第264話 キャスティングボート
「状況を整理します」
橘は落ち着いた声色で粛々と話した。
その様子は大手芸能事務所のトップにふさわしいほど堂に入っていた。
(俺、この人の倍近く人生経験があるんだけどな……)
東郷の圧力で所属タレントの仕事が減らされるという逆境の中でも、橘は見事な経営手腕でここまで難局を乗り切っていた。
かつて、霧島には素質を見抜く能力があると聞かされたことがあるが、その最たる事例が翔太の目の前に存在している。
「フォーチュンアーツはエッジスフィアと資本関係にあります。
これは確定情報で、東郷の目的はエッジスフィアを通じてメディアの支配力を高める。
ここまでは合っていますか」
「はい、間違いないと思います」
そもそもの発端は、翔太がきっかけで雫石が霧島プロダクションに移籍したことだった。
このことが東郷の逆鱗に触れ、東郷は船井と組んでメトロ放送を支配するために動き出した。
東郷は北山と同様に、エッジスフィアの動きを知る状況にあったのだろうと推察できる。
「エッジスフィアによるさくら放送の買収が成功した場合、その子会社であるメトロ放送が支配下に入ります。
実質的支配者は船井社長ですが、そこに東郷の影響力が加わることになります」
「はい、そこまでは想定していた流れでした」
東郷はメトロ放送に対する影響力を強め、フォーチュンアーツの勢力を広げるとともに、霧島プロダクションを排除していくように動くだろう。
「東郷がひかりの身柄を要求する可能性もありそうですね」
「そうですね、まだ諦めていませんでした」
翔太は、大の大人がたかが一人の少女のためにここまでする東郷のことが理解できなかった。
橘は東郷との因縁がありそうに見えたため、彼女がその答えを持っているかもしれないと翔太は思っているが口には出さなかった。
「そして、東郷またはフォーチュンアーツが北山ファンドに出資していた場合、大株主として同様の要求をする可能性が高いでしょう」
「はい、北山さんはアクティビストで有名なので、要求を出すことに躊躇することはないでしょう」
アクティビストとは、株主としての権利を積極的に行使し、投資先企業の経営陣に提言を行う者を指す。
北山の存在は、東郷の隠れ蓑としてうってつけだろう。
「つまり、エッジスフィアによるさくら放送の買収と、北山ファンドがキャスティングボートを握った状態の両方を防ぐ必要があるということですね」
「はい、そうなります」
ここでいうキャスティングボートとは、二つの勢力が拮抗し、いずれも過半数を制することができない場合において、第三の勢力が事実上の決定権を行使できる立場になることを指す。
さくら放送の筆頭株主はエッジスフィアであり、メトロ放送はこれに対抗するためにTOBを発表し、持ち株数でエッジスフィアを猛追している。
北山ファンドは保有率で三番目となり、現在のところキャスティングボートに最も近い位置にいる。
改めて言語化すると、霧島プロダクションの状況はかなり厳しいことが分かる。
「これを実現するには」
「我々がキャスティングボートを握るしかないです」




