいけないということを考えてみれば、それなら一人の方がよほどマシである。

 ここで妹を引き合いに出してしまうところが自分の至らないところだと怜は思ったが、至らないにしても、それほど至らないわけでもなかろう、そうに違いないと思い直して、自らを許してやることにした。

「どうかしましたか?」

 食事が終わり、ホテルを出る段になって、環が隣から訊いてきた。

「なにが?」

「さっき、朝ごはんの時、チラチラわたしの方を見ていたでしょ?」

「そんなには見てないだろ。少しは見たかもしれないけど」

「じゃあ、どうして少し見たんですか?」

「……顔色をチェックしたんだよ。川名だけじゃないぞ、みんなの顔を見ていたんだ」

「顔色?」

「そう。みんな元気かどうか。昨日の疲れが無いかどうか」

「メディカルチェックは保健委員の仕事じゃない?」

「重ねてやって悪いことは無いだろ。なにせ健康っていうのは、修学旅行中、一番大事なことだからな」

「それで? わたしの顔色どうでした?」

「さっきはよかった」

「さっきは?」

「ああ、今は若干曇っている」

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