第285話 二宮の相談
「以前から感じていたのですが、局の方針と私の考え方は合わなくて……」
二宮の相談事は以前、シュナイダーと一緒にいたときに聞いた内容と同じような内容だが、今回は彼女の仕草の一つひとつが妙に色っぽく感じられる。
あのときは二宮が多忙であったため、詳しくは話を聞けなかった。
二宮からは刈谷の情報を得たりしたため、翔太としては二宮が持ちかけた相談を断ることができず、ここに至っていた。
(高そうな店だけど、割り勘だよな……?)
深刻そうな二宮の表情をよそに、翔太は自分の懐事情を反射的に考えた。
高級居酒屋の個室は柔らかな照明と落ち着いた木の香りに包まれていた。
そして、彼女の横顔を照らす間接照明が、白磁のような肌と流れるような髪を艶めかしく浮かび上がらせる。
アクシススタッフに在籍していた頃とは違い、今の翔太は二つの会社の役員を兼務している。
普段から無駄使いはしないため、今となっては会計金額にビビる必要はないはずだが、未だ庶民感覚が抜けきらないでいた。
二宮は神代のスキャンダルをでっち上げたり、船井を殊更悪者に仕立て上げたりするようなメトロ放送の報道姿勢に疑問をもっているようだった。
加えて、特定の芸能事務所――フォーチュンアーツの接待を強要されたことに不満を持っているようだ。
後者については後に大きな問題として公になるが、この時代ではテレビ局が絶大な影響力を持っており、多少の不祥事はかき消されている状況だ。
「二宮さんはどうしたいんですか?」
翔太はそう言いながらも、この問いかけでよかったのか自問自答した。
女性は共感して欲しいのであり、解決策を求めているわけではないと何かで読んだことがあるからだ。
「局の方針に縛られない立場になりたいんです」
白磁のおちょこが二宮の細い指先に包まれる様子は、芸術品のような美しさを醸し出していた。
「フリーになるってことですか?!」
「そうですね……」
翔太は驚いた。
この時代で若手アナウンサーがフリーランスに転向するケースはほとんどなかったはずだった。
二宮は相当な覚悟を持っていると思っていいだろう。
「あ、あの……私は人事的な権限はないですよ?」
「ち、違います! 決してそんな意味で言ったわけではないです!」
「そうですね、失礼しました」
フリーランスのアナウンサーは一般的に個人事業主として活動することになる。
まれに芸能事務所に所属することもあるが、これに関しては翔太の早とちりだったようだ。
(じゃあ、なんで俺に相談したんだろうな……)
「業界に関してわからないことだらけの状態で言うのは恐縮ですが、二宮さんなら、どんな立場になっても活躍できると思います」
「ほ、本当ですか?」
「はい、間違いないと思います」
二宮はかなりの人気があり、学業の成績も優秀だと聞いている。
翔太はアナウンサーから弁護士に転身した事例を知っているため、二宮であればどの分野の事業でも成功を収めるだろうと考えていた。
「皇さんに言っていただけると、心強いです」
二宮は社員食堂のときのようにキラキラとした目で翔太を見つめている。
「あ、あの……私が言っても何の説得力もないと思いますが……」
霧島プロダクションの皇将のプロフィールは非公開であり、仮に柊翔太の立場でも二宮のキャリアに口を出せるような経歴や実績は皆無だ。
にもかかわらず、二宮は翔太をかなり信頼しているように見える。
「皇さんは石動さんがホワイトナイトとなって、さくら放送の買収を阻止することをピタリと当てましたよね?」
(そりゃ、未来を知っていてそう仕向けたからな……)
「それに……あのときも私を助けてくれました」
「実際に助けたのはシュナイダーさんですよ」
「でも、皇さんがいてくれたから……安心できたんです」
うっとりとした表情で翔太を見つめる彼女の声は、蜜のように甘かった。




